おじはる

高橋

9月の1周目の月曜日

大人になると選択肢が増えすぎて大変な話

こんにちは。こんばんは。天の声です。

ダラダラとした導入パートを一手に引き受ける者です。

物語に入る前に必要な導入パート。何をどうしても絶対挿入しなければいけない導入パート。

小説の数だけ導入パートが存在すると言っても過言ではないです。


導入パートの目的は、読者の気持ちを惹きつけ、物語の中に引率すること。

バスガイド的な、否、バスガイドよりも、世にも奇妙な物語のタモさん。

バスガイドの制服に身を包んだタモさんを想像してください。そんな感じです。


先ほど記したように、小説の数だけ導入パートが存在します。

つまり、焼け野原。焼け野原という表現すらも焼け野原の炭。

割引シールが貼られた後のお刺身コーナー。

開店直後のポケカコーナー。

このように手を変え品を変え、作家独自の表現で導入を担わないといけません。


正直、導入なんて書きたくねーよ。

セリフだけで書き切りてーよ。

めんどくせーよ。

セリフ間の描写もめんどくせーよー。

という作者の歪んだ気持ちから産み落とされた天の声ですが、このキャラによって、多少説明臭さがあっても許容されるであろうという期待と思惑が込められています。

この本を手に取っていただいた皆様。どうか、説明くさい文章になっても「あー、天の声なら仕方ないなー」って気持ちでお読みいただければ幸いです。

では、いざ、本編へ。





キャメダコーヒー。全国に多くの店舗とファンを持つ大型喫茶店。

ドリンク一杯につき、トースト、サラダ、ゆで卵がサービスとして提供され、そのコスパの良さから、ファミリー層はもちろん、学生やサラリーマン、生きとし生ける全ての者の憩いの場所として重宝されている。


大げさ過ぎる表現に聞こえるかもしれないが、事実、来店している年齢層は、ベビーカーに鎮座するベイビーから、手押し車を押す老人までと幅広い。


来店する層に合わせてか、店内は広々としており、通路や座席も十分なスペースが確保さている。


そんな店内の隅にある角の席。

四名がけテーブルに向かい合って座る二人の男。

高橋と中川。


二人についてを後々説明するのは野暮かつテンポが崩れそうなので、先に触れておく。

共に40歳のサラリーマン。

高校からの友人である。


高橋はイベント制作会社勤務。

中川はイベント運営会社勤務。


高橋には妻と4歳の娘。

中川は独身。


二人のことよりキャメダコーヒーに文字を割いてしまったが、二人のあれこれについては、話が進むにつれて徐々にわかっていくので、ここまでにしておく。

天の声からは以上です。



「疲れたわ。ほんまに疲れた。どんなけ疲れたかって、あれや、あれぐらい疲れたわ」

「ちゃんと例えて。モヤかけんと例えて。」

「昔はもっと、こう、何に対しても例えれたんやけどな。40になると、色んなキレが悪くなっていくな。」

高橋はそう言いながらモヤが上がるコーヒーを口に運んだ。

「40になるとコーヒーはブラックで飲まなアカンみたいな風潮ない?」

「ないわ。」

そう言いながら中川は、ミルクとたっぷりの砂糖をコーヒーに注ぎ、カランカランカランと三度かき回してから口に運んだ。

「それちゃんと混ざってる?三周させただけやんな?絶対混ざってへんて。」

「じゃあ何回混ぜたらええねん。三周も十周も変わらんやろ。」

「お前はなんでコーヒーに砂糖とミルク入れるん?ブラックが飲まれへんからやろ?ブラックのままやったら濃いからやろ?ミルクと砂糖で飲みやすくするんやろ?三周回しただけでミルクと砂糖がコーヒーと仲良くなれると思う?お互いにまだ距離感わからん大切な時期やで。もっとかき混ぜてお互いの事を理解する時間を取ってあげなあかんわ。時間も手間もかけずに適当にかきまぜたお前のコーヒーは結局ブラックコーヒーのままや。ミルクと砂糖は混ざってるんやない、ブラックをコーティングしてるだけに過ぎへん。コーティング部分だけで飲んでも、中身は結局ブラックコーヒーのままや。」

