良かったじゃん

第3話 

 夕飯を口へ運びながらあの後に起こった出来事を思い返していた。


「で、俺は何をすればいいんでしょうか?」

「んー」

 柏木は顎に手を添え、天井を見上げながら何やら考え事をしている。

「今日は何もしなくていいわ」

「え? いいの?」

「今日だけは許してあげるわ」

 意外と優しい?

「まだ具体的に何をするかは決めてないし、あなたも作戦を練る時間は必要でしょ?」

 俺一人で作戦考えんの? きつくない?

「ま、まあ」

 と言いながら、俺一人で? と顔で訴えかけてみる。

「当たり前でしょ。あなた、私のお願い聞いてくれるんでしょ?」

 なんか伝わったが、俺の当たり前とこいつの当たり前はかなりずれていることが今分かった。

「はあ。分かったよ。頑張ってみますよ」

「ありがと!」

 ウインク炸裂。

「それじゃ、明日から働いてもらおうかしら」

「あ、明日、ね」

 達也は、与えられた時間が少なすぎて驚いております。

「何か文句でも?」

 そこで例の写真をちらり。

「ありません」

 その写真役に立ちすぎだろ!

「よろしい。じゃあまた明日ね」

 そう言うと、柏木はいったん女子トイレから出て行き、誰もいないことを確認して、今なら行けるわよ、と目で合図をくれた。

「意外と優しいなおい」

「や、優しい⁉ 優しいだなんて……そんな」

 目の前の美女は両手を頬に添え、デレデレと照れているのを隠そうともせずいる。こいつちょろいな。

「まあ、それじゃあまた」

 俺はこれ以上柏木に関わっていると面倒なことになりかねないと悟り、素早く女子トイレを後にする。その際に後ろから、「別にあなたのために優しくしたわけじゃないんだから。あなたが女子トイレに入っていたとみんなにバレたらこれから関わっていく私の評価も下がりかねないから仕方なくよ」という言葉が聞こえてきたが無視しておいた。

「感謝しなさいよね!」

 今度は俺に向かって直接言葉を投げかける勢いで口を開いた。

「はいはい」

 まあ、学校一の美女にはしっかり優しさが備わっていましたとさ。


「ねえ達也? 達也ってば」

「え? あ、ああ。何?」

「さっきからずっと呼んでたんだけど」

 可愛らしく頬をぷくーっと膨らませて姉ちゃん。

「ごめん」

「箸だけ握ってずっと固まってたよ? 怖いよ?」

「ちょっと考え事してたから」

「へぇ~」

 なんでにやにやしちゃってんだよこの人。

 俺は探られないよう、目を逸らし食事に集中する。

 だが、この姉ちゃん相手には通用しないんだよなー。

「気になる。すっごく気になる!」

 う、うぅ。

「教えてよ達也~」

「嫌だ。教えない」

 説明するのも面倒だ。

 姉ちゃんは再びぷくーっと頬に空気を入れ、俺を睨む。全然怖くない。なんなら可愛い。

「ケチ」

「……」

 さあて、俺の無視はどれくらい続くか。

「ケチ。ケチ」

「……うっ」

 なんと、無視継続時間はおよそ五秒! 早い。早すぎる!

「達也、ケチだなぁ」

「はあ。なあ姉ちゃん。これは教えられないことなんだ。だから諦めてくれよ」

「えぇー。面白そうなのに」

 諦めの悪い姉だぜ。

「この件には、俺以外の人も関わってるんだよ。その人の許可なしに教えることはできない」

 ここで読者に俺は口堅いぞアピールっと。

「へぇ~。いったい誰が関わってるのかなぁ」

 しまった。余計なことを言ってしまった。

「ますます気になっちゃうなお姉ちゃん。まさか——例の美女?」

「まさかー。そんなわけないじゃないかー」

「超棒読みだね」

 姉ちゃんは怪しいと言わんばかりに俺の顔を覗き込んでくる。

 なんかもう疲れたんだけど。隠さなくていいか。

「はいはい。その美女だ」

 言ってしまった。口堅いぞアピールは一瞬にして無駄となる。

「わお!」

 嬉しそうに手をぱちんと叩く姉ちゃん。

「達也が美女と知り合いに! つい最近までは学校一の美女と関わるどころか女の子と一切関わることのできない童貞弟だったのに。お姉ちゃん感動だよ」

 しくしくと泣く素振りを見せている。が、言っていることが酷すぎてそんなことはどうでも良かった。

「これ以上は教えないからな」

 秘密をばらしてもいいのかという迷いと、ただ単に酷いことを言われた怒りが混ざり合った答えである。

 姉ちゃんは少し不服そうにしていたが、仕方ないと言わんばかりに柔らかな笑みをこちらに向けてきた。

「仕方ないか。まあ、達也が楽しそうで良かったよ」

「別に楽しくないんだけど」

「それはどうかな?」

 くすくす笑う姉ちゃん。なんだこの意味深な発言は。怖いんだけど。

「そういうのやめてほしんだけど。この前姉ちゃんが言ったこともあながち間違えではなかったし」

「この前?」

 目を上に向け、過去を振り返っている姉ちゃんは、何かを思い出したらしく、くすくす控えめに笑っていた。

「ファイトだよ達也!」

「馬鹿にしてるだろ」

 苦笑交じりにそう言ってみせると、姉ちゃんは「バレちゃった」と隠す気もなかったかのように舌を出した。

「ははっ」

 笑うことしかできねぇ。

 疲れたし、部屋でゆっくりアニメでも見るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る