第14話 前代未聞のことをやるのは
「木庭!」
翌日、俺は球団施設内の廊下を歩く木庭を呼び止めた。
「見たぞ、お前の秘蔵っ子の映像」
俺がそう口にした瞬間、こいつの目が光ったような気がした。猛禽類が獲物を見つけたときのような目だ。
……いや、俺はそんな瞬間を見たことなどないが、印象として。
「いいでしょう?」
「そうだな」
にやつくそいつの態度に軽く神経を逆撫でされながらも頷く。
「控えめに言って悪くない」
「控え過ぎじゃないですか?」
「調子に乗るな」
軽くゲンコツでも落としてやろうかと思って、やめた。今はそういう冗談でもパワハラだのなんだの言われかねない時代だしな。仮にコイツが気にしなかったとしても、どこで誰が見ているかわからない。
「確かにコントロールは間違いなく良い。変化球も悪くない。ただ」
「ただ?」
「球速が物足りない」
木庭が唇を突き出して、不満そうな表情を露わにする。妙に仕草が子どもっぽいんだよな、コイツ……。
「あれくらいの球速でも抑えるピッチャーはいるでしょう?」
「確かにいる。だが、その数は決して多くない。そして多くないということは、それだけ遅い球で抑えるのは難しいということだ」
「…………」
おい、上司に向かって唸り声が響いてきそうな顔でこっちを見るな。
とはいえ、だ。
「それでもその上で、確かに通用する。それは俺もそう思うよ。あのピッチングがプロの舞台でもできるのなら、だが」
「それじゃあ……」
「だが指名はできないだろうな」
木庭の顔が軋む。さっきまでのどこかふざけたような調子と比べると、どこか硬い声で聞いてきた。
「それは彼女が女子選手だからですか?」
「それもある。なにせ前例が無いからな」
というか、普通は考えもしないからな。女子選手をプロに入れようなんて。
「だがそれ以上の問題がある。それが何かわかるか?」
俺の問いに、木庭は苦々しい表情のまま答えた。
「……実戦で、本番のゲームで投げていない」
「そうだ。分かってるじゃないか」
試合で投げていない投手ほど評価のできない者もいない。
「やっぱりそこですよね……」
「とんでもない、とびきりのボールでも投げていれば、まだ説得の材料になり得たんだがな。160キロ越えのストレートとか。魔球と呼べるような変化球とか」
ストレートと同じフォームで投げられるナックルボール、なんていうのもありかもしれない。もっともナックルボールという球種は、投げ方の関係でストレートと同じフォームで投げるのは不可能なのだが。
片崎のチェンジアップは確かに決め球になり得るが、魔球とまで呼べるかというと話は別だ。変化が少ない分見た目も地味で、真っ先に掲げる看板としては弱い。
「一応、とびきりのボールはありますよ?」
「聞くだけ聞いといてやる、何だ?」
「130キロ越えのストレート」
木庭がにやにやと笑いながらそうほざく。
馬鹿か、そう言ってやろうとして踏み止まってしまった。
突っ込むのも馬鹿らしい、というのももちろんあるが、あながち冗談とも言えない、そう思う自分もいたからだ。そもそもこいつは、初めからそんなような口上で売ってきていたが。
(実際、映像を見ていても一番空振りを奪っているのはあのストレートなんだよな)
とはいえ、だ。
「それで上の連中を説得できるか?」
「……ワタシノコウショウジュツヲモッテスレバアルイハ」
ねえよ。俺さえ説得できてねえじゃねえか。目だけでそう訴えてやる。
木庭もさすがに冗談が尽きたのか、肩をすくめるだけでそれ以上は反論してこなかった。
かと思えば、一転して真剣な表情で、
「でしたら、試合での実績があればいいんですよね。とびきりの」
と、問い詰めてきた。
「なんだよいきなり」
突然の豹変に驚くふりをしてやる。どうせこれが本題なのだろう。
次に言いたいことは読めた。
そして俺が察したことを向こうも分かっているらしく、満足気に微笑んでいる。
だったら余計なやりとりも時間の無駄か。
結論だけ木庭に告げた。
「好きにしろ。その結果として使えないと分かっても、俺には大して問題ないしな」
「イエッサーボース!」
「誰がボスか」
いや、一応ボスなのか。このスカウト部の。
普段から球団という一組織の中間管理職みたいなことばかりしているから違和感しかないが。
「話が終わったんなら帰れ。俺も忙しいんだよ」
「部長から話かけたんじゃないですか」
そうだったか? 終始コイツのペースに付き合わされていたから、俺が話しかけられた気になっていた。
「木庭」
立ち去ろうとする木庭の背中に呼びかける。
「はい?」
「一応、俺も楽しみにしておいてやる」
俺の言葉に木庭が目を瞬かせた。そんなに驚くことか?
「前代未聞のことをやるのは、いつだって楽しいだろ? それなりに」
そうでなきゃ、お前みたいな面倒くさい奴をスカウト部に連れてきたりしないしな。
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