あたしにはなかった
惣山沙樹
あたしにはなかった
大学の講義終わりに喫茶店に行くのは、もはやお決まりのコースだった。そこからまっすぐ帰ることもあるし、時間を潰して居酒屋に行ってラブホに向かうという日もあった。
あたしはホットのカフェラテを、翼はブレンドコーヒーを注文した。さて、今日の夜はどうするんだろう。生理はまだ先だし、そうしてもいいんだけどな。
翼はコーヒーを一口飲み、そこからタバコを取り出すのかと思いきや、テーブルを見つめたままだった。あたしは遠慮せずに自分のタバコに火をつけた。
「なあ、咲子」
「はぁい?」
「謝らなあかんことがあるねん」
皆目見当がつかなかった。付き合ってもうすぐで一年。順調にいっているものだと思っていた。
「俺な……その……好きな人できた」
「はい?」
あたしは灰皿に灰を落とし、続きを聞いた。
「っていうかもう、やってもた」
「やった、って何を」
「……セックス」
「え?」
「セックス……」
翼は拳を握り、唇を震わせていた。
「え、どこの女とやったんよ」
「女やないねん」
「はっ?」
「相手男」
「はぁー!?」
近くにいた他の客たちが、怪訝そうにこちらを伺ってきたが、そんなの構いやしない。あたしはぐしゃぐしゃとタバコを灰皿に押し付け、翼の垂れた頭をぐいっと掴んだ。
「男!? 男の方が良かったん!?」
「いや、その……」
「ちんぽか! あたしにちんぽが無いからか!」
「咲子、声大きいで」
いよいよ注目の的となったあたしたちだが、もう止められなかった。
「そんなにちんぽがええんか! このちんぽ狂い! あたしやって生やせるもんやったら生やしたかった!」
「咲子、何言い出すねん」
「ちんぽが無いと満足でけへんのやろうが!」
翼の髪が数本抜けた。
「そうやない! 俺挿れる側やったもん!」
「穴やったらあたしにもあるやん!」
「ごめん! ほんまにごめん、咲子!」
どつき回したい。しかし、実際そうするまでの衝動は起きず、あたしは息を整えてもう一本タバコを取り出した。
「……それで? これからはそのちんぽと添い遂げたいんか?」
「まあ、そういうわけやな……」
「もうええ。あたしと翼はもう友達に戻ろう。で、そのちんぽとどんなセックスしたん?」
「なあ咲子、ちんぽちんぽ言うのやめて」
「ちんぽついてるねんからちんぽでええやん。で、どうなん?」
「ここでは勘弁して」
結局、翼がボロボロ涙をこぼすまで、どういうセックスをしたのか白状させた。あたしは冷えきったカフェラテをそのままにして立ち去った。
帰りの電車の中で、今さらになって泣けてきた。あたしはちんぽに負けた。その事実を誤魔化すために、帰りにコンビニに行ってストロングゼロを買い、部屋で一人それをあおった。
あたしにはなかった 惣山沙樹 @saki-souyama
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