多重人格者

@KiBno

多重人格者

僕は多重人格者だ。二人の人格が僕という一つの身体に入っている。普段は僕が前に出て生活しているけど、困ったときは彼女が出てきて助けてくれる。今日もスーパーで買い物しているときに財布をどこにしまったか思い出せず困っていたら、彼女が出てきて支払ってくれた。きっと彼女が出てきたときにしまっていたのだろう。


外ではトイレに行かないようにしているので、家に帰ってまずすることはトイレに行くことだ。そして今日買った食材を冷蔵庫にしまう。食事は僕と彼女が一回ずつ摂るのでなるべく一回の食事量が少なくなるようにしている。毎回しっかり一食分食べていると単純に2倍の食事になって健康に悪そうだし、何より食費がバカにならない。体は一つしかないから仕事も一人分なので正直言うと今でも1.6人分くらいの食費で困っている。この身体ではできる仕事も限られているので在宅がメインだし、たまに彼女が出てきて仕事の邪魔をするので文字単価で働いている今では給料も上がらない。


正直に言うとこの暮らしは苦しい、でも直し方もわからない。精神科にかかろうとしたが、うまくいかなかった。大学病院で診てもらうように言われたが、その当時は今よりお金がなかったし、二人分の医療費なんて払えるわけもなく諦めてしまった。そして治療もなあなあになってしまった。もういっそこの手で、と思ったこともあったがそういうわけにもいかなかった。でもいつかは、いつかは、と思っているうちにこの暮らしにも慣れてしまったのだ。それでも心のどこかでどんな手段を使ってでも彼女の人格と別れたいと願っていた自分もいた。


その夜コンビニに行く途中に、彼女が車に轢かれてしまった。あんなに悩んだ多重人格がたった一つの鉄の塊によって治ってしまった。僕は血液型もわからない彼女の血を浴びながら、一瞬パニックになった。こういう時はいつも彼女が出てきて解決してくれた。でもいま彼女は目の前で倒れている。僕の中にもう彼女はいないんだ。自由に、やっと、病気が、もう、悩むこともない。 


肉塊になりゆく彼女を背に、私はコンビニへの歩みを速めた。

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