人狼の探し人

 あの夜から、私はたびたび深夜営業を手伝うようになった。とは言っても、全日は無理だ。何故か毎晩働いていてもピンピンとしている四月一日わたぬきさんやにのまえさんはいざ知らず、私は人間だ。普段のシフトに合わせて、深夜に働くのは体がきつく、不定期ということで働くようになった。

 私が働きに行くのは「前のことのようになったら店が回りませんから」と、雨の日限定となった。まあ、店長がマグロの尾っぽで倒れていたら、店の切り盛りは難しいと思う。

 最近は急にゲリラ豪雨になったりするし、昼間でも四月一日さんが動けないときは私が買い物や用事を済ますようになった。私が人間だとは、どうにかばれずに店を回していけるようになり、かれこれひと月ほど経過した、ある日。

 その日のランチタイムも終わり、ようやく客が引いた。


「お疲れ様。ようやくお客様もいなくなりましたし、まかないいただきましょうか」

「はあい。お皿にご飯盛りますね」


 今日のまかないは夏野菜のココナッツカレーで、たっぷりの夏野菜と鶏肉をココナッツミルクでマイルドに味わえるから、夏バテ気味の体にも優しい。おまけにココナッツカレーはコーヒーとの相性もいいから、自分たちでコーヒーを淹れて、はふはふといただいた。

 野菜が煮崩れてないから、一度揚げてから煮たんだなあ。さすが一さん、さらりとした手の込み具合だ。


「そういえば、もうすぐお盆ですよねえ。お盆もうちの店は営業ですか?」


 普通に考えれば、お盆はかき入れ時なんだから当然営業していると思うんだけれど、ここの店のメインターゲットは不死者だ。その場合はどうなるんだろうと私は聞いてみると、四月一日さんが一瞬ココナッツカレーをすくう手を止めた。


「……そうですねえ、今年は日中は休もうかと思います」

「あれ、用事。ですか?」


 四月一日さんはコーヒーに造詣が詳しい以外、そういえば私も知らない。

 でも。前に一さんも四月一日さんがこの店をしている理由をちらりと言っていたか。探し人がいるから、この店をしていると。

 この辺りって、聞いてもいいのかな。押しかけ店員が聞いていいことなのかどうかがわからないや。

 しばらく沈黙が続いたあと、ようやく四月一日さんが口を綻ばせた。


「いえ、この時期になったら人が増えるでしょう? 人間社会だったらかき入れ時なんですが……その分不死者が見つかりやすくなりますので。ここは不死者が人間を気にせず入れるように配慮した店ですから、その方々が縮こまらないように、ですね」

「うーん……でも、お盆っていわばご先祖様が戻ってくる頃ですから、そこまで気を遣う必要もないような」

「最近は仕事が不規則ですから、盆と正月を祝わないひとも増えていますよ」


 まあ、私の前職も盆も正月もあってないようなものだったから、その辺アバウトな人はとことんアバウトか。

 四月一日さんの説明に納得したようなしてないようなだけれど、一応わかったというふりをしておくことにした。

 ココナッツカレーも食べ終え、もうちょっとで来る三時のティータイムで人が集まる前に片付けておこうと、食洗機をかけて、あちこちを拭いて回っているところでカランッと扉が開いた。

 入ってきたのは中学生か高校生か、それくらいに見える男の子だった。スポーツTシャツにハーフパンツ。足下も有名スポーツメーカーのスニーカーで固めている。癖毛なのか、黒い髪があっちこっちにピンピンと跳ね、気のせいか犬や猫の耳に見えて可愛い。この手の年頃の子は、もっとハンバーガーショップとかファミレスとかに行くもんだと思っていたから、意外と来るもんなんだなあと思って感心していたら、その子はこちらをじっと見て、鼻を動かした。


「あれ? 店長人間を雇ったの?」

「へっ……?」


 私は男の子を凝視した。

 ……待って、今までは深夜営業のときだって、四月一日さんの使っているエプロンを巻いたり、カウンター内から出ないようにして、お客さんにはばれないようにしてきたのに。そもそも、この子も不死者か……。

