謎のお姉さん

第2話 練習


 ぼくは春休みからしている会話の練習をいつもの公園で五月になってもしていた。

「友達ができるまでずっと会話の練習をしてやるからなー‼」

 そんな決意を公園で叫ぶ。

 もちろん、誰もいないところでだ。

 実はぼくが通っているこの公園、とても大きくて有名。

 外周がなんと三キロメートルほど。

 だから、誰もいないところでは大声を出しても迷惑にはならなかったりする。

 そんな公園でぼくは今日の会話の練習相手を探す。

 公園の中にはぼくが会話スポットと呼んでいる所があって、そこはレンガの道に整列されたベンチが何個かおいてあるんだけど、そこに人がいつもいる。

「おおっと、今日もたくさんいるね~」

 たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんがベンチに座っていた。

 しかし、今日はいつもと違って、白いワンピースを着た金色のストレートロングヘアーの綺麗な若い女性が座っている。

 帽子を被り、サングラスをかけ、マスクをつけている女の人。

 いや、この人に話しかけるのは難しいな~、変な人が話しかけてきたとか思われたらいやだしな、と思って見ていたら、その女性と目が合った。

 ぼくは軽く会釈をして、違うベンチに座っているおばあさんに話しかけた。

 話が終わると、違う人にも話しかけ会話をする。それをやりつづけて、合計四人と楽しい会話したところで、最後に一人だけ会話をと思って、あたりを見回したら、さっきの綺麗な女性とまた目があった。

 まだいるなー、あの人と会話は無理だなー、と思って視線を別にやる。

 すると、暇そうにしているおじいちゃんがいたので、この人と話そうと体の向きを変えて歩みだした、その時――

「ちょっと待ちなさいよ。なんで、わたしに話しかけないのよ?」

 ずっと一人でベンチに座っていた若いお姉さんは立ち上がり、ロング髪と白いスカートを揺らしながらこちらに来る。

 突然、そんなこと言われましても……

 と正直に思ったけど、なんて答えようか悩んだ。

 話しかけてキモがられたらぼっちのぼくは心の傷を負ってこの先引きずるから、話しかけないんだよ。

 なんて言えないよなー。

 なんか怒ってきそうだし……

 とりあえず、もっともらしい言い訳をするか。

「うーん、だってお姉さん。絶対にモデルとかなんかやってるでしょ? 見るからにメッチャ綺麗だし、何よりそのサングラスとかマスクとかつけてるの芸能関係の人じゃん。そんな人が公園でいるのって、休みだからでしょ? 休憩しているのに話しかけるのは申し訳ないなと思いましてね。それに、有名人と話して週刊誌にでも乗ったら迷惑かかるじゃん、特にぼくに! だから、話しかけなかったよ」

「なに、その理由? 変なのー。わたしは芸能関係者でもないから大丈夫よ。話しかけなさい」

「芸能関係者じゃないの? 恰好が紛らわしい」

「この格好をしているわけがあるのよ」

「そうなんだ。スパイ活動をしているとか?」

「なんでよ⁉」

「だって、サングラスかけてるし?」

「世の中の人、サングラスかけている人はスパイになっちゃうわよ!」

「うーん、確かにそう。じゃー、なんでそんな恰好してるの?」

「人に追われているのよ」

「ええ! やばいじゃん」

「そうね、すごくやばいのよ」

「通報した方がよくない?」

「そこまでしなくていいわよ」

「いや、絶対にした方がいいって。『あ、もしもし、警察ですか? 公園でサングラスをかけた怪しい人がいます。誰かに追われているようですが、たぶん強盗犯だと思います』って言わないと」

「通報ってわたしをかい‼」

「え、違うの?」

「全然違うわよ。そもそも、通報なんてしなくていいから! あと、誰が強盗犯ですって?」

「すいません、冗談です。だから、こっちに迫ってこないで」

 前にいる女の人はぐいぐいとぼくの元に詰めてきた。

 てか、この人の名前ってなんていうんだろう?

「あのー、話は変わるんだけど、名前ってなんていうの?」

 んーっと彼女は人差し指を自身の頬に当てて、しばしば考えたあと、

「エミーローズって呼んで」

「絶対、そんな名前じゃないじゃん。なにその名前?」

「可愛い名前でしょ‼」

 個人的には可愛さがみじんも伝わらないが、親が名前を真剣に考えてつけたりしていて、変だとか言うと失礼になるからなー。

 ここは肯定しておこう。

「……うん、そうだね……え、てか、日本人だよね?」

「そうよ?」

「親にキラキラネームをつけられたとか?」

「違うわよ。今とっさに思い浮かんだ仮の名前よ」

「あー、なるほどねー。一言、エミーローズさんの名前について言いたいことがあるんだけど?」

「なによ?」

「残念な名前だな‼」

「なんですってー!」

「いや、エミーはいいよ。だけど、なんでローズつけた?」

「ローズは可愛いでしょ?」

「ローズ単体ならまだ分からんでもないけど、エミーの後ろにつけたらダメでしょ」

「はぁ? どこをどう見ても大丈夫でしょ」

「いやいや、そんなことないから。ちょっと例えが変になるんだけど、大阪のおばちゃんが頭とか足とか体中にローズを装飾しているみたいな感じ。その大阪のおばちゃんに言ってやりたい。バラを体中につけないで。大阪のおばちゃん‼ 単体で大阪のおばちゃんでいて! みたいな」

「どんな例えよ! エミーが大阪のおばちゃんってこと⁉」

「いや、違うんだけど、例えるとエミーローズはそれくらいにやばいよって伝えたくて。やばさは伝わったでしょ?」

「限りなくやばいわよ。だけど、そんなことないから! エミーの可愛さとローズの可愛さが合わさってダブル可愛いだから。例えるならこうよ、高級プリンと高品質なクリームが合わさった感じよ!」

「全然違うよ! 百歩譲ってエミーが高級プリンだとして、ローズはタルタルソースだよ、タルタルソース! 絶対にこの組み合わせは合わないじゃん」

「そんなことないもん!」

「そんなことある!」

「ない!」

「ある!」

 どうでもいいことで押し問答していると、

 エミーローズが少し動揺した感じで、

「やばい、ちょっとこっち来て」

 ぼくの手を急に掴んだエミーローズ。

 女の子の柔らかくてしなやかな手……人生で初めて女の子に触れたかも。

 いや、そんなことよりも!

 急にぼくの手を掴んで何してんの⁉

「ちょ、ちょっとー?」


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