7筋
汚れた空。
一見すると美しいが、夜空を埋め尽くす無数の流星は、宇宙空間でくりひろげられた戦闘の残骸。
スペースデブリで隙間なく汚された軌道の爪が切り裂く、大気の切り傷。
「ほんの十年まえまでは、先進惑星を目指してまっしぐらの星だったのに……」
悲しげに天を仰ぐ女兵士、リノ。
この太陽系には、
太陽系開発のひとつの終着点に、彼らは立っている。
「連邦の技術を容れながら、教団の律法に縛られて生きる住人を、政府は自由の叛徒であると考えた」
連邦に属する共和国は、それに対立する宗教国を倒すため、本国に要請して兵力を投入した。
しかしその実、現地政府の内部闘争に端を発した内戦である、という冷静な見方も連邦本国は保持している。
「内戦という火種があるからこそ、いわば代理戦争のように戦いは激しさを増す、というわけですか」
彼女も自分の母国が抱える問題については、じゅうぶんに把握している。
だからといって、他の星の人々──たとえばこの大佐が武器をもって自分たちの味方をしにきてくれたとわかっていても、その内心に複雑な思いを抱かないわけにはいかない。
「よそでやってくれ、と言いたげだな」
「そんなことは言いません。ただ……とりもどしたい。平和な母国を。安らぎの日々を。ただ殺さずに生きたいだけなの」
「そのために戦っていると、信じればいい」
汚れた夜空を見上げ、ふたりはいつもの議論をくりかえす。
「わかっています。いまは戦うしかない。それ以外の道が見つからないから」
「オレが手を貸すことを、受け入れてくれるんだな」
「教団はもっと派手にやっています。多くの自爆兵まで投入していると聞きます。許すわけにはいきません」
「…………」
情報戦の真実を知っている大佐は、口を閉ざす。
それが真実か嘘か、あるいは巧妙に真実を織り交ぜた嘘なのかは、後になってみなければわからない。
「貴様が殺したんだ! 貴様が!」
リノに銃口を突きつけて、男が叫ぶ。
彼女は死を覚悟する。軍人なら当然、銃弾での死は織り込み済み。
だがそこへ、「ちがう!」と割り込んだのは大佐だった。
「そいつは奪うだけだ。ひとの心を奪い、一時的に傀儡とする。呪縛が解ければ……」
撃墜される。その多くの撃墜を行なってきたのが、ほかならぬ大佐自身だった。
戦闘終了とともに武装解除して捕虜にするケースは、もちろん多い。
だが、そのまえに正気をとりもどしたら、敵として葬らざるを得ない。
意識をとりもどす葛藤のなかにある敵を、何機も始末してきた。
──手を汚したのは、リノではない。
「そんな言い訳が通用するものか! むしろもっとタチがわるいではないか。奪い、殺すなど!」
当然の反論に対し、あたしは! とリノは声を絞り出した。
ここで言わなければ、永違に言う機会がなくなるかもしれない。
「あたしは軍人だから、殺されてもしかたないと思ってる。戦争はそういうものだから。だけど民間人を殺すのは許せない。民間人を盾にして戦うような軍人は、もっと許せない。そんなことを平気でやる教国を、許しておくわけにはいかない。軍人同士は殺し合う。その覚悟はみんな持って戦っている。──ちがうんですか?」
「心の問題は別だよ。割り切れるものではない」
直後、銃声。
一瞬の隙を突いて、リノの命を狙っていた銃口を弾き飛ばす。
間髪を容れず、銃弾がつぎつぎ背後の男を穿ち抜く。
リノは呆然としてふりかえり、死にゆく男の「想い」を忖度する。
教国に洗脳されているだけだったとしても、彼の家族を愛する気持ちに嘘はなかったはずだ。
──だから、そこに正義はない。
リノも知っている。
彼が正義なら、自分たちも正義だ。
そうでないなら、自分たちも同じだ。
ゆえに、彼女の命を助けておきながら、大佐は彼女の顔をまっすぐに見ることができない。
彼女をこの世界に巻き込んだ責任の一端は、たしかに彼にあるからだ。
「どうしたんだ?」
仙道貴一は目を開け、声のほうに顔を向けた。
「夢を……見てました」
見慣れた撮影現場。
そうか、オレはまたあの夢を見ていたんだな、と仙道は思った。
「すまんな、レム睡眠の邪魔をして」
「どういたしまして、プロデューサー。いちばんいい目覚めのタイミングらしいですよ、レム睡眠中の起床は。おかげでよく夢を覚えていること」
「どんな夢だった?」
「軍人でしたね。最近、似たような夢を見ることが多い気がします」
湾岸スタジオの雑音が心地いい、と感じるくらいに慣れたこの空気。
プロデューサーは、若くして風格さえ身につけつつある仙道の役柄を思い出しながら、
「気合はいってたからな。新人賞もとった役だったし」
「いえ、学徒出陣の夢じゃなく、もっとSFチックで宇宙戦争ぽい……」
「スターウォーズのオファーでもあるのか?」
「あったらいいですね。即受けたいですよ」
冗談めかしたやりとりの背景にある、絡み合う綾の糸。
取り返しがつかないほどに乖離していたふたつの運命が、ゆっくりと近づこうとしている。
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