しほさんと白い部屋
白い部屋の中央には薄っぺらいディスプレイが置いてある。
しほさんはいつものタートルネックにジーパン。ただ少し違うのは、小綺麗な白衣をまとっているところだ。
「初めまして、西森です。本日はよろしくお願いします」
静かで、ゆっくりとした口調。
普段とのギャップがすごい。
『それで、どうですか彼の調子は』
「ええ、このところは比較的安定していらっしゃるようです。趣味で料理を始めたのがよかったのかもしれませんね。外に出るきっかけになりますから」
『彼には……ひどく無茶をさせてしまいました。マネージャーとしての私の責任です』
「……いえ、感じ方というのは個人差がありますから。いっしょくたに責任とも云い難いものかもしれませんよ」
『それでも、起こってしまった結果が全てです』
「そうですか」
『先生、彼は復帰できそうですか』
「どうでしょうね。それは彼自身の選択です。私はあくまで医者ですから、社会復帰よりもまず第一に彼の心身の健康を考えています」
『ええ、もちろんそれがなによりのことです。復帰するか、このまま退職するか……その判断も急かすつもりはありません。会社の規定上、休職開始時に期限だけは先立って伝えていますが』
「堅実な対応だと思います」
その話はあまりにも淡々としていた。
芯を食った話をするよりも、〝不謹慎〟の境界線から距離を取ることばかりに躍起になったような会話だと、僕は感じていた。
「彼に連絡したいことがあるのであれば、私から代理でお伝えすることも可能ですが」
『そうですか。でしたら、現在の職場の状況を……。問題を起こした社員は外部へ更迭になりました。私の部署でもサポート体制は十全に取りますが、人事の方にも今回の件は連携してありますから、本人の希望次第では転属も可能だと伝えてください。もちろん、復帰するかどうかは、考えられるようになってから考えてくれればいい、とも』
「承知しました」
それからはしばらく事務関係の話をしていた。
しほさんと会社の契約上の手続きの内容らしい。
「ふう、今日も稼いだ稼いだ」
しほさんは立ち上がって白衣を椅子の背もたれに向かって乱雑に放り投げながら歩いてきた。
そして、そのまま正面に座っていた僕の頭の上に手を置いた。
「いいんだよ、私は男の涙は見慣れてるから」
「……いえ、もう涙腺も涸れ果てたところです」
「そう……。悪かったね。まだ君には少し早かったかもしれない」
しほさんは苦々しそうな顔をしていた。
「いい人みたいでしょう、あの人。ああいう人が、きっと普通なんです。だから、きっと恨んでいる僕が間違ってるんだ。僕は……勝手に助けてくれることを期待した」
「いや、間違ってなんかいないよ。普通の……〝平凡な悪〟だってこの世には存在する。だから、きっと逆なんだ」
言葉に迷うようにして、しほさんは云った。
「君は……正しすぎたんだよ」
▲▲~了~▲▲
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