タイトル回収は基本
──厄災の魔女は朝露咲良だった。その情報が私の脳内を駆け巡る。
まず思ったのは。
(……私、運なさすぎない? いや寧ろ良いのか? 駄目だ、予想外の出来事過ぎて頭が混乱してる)
私は入学式で決闘した。それは転生特典とやらがどのくらい通用するのか、という事を試したかったから。
以前私は彼女の事を『野生のラスボス』と評した事がある。確か魔法大会の直前くらいだっただろうか、あの時はほんの言葉の綾のつもりだったのだが……まさか本当にラスボスがそこら辺に我が物顔で闊歩してるなんて思わないじゃん。
というか、最初にテキトーに選んだ対戦相手がラスボスってどんな確率だよ。そりゃあ勝てない訳だ。寧ろ勝てたら問題である。
だが、もしかすれば……否、確実にこの世界はハッピーエンドに向かう。
だってこの作品の天井戦力が何か知らないけど味方サイドに居る訳だし。この先何が起ころうがもう彼女に任せておけば全て上手くいく……何か凄いフラグ臭がするけど。
「……ひゅう」
どっと疲労感が襲い、私はその場に崩れ落ち膝をつく。
「織主さん……大丈夫、です?」
「……貴女、凄く良い人ですね」
「へ……?」
そんな私にヒールをかけ、手を差し伸べてくれた彼女の顔を見て私はそう呟く。
もう、原作通りとか気にする必要ないんだ。私もう、涼介君を眺めて救う事だけに専念してればいいんだ。
「……色々と、ごめんなさい」
「?」
突然の謝罪に咲良は困惑する。
その謝罪は彼女だけに向けた物じゃない。快人とか比奈とか……雲雀とか。止められたかもしれない惨劇を、原作を重視するあまり止めなかった。こんな一言で許されていい物じゃないかもしれないけれど、これは単なる自己満足だ。
「? えっと……まあ、大丈夫なら、いいです」
咲良は困惑しながらその場を離れ、雲雀の元へ向かう。
そちらに目を向けると、分離された時は裸だったのがいつの間にか服を着せられ、ついでにマットレスまで敷いてあった。いつやったんだろうとかはもう考えない様にしよう。ラスボスにはルール無用だろう。
そんな彼女の口から「んっ……」という息が漏れる。指がピクリ、と動き彼女の身体が少し動く。
秋空雲雀──この作品最初のネームド死者が今こうして目覚めようとしている。
この作品最初のバッドエンドが、最つよ魔女に力づくでハッピーエンドにされてしまった。もう原作なんて存在しない。今ここにあるのは「この世界」だけだ。
私は雲雀を見る咲良を見ながら微笑んだ。
──"厄災の魔女"は『異世界魔王と戦乙女』のラスボスだ。そのラノベはかなりの長編であり、当然その終盤に出てくるラスボスなどメディア化されている筈もない。アニメは勿論コミカライズも存在しない。
だから、そんなラスボスの外見情報が得られるのは小説の記述と──たった一枚の挿絵のみ。
(……そういえば、挿絵とは違う気もするんだけど)
そりゃあ挿絵とまるっきり同じだったらこれまで気付かない訳がないのだから。
まあでも、気にしないでおこう。本来の登場よりも数年早いのだ、ビジュアルが違うのも当然だしそもそもこの世界は原作とは明らかに別の歴史を辿っている。厄災の魔女の見た目が違う事もあり得るだろう。
──────
「ん……」
何だか随分と長い、長い間眠りについていた様な気がする。
あれ、私何してたんだっけ……確か朝、限界を悟って……外に出て……それから?
「気が付いた、ですか」
「さく、ら……」
瞼を開けると、朝日の暖かな光に囲まれた咲良の顔が覗き込み、マゼンタ色の瞳がきらりと輝いた。
ああ、彼女の顔が見られたってことはつまり。
「私……また、助けられちゃったんすね」
「ええ、助けました。私は……どんな罵声でも、受け入れる、ですよ」
「そんな事、する訳ないじゃないっすか……」
元々私のワガママだったのだ。寧ろ生涯かけてでも返さなければならない程の恩である。
「……私の中で、見たっすか?」
「見た、とは?」
「半分鉄屑に覆われた、私」
「はい、見た、ですよ」
それは私の魂の形。
生まれてからずっと侵されてきた、人間と神の融合体。
「私、それを見られるのがイヤだったんすよ」
「……?」
私の言葉に彼女は首を傾げる。何となく、そんな反応をするだろうなという事は予想していた。
「気持ち悪かったでしょう?」
「?」
また彼女が首を傾げる。はは、やっぱり。彼女はそんな事言わない……私の馬鹿野郎。
でも、私にとってはずっと隠してきた唯一無二のコンプレックスであり、本質だったのだ。これまで御影様以外には誰にも見られなかった、見る事が出来なかった、私の呪い。
正体を知られたくなかった、突き詰めればそれだけだ。
自己陶酔にも似た自己嫌悪、思い上がったワガママな現実逃避。他人にとってはそんな事か、と思うかもしれないけれど、私にとってはこれ以上無い程に大きな要素だったのだ。
そんな私の吐露を聞いた彼女は、言った。
「……私は、異世界から来た、です。そこで魔王軍を殲滅して、月を壊して……こちらに来た」
──ん?
