お天道様に顔向けできるか?
シンカー・ワン
第1話 逢引
不自然な間取りの無駄に広い部屋とキングサイズのベッド、大きなモニターと備え付けられたいくつものアダルトグッズ。落ち着いているようでどこか淫靡、ここはいわゆるラブホテルである。
「――じゃ、後は頼むね」
覇気のない声でそう言ったのは、少しよれたスーツを着た中肉中背の男。
五十に手の届きかけたこれといった特徴のない、どこかくたびれた感じすらある。
男は振り返りもせずそくさくと部屋を出ていった。
ドアが閉じられてしばらくしてから、気だるげにベッドで身を起こしたのはまだ若い、おそらく二十代半ばの女。
視線を少しだけ男の去っていったドアに向けたが、すぐに逸らしてベッドから下りシャワーを浴びにバスルームへ。
降り注ぐ熱い湯で身体に残る情事の残滓を洗い流しながら、男とのことを思う。
ただ惰性的に身体を重ねるだけになったのは、半年くらい前からだろうか?
部屋の備品たる避妊具もひとつ使えばいい方になっていた。以前は時間延長してでも三つ使うのが当たり前だったのに。
回数だけではない。今ではご休憩時間を半分ほども余らせて、さっきのように慌ただしく帰っていく。
シャワーを終え
出るところは出ているのに女らしいラインが目立たないのは背の高さか。もう少し低ければ、なんて言うのは持つ者の驕りだと数少ない友人に諭されたこともあったなと苦笑いが浮かぶ。
正面背面と鏡に映して見るが、男の
男女の関係が始まった頃は貪るように求められ、身体のあちこちにくっきりと跡を残されて、衣類で隠せてないところを誤魔化すのに困ったものだったというのに。
男の
――飽きられた。
そのことをハッキリと感じている。
妻子ある男との肉体関係、世間で言うとこの不倫。許されぬ間柄。
金銭のやり取りだとか、プレゼントをもらったりだとか、そういったものは一切無い純粋に身体だけの関係。ホテル代だって割り勘。
所詮は火遊び。いつか終わりが来るとわかっていたつもりだったが、つもりだけだったみたいだ。
「……二年、か」
指を折ってつい口に出る。
大学を出て勤めだした市役所、配属された部署の上司。
お世辞にも格好良いとは言えない十人顔の冴えない中年、特に意識することもなかった。
けど、右も左もわからぬとき助けられ支えられ、気がついたら思慕を抱くように。
向けた好意に応えてもらえたのは、あちらの家庭が上手く行っていなかったときという偶然から。
大人の男性に身をゆだねる安心感に酔いしれた。あちらは若い
……今ならわかる。幼いころに亡くなった父親の影を求めていたのだと。
そして、むこうにとっても同じような感傷にしか過ぎなかったことを。
抱かれているときに何度も耳にした、
父親が娘と同じくらいの年頃を女を抱こうとするのは、娘に対しての権威を取り戻そうとする代償行為だとか何とか。
別にどうだっていい、こちらも似たようなもの、互いに代用品にしていたいびつな関係だから。
「……どっちもどっち、か」
心の隙間、寂しさを埋められればそれでよかった。身体を重ねている間だけは満たされていたから。
大雑把に身体を拭き、地味目な衣類を身に着け、化粧を簡単に済まし、忘れ物がないかを確認してからルームキーを手にして部屋を出る。
フロントにキーを返し夜の街を自宅へと向かう。この二年、逢瀬のたびに繰り返してきたルーティーン。
「……次は、ないかもね……」
星の見えない夜空を仰いで、吐息交じりにつぶやく。
ローヒールパンプスのかかとでアスファルトを鳴らしながら歩く。
乾ききっていない髪に初秋の夜風が冷たかった。
――続く――
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