デスメタセブン ~ヘヴィに憑かれた女子高生と七代祟られた男~

フジキヒデキ

霧島すずは夢をみる


 ──また、この夢か。

 ベッドに上体を起こした霧島きりしますずは、冷たい汗をじっとりと吸い込んだシャツを見下ろし、短く嘆息する。


「くそ……っ」


 ブラックメタルなんか聞きながら、眠ったせいだろうな。

 そう考えながら、彼女はいつもの夢に意識をもどした。

 トラウマ、と世間では呼ぶのだろう。もう八年もまえのことだ。

 新聞にも載った、坂の下の交差点で起こった事故。



 斜め前方に立つ両親。

 隣に、すずと手をつないだ弟。

 あとで聞いたところによれば、弟はという。

 ただ常識がなかったので、そういうものなんだろう、と思っていた。


 すずが気づいたのは、手遅れになってから。

 交差点に立つ自分たちに向かって、坂の上から赤信号を目指して走るトラックの運転席に、姿

 バカな両親が気づいたのは、さらに二秒後。

 遅すぎる。


 そのとき、目のまえで起こった出来事について、よく覚えていない、と言う弟を、すずは羨ましいと思う。

 都合のいい記憶喪失だよな、おい。

 ──無人のトラックに、轢き殺される。

 消しがたい現実に気づいた瞬間、彼女の


 まず、すずの目が最初に見たのは、大きい背中、まっさきに危険な場所から飛びのく父親の姿。

 ふりかえる気配すらない。その意識にあったのは自己保身のみで、危険から逃れることだけが唯一、彼の選択肢だった。


 つぎに見たのは、母親が娘たちをふりかえった、その表情。

 直後、彼女は子どもたちがいるに、最短距離で飛びのいた。

 ──

 そういうことだよな、おい、おかん。あんたがあとで、どんな言い訳をしてくれたところで、事実は消せやしないよ。


 これで終わっていれば、不幸な事故に巻き込まれ、轢死した幼い姉弟の話。

 マスコミはブレーキを確認せずトラックから離れた運転手を、激しく糾弾する。

 残された両親の悲嘆に暮れるさまは、一時、世間の関心を集め、多くの同情とともに少なからぬ現金を手にする姿が見られたことだろう。


 だが、この仮定には、上塗りされた別の事実がある。

 すずと弟が死ぬはずだった、一秒まえ。

 すこし離れた場所、自分は安全なところにいたはずの中年男が、なにかを叫びながら突進してきて、死すべき姉弟を突き飛ばした──その姿を、彼女はぜったいに忘れない。


 つぎの瞬間、彼の姿は金属の塊の向こう側に消えた。

 すずは見たのだ、人間の形をとどめた彼の、最期の姿を。



「ありえねーよ」


 自分の命を捨てて、他者を救おうとする性格をもった人間が、人類のうち何パーセントかは実在するという。

 親族間でも互恵的でもない自己犠牲を、ほとんど本能的に実行してしまう、神さまのようなタイプ。

 両親がカケラさえもっていなかった遺伝子の力を、その娘にまざまざと見せつけながら、彼は逝った。


 マスコミは、この多国籍企業に勤めるビジネスマンの英雄的行為について、ひとくさりの賛辞を述べ、トラック運転手に対するパターン化された糾弾と、漠然とした「安全」についての取って付けたような社会時評を垂れ流して、ほどなく世間の関心は終わりを告げる。

 残された家族に、消しがたい瘢痕はんこんを刻みつけて。


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