第6話 食べられちゃう?!
部屋に案内されていた時は、案内人の足が速くて遅れないようにするので精いっぱいだったから、周りを見る余裕なんてまったくなかったけど、こうして改めて廊下を見てみると、人間の国のお城とは全然違っておもしろい。
マルッとしてツルンとした壺や置物、明るい色を使った絵が飾られていた人間の国のお城とは違い、このお城にはまずトゲトゲギザギザとした像や、暗い色の絵が多い。
まるですべてがわたしを怖がらせようとしているみたい。
でも大丈夫。お母さまがたまにしていた『血のお化粧』や『ボロボロのお肌に見せるお化粧』の方が、この廊下よりも怖かった。
むしろ楽しいことが大好きなお母さまは、よくそれでわたしや使用人たちを驚かせて遊んでたっけ。そう思い出せば、なんだかお腹の辺りがホンワリと温かくなってきた。
よく見たら、わたしを見下ろしてきている像も絵も、わたしのことを見守ってくれているような気がしてきた。
見守ってくれるのはとても優しいことなんだって、お母さまもよく言っていた。逆に心強くまでなってきて、歩幅も大きくトコトコと歩く。
すれ違う人たちはたくさんいたけど、誰もわたしには気がつかない。理由は多分、誰も下を気にしていないからだ。
廊下を歩く人たちは、みんな体がとても大きい。きっとみんな大きいから、わざわざ足元を気にする必要がないんだろう。
そのお陰で、わたしはすれ違う人たちを遠慮せずに観察できる。
魔族には、色んな姿の人たちがいるみたい。王さまみたいに人型に角がある人もいれば、宰相さまみたいにモフモフな耳が生えている人もいる。
たまに全身獣の姿の人もいて、ちゃんとお洋服を着て二本足で歩いてるのが、なんだかちょっと可愛らしい。中には肌が青や緑や真っ赤などのカラフルな人もいて、見ていると楽しくなってくる……と考えて、ハッと我に返った。
そうだった! わたしは王さまに会いたいんだった!!
忘れていた目的を思い出し、プルプルと首を横に振る。楽しさを一度頭の外に追い出して、両手を胸の前でギュッと握りながら「よし行こう!」と自分の心に言う。
でも、ここで気がついた。
あれ? どこに行けば、王さまに会えるんだっけ……。
王さまと会った部屋なんて、ぜんぜん覚えていなかった。
どうしよう。誰かに王さまがどこにいるか聞く? でもみんな、忙しそうに――。
「おいコラてめぇ!」
突然聞こえた太い怒号に、思わず肩がビクッとなった。
声の方を見てみると、すぐに廊下の少し先で肩を怒らせている人の背中を見つける。
わたしに掛けられた言葉ではないらしい。その事実に少しホッとして、じゃあ何だろうとよく見てみる。
大声を上げたのは、大きな魔族の人たちの中でも、特に体が大きな人だった。
たてがみのようなオレンジ色の髪に埋もれるように、丸くて小さなモフモフの耳が頭から生えているのが見える。
もしかしたら騎士なのかもしれない。腰に大きな剣を差していた。
「先祖返りの分際で、気高き獅子一族のこの俺にぶつかったか?! あぁん?!」
「す、すみませ……」
「そこは『私めのような下賤な先祖返りが、この世に存在して申し訳ありませんでした』だろうがぁ!!」
まるでお母さまの母国の書く道具・筆のように、先っちょだけフサフサな騎士の人の長い尻尾の先が、威嚇でもするかのようにブワッと大きく膨らんでいる。
彼の声と、今にも「ガオーッ」と言い出しそうな怖い顔が、「俺は怒っているぞ!」という彼の意思を声高に主張しているかのようだった。
でもだから何だというんだろう。
彼が怒っている相手は、彼の前に落ちていた。
メイド服を着たネズミ姿の女の子。彼女は顔を青くして震えていて、怖くて声も出ないようだった。
廊下には、他にも彼らを見ている人たちがいた。なのに誰も気にしている人はいない。
とめない。それどころか、まるで何も起きていないかのように、すぐ横をスッと通り過ぎていく。
「いつまでも俺の行く先を遮るなぁ! 早くどけぇぇ!!」
騎士の人が我慢できなくなったかのように、足を振り子のように後ろに振りかぶった。
わたしは走り出していた。
きっとお母さまなら、助けに行く。そう思っていたかどうかは、覚えていない。
でもこれは絶対にいけないことだ。そんな確信はあって。
わたしの小さな体じゃあ、大きなこの人は止められない。だからとりあえず、必死で手頃な位置にぶら下がっていたあの筆のような尻尾に手を伸ばす。
「ダメーッ!!」
「ギャフッ!」
手に持ったものを引っ張れば、あの怒号が嘘だったかのように情けない声がした。
辺りの人たちは今度こそ、みんなピタリと足を止めた。
幾つもの視線に晒されているのを感じる。痛いほどの沈黙が流れる。
騎士の人が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
怒りに満ちた、獰猛な肉食獣の目と目が合った。いや、睨みつけられた。
猫に似たような目だったけど、同じ猫の目の宰相さまとはまるで比べ物にならない。
体が固まってしまって、動かない。ネズミの子が震えて動けなくなっていた理由が、今更ながらにやっと分かった。
しなる尻尾に手を振り払われて、ガクガクと震え始めた足は簡単に踏ん張りを失った。
思わず尻餅をついてしまう。そんな私を見下ろして、人より大きく見える口が「……あぁ?」と不機嫌そうに言葉を発した。
「ちっこい人間?」
見下ろしてくる彼は、わたしが人間であることを疑っていないように見えた。
何故わたしを見て迷いなく人間だと思ったのかは、分からない。でも、今はそんなことなんてどうでもいい。
『魔族にとって、人間はエサ。見つかったら最後、食べられちゃうのよ。ふふふっ、貴女の未来に幸せがあればいいわね』
そう言ったのは、たしか出発前の正妃さまだったっけ。
「何だぁ? いい
ニンマリと笑った彼の口から、ギザギザの鋭い歯が見えている。
――食べられちゃう。
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