たましょう ~ code the qq81 ~
フジキヒデキ
一段目 ツンデレ女子、デレを喪失する
1筋
瞬いた同じ星を、同時に見上げていた。
神戸の美しい夜景にも負けない、一瞬の強い瞬き。
やや鋭角的な横顔は、ふわりと丸く包むショートボブによって、その険を隠している。
いわゆる美しいタイプの顔立ちで、人によっては征服欲求をあおり、人によっては被虐心をあおられるだろう。
なにより、鋭い視線に強烈な「意志」を秘めてはいるが、その眼は残念ながら、背後から迫る黒い手には気づいていない。
あるいは人工衛星かもしれない。
思わず軌道計算のプログラムを組み立てそうになり、吹きつける春先の冷気にぞくっと首をすくめる。
どこといって特徴のない、凡庸な見た目の男。
中肉中背で、人波に埋没し、機械的に仕事をするタイプ。
彼が「やるときはやる」かどうかは、そのときになってみなければわからない。
──そのとき彼は、たしかにいる必要のない高台から、見る必要のない場所を見下ろしたのだから、それは偶然ではなく必然だったのかもしれない。
そこにはひとりの少女と、それを飲み込もうとしている黒い影。
「エウレーカ!」
見つけた。
見つけてしまった以上、人として、やらなければならないことがある。
彼は嘆息し、ドライブウェイの駐車場から駆け下りる。
歓談する数人の女子高生は、数分まえまで自分たちといっしょにいた仲間がひとり足りないことに、まだ気づいていない。
「ねえここだよ、
「ほんとだ、ここだね。うわー、思い出すなー」
アイドル俳優の高視聴率ドラマでも使われた、ヴィーナスブリッジ周辺。
そこを卒業旅行のコースに選んだ、夢見る少女たち。その大切な仲間がいま、危機に直面している。
「これおいしーい」
「えー、こっちの味もいいよー」
危機感のかけらもない少女たちの声を縫って、それを知ってしまった京極が駆け抜けていく。
あおられるように気づいたひとりが、
「……あれ? そういえば、たまきは?」
「え? さっきまであのへんに……」
男の走り去った暗がりのさきにあるリアルなドラマを、彼女たちは予想もできない。
森野たまきは、はじめ驚き、つぎに恐怖し、やがて憤慨した。
その「暴力」という事実に対して。
突然、暗がりから伸びてきた腕につかまれ、口元をふさがれ、引きずられ、押し倒された。
数人の男に捕らわれたと気づいて恐怖し、抗ったが詮無く、大きく膨らんだ恐怖が極大に達したとき、突然冷静に至る。
迸る、怒り。
選択肢は、ない。
「痛っ! こいつ噛みつきやがった、ふざけやがって」
「くそったれ、ここで犯っちまうぞ!」
たまきの怒りは収まらない。
こんなこと、あっていいはずがない。
(ありえない。自分の意思に反して。こんなバカなこと。あるわけない。暴力に屈するなんて。あたしは屈しない。負けない。だれにも負けないのに。なんで)
必死に叫ぼうとする。
が、男の拳が腹部に埋まれば、もう苦悶の嗚咽を漏らすことしかできない。
執拗に抗うたまきを、主犯格の男が見下ろした。
「血は争えねえな、お嬢さんよ」
「とりあえず拉致ってからにしませんか。ここじゃやばいですよ」
「うるせえ、ビビってんじゃねえ」
「そういや下に、だれか、い……っ」
言いかけたところで吹っ飛ばされ、仲間のひとりが視界から消える。
あわててふりかえる残りふたりの視線のさき、全力疾走で飛び込んでくる人影。
「衝突のエネルギーは速度の二乗に比例」
いったん失った全速力のエネルギーを、再度ためようとする京極。
ごく単純な「体当たり」という攻撃を、物理学の視点から確実に効果的なものにする頭脳を、彼はもっていた──が。
「くそがァ!」
計算を実効化する〝体力〟に欠けていた。
喧嘩慣れした極道を相手にするための基礎パラメータ不足。
即座に反撃を受け、吹っ飛ばされる。
「ぐ……っはあ!」
「死ねや!」
もんどりうって転がる上から振り下ろされる、チンピラの踵落とし。
「股関節を支点とした楕円軌道、交点を推知、最短距離で回避」
ぎりぎりで躱しながら、京極は理系男子の面目躍如、たまきの手をとって、かばうように抱え込む。
「ちいっ、それは俺らの獲物だぞコラァ!」
「てん……めえ、俺がだれか、わかってんだろうなァ!」
リーダー格の男は憎々しげに懐に手を入れ、黒光りする金属を取り出す。
「銃刀法違反を認知。致命的可能性増大。緊急離脱を要する」
状況がつかめず、半ばきょとんとして、よくわからないことをつぶやく京極を見上げるたまき。
刹那、その肩口から血を噴いて倒れる京極を見て、どくん、と激しく心臓を脈打たせる。
反射的に頭をかかえ、しぼり出されるように絶叫がほとばしる。
「い……いやぁああ!」
「致命傷は回避。移動能力にも問題なし」
淡々と言いつつ体を返し、たまきをかばう座標を保持する京極。
その上から攻撃を受けつつも、じりじりと移動する。
攻撃者の動きの激しさと周囲の暗さが、移動をごまかしてくれている。
気がつけば崖になった斜面を守る手すり。
たまきの耳にだけ聞こえるように、そっと囁く。
「自由落下に適宜の減速を付加。衝撃に備えてください」
ふわりと身体が浮く感覚。
そしてショック。
その後の記憶は、たまきにはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます