大きくてオレンジ色な、秋の思い


「ちょっとあんた達ぃ、畑仕事手伝ってよぉ。全く、小学生にもなって……」


「あと、ちょっと! ちょっとだけだからぁ!」



 負けたくなかった。

 僕は、いつもいつも、負けてばかりなんだから。身長は30センチも負け。カードゲームでも、もう少しのところで負け。この前だって、で負けたばかり。僕のボールは、帰宅時間を予告するメロデイに流れて、見事夕焼けにヒットした。

 負けるのはもううんざりなのさ。




 ――今日こそは、今回こそは勝ってやるんだ。見ていろ――




 僕は、足下を探した。大きくてな石ころを、探した。一発で仕留められそうな、そんな都合の良い石があるかは分からないけど、一発でとってみせないと、またまた僕の負け。

 お兄ちゃんは、少し離れた所で、ふふふ、と笑っている。一つしかない、大きくて、オレンジ色を帯びた柿を持って。




 ――どうせそれ、渋いんだろ? 渋いよ、きっと。そうにちがいないよ――




 そんな僕の思いを笑うかのように、夕の接近を伝える風は、僕に容赦なく打ち付け、思いと一緒に冷やしてしまう。それでも土は、あったかい。そして誰かの視線も、あったかい。


 僕は、天高く実るあの大きな柿を手に入れようとしている。別に、柿が好きだからとか、初めて柿を食べるからとか、そんなちんけな理由ではない。僕は初めての勝利を刻もうとしているのだ。この、おばあちゃんの畑で、大きくて、深くて、それでいていつまでも褪せることのない「勝利」を、ここにドンと。


 すると、急に視界にちょうど良い感じの石が現れた。それは運命の人に出会う時のように、さりげなく、それでいて唐突だった。石の重さに比べたら、ずいぶんとそこの土が沈み込んでいたが、その時の僕は気にもとめない。柿も、勝利も手に入れようとしている時なのだから。

 そして、少し離れた所でお兄ちゃんは、ふふふ、と笑っている。一つしか無い、大きくて、オレンジ色を更に濃くした柿を持って。


「ちょっと、はやく手伝ってよ! 晩ご飯に間に合わなくなっちゃうでしょう!」


 お母さんのそんな声は、僕の思いに比べたらうんと小さくて、僕には届かない。




 ――神様、神様、柿の実を一つだけ、いただきます。よろしいでしょうか。

 今年の秋の思い出と、勝利の為にいただきます。よろしいでしょうか――




 大地が、僕には到底想像できないくらい巨大な空気の塊を運び出し、ついでに夕焼けの匂いさえも僕たちに届けようとする。柿の葉は、夏の渓流を流れる小舟のごとく媒体を右往左往し、時々紅に舞い上がった。


 さぁ、そろそろ時間だ。


 僕はその石の凹凸が手の凹凸にフィットするように持ち、また持ちかえる。今度こそ当ててやる。大きすぎる実の本体には当てないように、そいつを支えている枝めがけて投げることを忘れないように。

 右肩を普段は曲がらないような角度にまでねじ曲げ、左手はあの大きな柿を指す。さっきよりも赤くなっているその柿は、ちょっと照れているようにさえ見える。もう、上からこの大自然を見下ろせることなんて無いのだから、よぉく見ておきなさい、柿さんよ、と言い残し、風に乗せる。




 やぁっ! ―――――
















――――

 僕の投げた石ころは、外部と柿を隔てようと必死な葉にこすれ、こすれ、またこすれた。ざざ、という乾いた音を今年の秋のお土産として耳に残し、それはいつかのように、沈みゆく太陽にコチンとあたる。そして、ひっそりとたたずんでいた池の水面に傷を付けた。それは、思いがけず、月を映す為だけにあるかのような、そんな池の活動を妨げるようだった。


 僕は、石が飛んでいった彼方から、どこか太陽のない方向へ目線をずらせなかった。ずっと、そっちの方を見ていた。やってしまったという思いと、あぁ今日も綺麗だな、という思いとを吐く息に込めながら。


 お兄ちゃんは隣で、ふふふ、と笑っていた。一つしかない、大きくて、オレンジ色を帯びた柿を、僕に手渡しした後で。












――あぁ、今日も完敗だなぁ――





 僕は小さなポケットにそれが入らないことを確認した後で、お母さんの方へと駆けていった。


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