「へ? な、何言ってるんすか?」
「どうやら私は、"厄災の魔女"と呼ばれていて……いつかこの世界を、滅ぼすらしい、です」
ちょっと待って、突然知らない属性をぶち込んでこないで。
私があからさまに困惑していると、彼女は言う。
「これも、私が雲雀のそれと同じくらい……隠したかった事、です」
「いや流石にそれと比べられると霞むっすよ」
一人の小娘の魂の形と世界の命運では明らかに釣り合わないだろう。
そんな風に困惑を超えて呆れていた私に、彼女はそっと微笑みかける。
「霞んだ、です?」
「当たり前……そうっすね。霞んじゃったっすよ」
「それは……
ああ、彼女は本当に。
「咲良……卑怯っすよ。そんな爆弾を持ってたなんて」
「まだ、言ってない事は……沢山ある、ですよ」
これ以上の物があるのだろうか。私は彼女の事をまだ全然知らないのだな。
「知りたいって、思っちゃったっす」
「ふふ……これからどんどん、知っていく、ですよ」
「はいっす! 咲良も私の事も知っていくっすよ」
「ええ……!」
──ありがとう。私は小さく呟いた。
──────
秋空雲雀が目覚め、朝露咲良──"厄災の魔女"と何やら仲睦まじく話をしている。
その様子を快人や比奈、芽有は暖かい視線で見守り──一方の私は、ただ放心して見ているしかなかった。
これまで私は色々な事をしてきた。その中には到底褒められない事もあり……でも、厄災の魔女を倒す為、世界を救う為という
でも、今やその使命は存在しない。何しろ当の厄災の魔女本人が今目の前に居るのだから。
彼女を将来の不安を消す為だ、と殺せるのならいいがそんな事は到底出来ないだろう。所詮私は、彼女の前では技マシン程度の存在でしかないのだから。
特高は柊家の息がかかった存在だ。柊霞未は家から離れて行動していたが、柊という巨大権力にかかればいつでも消せる程度の存在だった。
きっと彼は咲良本人のみならず彼女の家族も害したりしようとしただろう。加えて雲雀の件もある。彼女に全員消されても文句は言えないし、彼女にはそれを出来るだけの力がある。
そして、私も。でもここで消されるのならそれでいい。もう私には人生の目的も、生きる意味も何も無いのだから……
……そんな様に一丁前に悟った風をしていると、不意に咲良がやって来る。
「……どんな罰でも受け入れます。私は、それだけの事をやったと思っていますから」
「どんな、罰でも……なら一つ、やって欲しい事がある、です──」
彼女は、私への"罰"の内容を告げる。
「──は?」
その内容に私が絶句していると、彼女は一度私の頭に人差し指を当て、次に小さく笑い、自らの口元でそれを立てる。
「そして貴女に、呪いをかけた、です。貴女はこれから、誰も殺せない……誰も殺さず、
その微笑みが、今の私には悪魔の笑みにしか見えなかった。
「契約は、切らない。頑張る、ですよ……ああ、助けが欲しければ……
「……ふ、フフフ、アハハハハ!! 貴女大人しそうな顔しておいて随分と意地が悪いのね」
いつでも自分の目は光っているぞ、言外に伝えられた私はもう逃げる事は出来ないし、これまでの様な非人道的な行動ももう出来ない。
洗脳してささっと終わらせるのではなく、自らの力でやり遂げろ、そう言っているのだ。
私は投げやりに笑う。
「分かったわ、やってみせましょう。何年、何十年経とうとも!」
これまでやって来た悪事を全て開示し、柊家を解体、その後処理まで全て行う──それが、私に与えられた"罰"だった。
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