 いや、常連の占い師の九重ここのえさんだって不死者らしいけれど、彼女が何物なのかはわからないままだしな……。

 私が勝手にぐるぐる頭を悩ませていたら、食洗機から顔を上げた四月一日さんは朗らかに言う。


「ええ、他のお客さんには内緒ですよ。特に七原ななはらくんには」

「うんわかった。あのスケコマシ、絶対に血を吸いたがるから」


 ……あの情けない頼りないことで客層を集めている七原さん、本人いないところでスケコマシ呼ばわりされているけど。

 でも、どうやってわかったんだろう。九重さんみたいに、占い……とか?


「あの、あなたも不死者? そもそもよく私が人間だってわかったね?」

「えー、そりゃわかるよ。オレ、鼻は利くし」


 そう言って、癖毛を揺らしながら鼻をひくひくと動かした。可愛い。

 でもこれじゃどんな不死者かわからない。私は四月一日さんを見つめると、四月一日さんはあっさりと種を明かしてくれた。


「彼、三村みむらくんは人狼ですから。鼻は人間はもちろん、他の不死者よりもよっぽど利きますよ」

「人狼って……人狼!?」


 ええっと……私も詳しくは知らないけど。満月の夜になったら狼になるとか、人肉を食らうとか、そういう生き物だったような……?

 こんなに可愛い男の子が? 私は動揺していたら、四月一日さんに三村くんと呼ばれた彼はえっへんと腰に手を当てた。


「どっかの吸血鬼と違って、グルメ目的に人肉なんて食わないよ。オレ、食事が満ち足りているときは、人間食わない主義だから」

「それっていいことなのかな、悪いことなのかな……」

「まあ、この国は飽食の国ですからね。食事に困らない内は、三村くんも人間を襲うような真似はしませんよ。七原くんの場合はちょっと特殊なんで、飽食の時代であっても人間の血を吸うので、できる限り彼には近付かないで欲しいんですが」

「はあ……わかりました」


 まさか現代社会が人狼の凶暴化を食い止めていたなんて、誰も思わなかったことだろう。

 私が勝手に呆気に取られている間に、四月一日さんが本題に入った。


「それで、どうなさいましたか? 君がうちに駆け込んでくるなんて。なにか事情がありましたか?」

「うん……この店ってさあ、不死者も人間も来るじゃない」

「ええ。昼までは人間のお客様、深夜は不死者のお客様ですが」

「ちょっとさ……探している人間がいるんだけどさ」


 三村くんの言葉に、四月一日さんは一瞬だけ瞳孔を見開いた。前に一さんが言っていたことが、ふっと頭によぎった。

 ここで働きはじめてひと月は経つけれど、私は未だに四月一日さんのこと、なにも知らないままだ。

 私の心象はさておいて、三村くんは続ける。


「お礼をしたいんだ」

「珍しい、君は鼻が利くでしょ。探せなかったんですか?」

「店長だって知ってるでしょ、オレが春先はちっとも鼻が利かないこと」


 春先ってなにかあったっけ、という顔をしていたら、四月一日さんは頷いた。


「年々ひどくなってますからねえ、春先の花粉症」


 ああ……毎年大変そうだなと、幸いかかっていない私は思っていたけれど。いくら人狼とはいえど、春先の花粉には勝てなかったんだ。と少しだけ同情する。

 三村くんは癖毛を少しだけしょげたように垂れ下げながら言った。


「春からずっと探しているんだけど見つかんなくってさ。最終的に、ここに頼りに来たの。ここ来たら、もうちょっとなんとかならないかなって」

「まあ……話くらいだったら聞きましょうか」


 そう言いながら、四月一日さんはカップをひとつ取った。


「八嶋さん、彼にホットミルクを」

「あ、はい」


 私は手渡されたカップにホットミルクを注いでいる間に、三村くんは淡々と話をはじめた。

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