半足草鞋

水無 水輝

半足草鞋

雪の降るある冬の日。武士はその笠に雪を積もらせながら山道を歩いていた。

足元には深く、されど柔らかい雪が積もり、武士の後ろに彼の足跡を残していた。

しかしどうやら、武士の前にも誰かが通っていたようで、彼の行先の地面にも足跡があった。その大きさから、大人の男性であろうと武士は予想していた。

「おや」

しばらく歩いた後、武士は足を止めた。行先の足跡が右側の斜面の方へと向かい、そこに半足の草鞋わらじが落ちていた。

武士は少し青い顔をした。もしやこの斜面の下へ落ちてしまったのでは無いかと。

武士は斜面の方を見ると、どうやら何かが転がった跡があったものだから、ますます顔を青くした。

それから息を吸い込んで、山に木霊するような大声で呼びかけた。

「おうい。おうい」

すると斜面の下から声が帰ってきた。

「ここだ。ここだ。そこのお方。」

武士は急いで手持ちの綱を辺りの木に括り付けると「待っておれ」と一言叫び、綱を伝って斜面を下っていった。

「おうい。おうい。何処だ」

「ここだ。ここだ。そこのお方」

しかしある程度降りても、未だ声は遠く、武士は訝しんだ。

そんな時である。ざざざぁ、という音と共に木に積もっていた雪が武士へと降りかかった。武士は驚き声を上げつつも、間一髪の所でそれを避けた。

激しく鼓動する心臓を深呼吸で落ち着けつつ辺りを見渡すと、先程落ちてきた雪の上に半足の草鞋が有った。そしてそれは始めに見た草鞋と対を成す物であった。

武士が不思議がってそれを見ていると、草鞋は1人でにぺたぺたと歩き出して、「失敗だぁ。失敗だぁ」と逃げていこうとした。

ここでようやく、武士はこの草鞋達に騙されたのだと気がついた。

彼らは半足草鞋はんそくわらじと呼ばれていた。武士はそれをようやく思い出したのだ。

「人の善意を利用するとは許せぬ。叩き斬ってくれる。」

武士は怒りのままに刀を抜いた。すると草鞋は酷く怯え、泣いているかの様な震えた声を出した。

「お願いです。お願いです。あっしらもこうでもしなきゃ生きて行けねぇんです。どうか。どうかお助けぇ」

あんまりに怯えるものだから武士は可哀想に思って刀を下げた。そうして溜息を付いた。

「二度は無いぞ」

武士はそれだけを言って、彼らを見逃したのであった。


二三日後、武士が住まいから出掛けようとした際、門口に誰のものとも知らぬ物が置いてあった。それは一足の草鞋であった。

辺りを見渡そうとも持ち主であろう人影は居らず、武士は訝しんだ。そして先日の草鞋達を思い出した。

武士はこの間の彼らが置いていったものに違いないと思い、その草鞋を履いて出かけた。

その草鞋は不思議と長持ちし、その武士の子の子の代になっても猶、使えたと言う。

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半足草鞋 水無 水輝 @suisui0406

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