そう言いながら高橋は自分のコーヒーをカランカランとかき混ぜた。

「うるさ。特にしゃべることないからって、無理やり俺のコーヒーに文句言うてるだけやろ。本人が飲みやすくなってるんやったら、別に何周でもええやろ」

中川は再びコーヒーを口に運んだ。

「濃いな。」

カランカランカラン

「やっぱり混ざってへんやん。」

「せやな。」


二人はこんな実どころか種にもならない話をほぼ毎週キャメダコーヒーで繰り広げている。


共に会社は違えどイベント業界で仕事をしている。

一週間の内、イベントが最も忙しくなるのは土曜と日曜。

イベントが終わった週明けの月曜にイベントの事務処理を行い、火曜~金曜にかけて次のイベントの準備をするというのが大体のルーティンである。

月曜の事務処理後にキャメダコーヒーに集まって、どうでもいい話をする。

特に取り決めをしているわけではないが、ここ数年、暗黙のルールとして二人の中に根付いている。


なんとなく集まり、なんとなく喋り、なんとなく解散をする。

それが息抜きになっているのか、ストレス解消になっているのかはわからない。

しかし、二人はこうして集まって話をする。


学校も同じような感覚で通っていた人も多いのではないでしょうか。

もちろん勉強する為に通っている人が多いとは思うが、勉強をしない生徒がいたのも事実。

そんな生徒でも大半は学校に来る。

なぜ行くのか。と問われると「行くことが当たり前だから。」それ以外の理由は恐らくないだろう。


高橋と中川の集まりについても同様、なぜ集まるのか。

「集まることが当たり前だから。」という域に達している。

彼らの集まりは学校の延長線上に位置するのかもしれない。

天の声からは以上です。


「さっきの話に戻るけどな、」

「コーヒーの話はもうええで。」

「ちゃうわ。話のキレがなくなったって話や。」

「ああ、そっちか。」中川は少しだけ遠い目をした。


「学生の頃はもっと喋れてたよな。もっと切り返しも上手いし早かったよな。年取ってくると、すぐにパパっと言葉がでてけーへん。ほんま悲しなるわ。」

「せやなあ、学生の頃よりも色んな経験とかして、色んな知識もあるはずやから、ボギャブラリー的には今の方が多いはずなんやけどな。大人になるって、選択肢が増えるってことでもあるから、その選択肢をできるだけ間違えへんようにってなると、脊髄反射で切り返すんじゃなく、一旦頭で選択肢が正しいかどうかを考えるって作業が増えてまうから、会話の場合は面白いかな?面白くないかな?ってブレーキがかかってまうから昔の様に喋られへんようになってしまうんやろうな。まあ、でも、お前は昔も今も変わらんで。」そう言いながら中川は少しだけ遠い目をした。


「昔も今もブレてないで。かっこいいでって意味じゃないよな。絶対ちゃうよな。成長してへんって遠回しに伝えてるよな。選択肢がどうとか関係なく、お前は昔から喋るの下手やったでって言うてるよな。」

遠い目をした中川に、目を見開きながら高橋は言葉を投げつけた。

「真意が伝わってよかったわ。さすが友達やな。」

「友達って言葉つかっとけば全て許されるわけちゃうで。」

「上目づかいも足しとこか。」

高橋は少しだけ遠い目をした。


「お待たせしました~。チョコケーキとチーズケーキです。」

女性店員が笑顔を見せながらケーキをテーブルに運ぶ。

カチャン、カチャン

「ご注文はお揃いでしょうか?」

中川がゆっくり頷く。

「ごゆっくりどうぞ~」と言い終わるかどうかのタイミングで既に店員はテーブルを離れ次のテーブルへ向かっていた。


「なんで口で言えへんの?」

「何が?」

「ご注文そろってますかって聞かれたあと」

そう言いながら高橋はさっきの中川の「ゆっくり頷く」を実演してみせた。

「最短ルートでやりとりしたんや。言葉で伝えたら、聞き取れんかったり、言い間違いしたり、何かしらのリスクがあるやろ。そこに多少なりとも時間が発生するやろ。頷くだけやったら、イエスノーの判断を目視で確認できるし、間違いが起こりにくいやん。」そう言い終わるとチーズケーキを小さく切って口に運んだ。

「理由はわかった。でも、大事なコミュニケーションというものが欠落してしまってんねん。」

「店員の目を見たか。色を失ってたやろ。愛想こそ良かったけど、俺らとコミュニケーション取りたい目をしてなかったやろ。注文を届けた時点で彼女と俺たちの関係はほぼ終わったも同然なんや。」

「それでもコミュニケーション取った方がお互い気持ちいいやんけ。」

「エゴや。お前は気持ちいいかもしれん。でも彼女にコミュニケーション取りたいかどうか聞いたか?」

「聞いてへんけど、愛想よくされて嫌な気分にはならへんやろ。」

「エゴが集まってキングエゴイムになろうとしてんのか。」

「キングスライムで例えようにも語呂が気持ち悪いねん。エゴイムってなんやねん。」


「そもそも店員に過剰に愛想の良さを求めるのはおかしいねん。飲食店は飲食を提供してもらう場所であって、愛想を提供してもらう場所やないねん。サービス料を取られる店に愛想の良さを求めるのはわかるけど、こういう喫茶店で愛想を求めること自体がそもそも間違ってんねん。そんな店でお前が愛想向けたらどうなる?愛想よくせなアカン状況になるやろ。愛想をカツアゲしてるようなもんやねん。」


「別に愛想をカツアゲしたいわけでも、ラリーがしたいわけでもないねん。ただ、愛想よくした方が店員さんも気分よくなるやろって話や。」

少しムッとしながら高橋はチョコケーキを口に運んだ。少し苦かった。


「お客さんに愛想ふりまいてもらう為に店員さんが愛想ようしてるわけちゃうねん。いきなりティンカーベルが家に入ってきて、妖精の粉ふってきても困るやろ。ネバーランドに強制連行されたら困るやろ。」

「その例えは意味わからんけど。」


「波風立てず食べて飲んで帰ってもらう為に愛想よくしてんねん。愛想よりもお金をふりまいてほしいねん。そこを勘違いして愛想笑い返しをすることで、余計な愛想メーターを消費させてしまうことになんねん。だから、ご注文お揃いですかに対しての最適解は頷くことやねん。」


中川が一通り喋り終えると高橋はゆっくりと頷いた。


「なんか腹立つな。」

「せやろ。」

中川はゆっくり深く頷いた。

「深めの頷きすんな。」

中川はゆっくり、、

「やめろ。」


②へ続く



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