海に棲む女
路地表
第一話 車窓
ああ! 海で暮らしたい
ここから海を眺めるんじゃなくて
海の中から首を出して
暮れていく町や山脈を眺めていたい
──To live in the Sea , 原マスミ
電車の車窓からは、深緑の山々や
いつの間にか、私は電車に揺られていた。無論、ここに来るまでの記憶はある。しかし、目的があった訳では無い。意識を覚醒させずに、ただ足を機械的に動かした結果、ここに辿り着いたのである。乗車してるのは
端的に言うと、疲れたのだ。人が絶望する瞬間は、自らに価値を見出せなくなった時だ。都会にいると、否応なしに、大勢の一部にしか過ぎないと感じさせられる。それは、社会の歯車と形容されることが多いが、歯車は一つ失うだけでも大問題になる。幾万とある歯車の中で、私は、歯車の歯に過ぎなかった。歯が一つ欠けた所で、誰も気が付かないまま、歯車は回り続けるのだ。
土曜日に会社宛てに辞表を郵送した。今頃は、人事部に届いているだろう。土日を利用して、家具を全てリユースショップに売却した後、自宅マンションの解約を済ませた。毎日少しずつ下ろしていた貯金も、日曜日に全て下ろし切った。その足で漫画喫茶に泊まり、朝を迎えた。月曜日の朝、管理会社との最後の会話を済ませ、スマートフォンはその役目を全て終えた。売りに行くのも面倒だったため、電車に乗る前に川に投げ捨てた。
これからの事は何も考えていない。死ぬか生きるかすら、面倒な考え事だ。ぼーっとしたまま、車窓を眺めていると、トンネルに入った。電車が風を切る音が、トンネルの壁に
──途端に、視界が明るくなった。空気すらまだ眠っている早朝に、突然カーテンを開けられたかの様だった。思わず、目を逸らす。数秒の間を空けて、ゆっくりと目を開いた。車窓一面に、海が広がっていた。快晴の空を鏡で映したかの様な、輝く
最後に、近くで海を見たくなった。観光名所では無く、名前も無いような──存在すら不安定な──そんな海岸に行きたくなった。
思えば、思い出はいつも海にある。
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