19
3月9日、まだ肌寒い風が吹き荒ぶ竜太刀の町で、竜太刀岬高校はひっそりと卒業式を迎えた。総勢70名の私たち3年生は、後輩や先生たちに見守られながら、教室のドアを潜った。
慣れ親しんだ教室と今日でぱったりとお別れになるなんて、不思議な気分だ。私は心の中で「3年間ありがとう」と呟いた。
昨日、私が受けた大学の合格発表があった。私は無事に第一志望の東京の大学に合格することができた。両親や先生たちから「おめでとう」と言われ、ようやく目標を達成したのだと実感しているところだ。
「この町ともお別れかあ……」
両親はまだ高知で仕事があるので、私は春から東京で一人暮らしをすることになる。15年間も暮らした東京に戻るだけなのに、なんだか胸がざわついている。ざぶん、ざぶん。波の音に誘われるようにして、私は校舎を出て校門をまたぎ、竜太刀岬の見える高台へと登っていた。ここで、何度も蓮と撮影をした。観光客も訪れることの多い場所だったから、人のいない時間を狙うのに必死だった。
懐かしい。懐かしいなあ。
ざぶん。
「なんで一人でいなくなったりするんや……!」
後ろから聞こえてきた慣れ親しんだ人の声に、はっと私は振り返る。蓮の声は、竜太刀岬の波の音みたいに、もう私の生活の一部みたいに響いている。
「……ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど。なんか、身体が勝手に動いてて」
嘘じゃない。蓮から逃げようとしたわけではない。ただ、竜太刀岬に誘われて来ただけだ。
そんな気持ちを伝えたかったのだが、蓮がいつになく必死な表情で私を見据えていて、私の心臓の動きが早くなっていくから、冷静に何かを伝えることができなかった。
「ま、そんなことはええんやけど。さっき、電話が、かかってきた」
興奮冷めやらぬ、とは今の蓮のような状態のことを言うのかもしれないと思った。
息を切らしてここまで走って来たと思われる蓮が、途切れ途切れに呼吸をしている。疲れているせいではないということはすぐに分かった。
「電話?」
「ああ。全日本青春動画コンテストの主催者からっ」
「あ——」
忘れていた。受験勉強に必死になっていて、コンテストの結果が3月に発表されることを忘れていた。蓮との撮影の日々がこんなにも色濃く記憶にこびりついているというのに、結果発表を忘れるなんて、と少し凹んだ。
「え、でも、電話? 電話って受賞者のみじゃなかった?」
確か、主催者のHPにはそう書いてあった。
私は目を見開いて蓮をじっと見ると、蓮の口の端が大きく開く。蓮は前のめりの体勢になり、私のすぐ近くに顔を寄せる。そして。
「た、大賞……はダメやったんやけど、社長さんが気に入ってくれて、それで、奨励賞やって……!」
感極まった蓮の呼吸と、蓮から報告を聞いてバクバクと荒波のように暴れる心臓を抱えた私の呼吸が、不規則に重なった。
ざぶん。
雲の切れ間から、太陽の光が海面を照らす。その一部だけが光って、波はこんなにも美しかったのか、と初めて気がついた。
「やった……やったじゃん、蓮! すごいよ、蓮の夢、叶ったじゃん!」
蓮の手を握り、私は高台の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。「風間さん、危ないって」と蓮が止める声も聞かず、喜びを全身で噛み締めていた。
「ありがとう……ありがとうな、風間さん。風間さんのおかげや。本当に、ありがとう」
メガネを外し、うう、と涙の滲む目を擦る蓮の姿が、陽光に照らされて、やっぱり綺麗だと思う。初めて竜太刀岬を見た時、私は岩肌にぶつかる波を見て恐ろしさで震えていた。でも、岬は、太陽は、海は、こんなにも私たちの物語を輝かせてくれる。今更気がつくなんて、私もいい加減鈍いなあ。
「蓮が頑張ったからだよ。でも私も嬉しい。私も、高校三年間、蓮の夢に関わらせてもらえて本当によかった。ありがとう」
心からの本音が、口から漏れ出るとともに、まだ涙の滲む蓮の瞳が、私をまっすぐに捉えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます