10 雪見有希「京子ちゃんは、兄のことが好きなわけではないですよね?」
僕は恋愛とか、まだ全然分からない。
昔から男子とは恋をするより外で遊ぶ方が楽しかったし、
恋愛って少なからず相手に自分を委ねるというイメージがあって怖かった。
それに。
赤森京子として、アイドルの頂きに上るまでは必要ないと思ってる。
僕はアイドルの自分にプライドを持っていた。
だからはかりちゃんに彼氏ができた時、僕の中に生まれたのは、
「アイドルなのに」という思いから派生した感情だけで、
断じて個人的な嫉妬とか羨望は無かった。
さっき、はかりちゃんはファミレスで大胆な告白を成功させて、満足気に帰っていった。
元々はかりちゃんは感情が表情に出にくい人なのに、
初めてハーゲンダッツを食べた時の僕の弟みたいな───
つまり、どこかフワフワした緩んだ顔になっていて本当にびっくりした。
昨日今日と本当に驚きっぱなしだ。
昨日の午前中のお渡し会が遠い昔の出来ごとに感じる。
あのときはまだ平和だった。
そのあとのドッキリ配信、あれから全てが狂いだした。
門田さんの息子、門田ジュニアめ。
あいつがはかりちゃんに告白されたいがために企画されたと思われる配信。
あれさえなければ、はかりちゃんがこうなることは無かったし、
僕も巻き込まれることは無かった。
あー。
ジュニアは怒り狂うだろうな。
はかりちゃんに彼氏ができたって知ったら。
ジュニアもそうだけど全国のファンもどうなるんだろう。
恋々坂は、恋愛禁止ルールみたいなものは別にない。
それでもやっぱりファンは男性が多数を占めるし、彼氏がいるアイドルにたくさんお金を使って熱狂したりする人は少ない。
逆に彼氏や男と遊んでる情報が回れば一気にアンチがつく。
これまでグループでファンと繋がったり男性アイドルと付き合ったりしてた子たちは、ほぼ全員バレて炎上してきた。
僕もそうだけど、みんな13歳とか14歳とかから練習生として歌や踊りに人生を捧げてきたから、みんな耐性がない。
一度恋が燃え上がったら隠したりできないんだと思う。
その中でも計屋はかりは、圧倒的な媚びない美と超然とした態度でファンの信頼は厚かった。
「ああ、私その人に連絡先聞かれたことあります」
はかりちゃんにアプローチしようとした男性アイドルが、生放送でそんな風に暴露されて芸能界から消えたこともある。
そんなはかりちゃんに彼氏ができてしまった。
恋々坂はこれからどうなっちゃうんだろうという漠然とした不安が募る。
だからRINEに一通のメッセージが来たとき、僕は内容を見て飛びついた。
【はじめまして。雪見の妹です。今後のことについて作戦会議しませんか】
ーーーーーー☆彡
次の日の夕方、僕は雪見くんの妹、有希ちゃんに呼ばれて指定のカラオケボックスに来ていた。
男装してる上に変装もしてるので同じグループのメンバーとかじゃないとバレないと思う。
そろそろ待ち合わせの時間かなとか思ってると声をかけられた。
「こんにちは」
セーラー服に身を包んだ妖精のような美少女がそこにいた。
全体的に色素が薄い。
え? 誰? 同業者……?
「こんにちは……?」
「あ、やっぱり。よく見ると京子ちゃんだ」
「え? え?」
「はじめまして。雪見の妹、有希です」
にこーって笑ってる。
え、可愛い……。スカウトしようかな……。
「赤森京子です。ごめん、可愛くてびっくりしちゃった」
「きゃーーーーカッコイイーーーー」
くねくねと動き出す有希ちゃん。
こう見ると癒されるな。
さっきは一瞬綺麗で儚い印象を受けたけど、動きがあると可愛い。
一緒に受付して部屋に入る。
歌と踊りが大好きなので今でもカラオケはよく来る。
ソファに座ると、有希ちゃんが隣に座ってくる。
細い……可愛い……。
僕は自分のこと小柄だと思ってるし、もう少し大きくなりたいなぁと日々思ってるけど、有希ちゃんは僕よりさらに小さい。
「まず、RINEでも言ったけど、連絡ありがとう。正直僕もこれからどうしようって思ってたところだったんだ」
「いえ、こちらこそ返信くれて助かりました。無礼な兄なのでもう関わりたくないと思われても仕方ないと思ってたので」
「無礼って?」
なにかあったかな。
確かにはかりちゃんに告白されたりしてるのに動じない人だなとは思ってたけど。
「兄は京子ちゃんの手を握って顔を近づけたら、いい匂いがしたって言ってましたが」
「なっ……!! におっ……!! そんなこと思ってたの!?」
恥ずかしすぎる。
手を握られ、耳元で囁かれた場面がフラッシュバックする。
近かった。とても。
思い出して顔が熱くなる。
「……京子ちゃん、確認なんですが」
現実に意識を戻すと、有希ちゃんの目がスッと細められていた。
え、こわい。
「な、なに」
「京子ちゃんは、兄のことが好きなわけではないですよね?」
「ないよ!!!!!」
なんか、思ったより大きな声が出ちゃった。
あ、でも有希ちゃんは妹だし、あんまり否定したら悪い気するかな。
「良かった……京子ちゃんまで“そう”だと対応が変わってくるので……」
杞憂、だったかな。
何やらすっごく安心してる。
深いところは分からないけど、有希ちゃんが雪見くんのことが好きなのは何か伝わってきた。
「ちなみにどういう対応になるの?」
「言えません」
力強い断言。
「そ、そう。とにかく僕は恋愛とかまだ分からないから安心して」
「最高のアイドルだ」
急にキメ顔を見せる有希ちゃん。
表情がころころ変わって見てて飽きない。
「それでは、作戦会議を始めます」
前置きは終わったみたいだ。
「はい」
素直に返事をする僕。
「まず、兄は計屋はかりのことが好きではありません」
「はい??」
え? そうなの?
「兄はそういうおかしなところがあります」
「な、なんでOKしたんだろう」
「兄はおかしいからです」
「ええー……」
ちょっとこれ僕には難しすぎる。
ていうか、へー、好きじゃないんだ。
「兄はすぐ自分に飽きるだろうなどと言っていましたが、あたしの予想では逆にどんどんはかりちゃんは沼にはまっていくと思います」
「雪見くんって沼なの?」
「沼です」
言っちゃあ何だけど、すごい自信だなと思った。
身内の欲目だとも思った。
「でも、計屋はかりだよ?」
僕はどうしてもはかりちゃんの凄さの方が勝ってると思ってしまう。
勝ち負けとかじゃないのは分かってるんだけど。
「まあこればっかりは、近くにいないと分からないかもしれません。
だからこそ、一度会っただけで本能的に感じ取ったはかりちゃんは、そういう面で凄いと思います」
ふーん。まあ僕には分からない何かがあるんでしょう。
僕はまだ恋愛とか全然分からない最高のアイドルだからね。
ガチャ。
そんなことを思っていた時、急に部屋の扉が開けられた。
店員ではない。
髪を明るくカラフルに染めた大学生くらいの男だ。
「お、カップルかと思ったら女二人じゃん。当たり~」
くそ。
失敗した。男装時にいつも被るキャップを部屋の中では外していた。
ここのカラオケの扉は上が窓ガラスになっていて、近づけばどういう人が入ってるか分かる。
有希ちゃん目当てで入ってきたら、僕も女だと分かったってところか。
最悪。
「何か用ですか?」
震えそうになる声で気丈に振る舞う。
有希ちゃんもいる。守らなきゃ。
「ちょ、顔怖いってw ナンパいいっすか?w」
「うおー かわええ~ 両方女じゃん!!」
「どんもーーーwww」
後ろからさらに二人入ってきた。合計三人。
腕から刺青?が見えてる。全員。
怖い。
店員を呼ぼうと内線の受話器を取ろうとしたら、先に取られた。
「まぁ落ち着いてよ。ちょっと話するだけじゃん」
「しかも店員は俺たちのナカマ」
「ぎゃはははは」
怖い。
頭から血の気がすーっと引いていくのが分かる。
それでも、有希ちゃんを守らなきゃ。
震えて声も出せないけど、ただ有希ちゃんの前に出た。
後ろからトントンと背中を叩かれる。
有希ちゃんも怖いよね。
そう思って振り返った。
でも、僕の目に映ったのは、想像していた怯えた表情ではなく、
何かを確信しているような、力強い顔だった。
「大丈夫、兄が来ます」
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