第6話 煮卵争奪戦(槍込聖)

これで合流メンバーは最後だろうか?

後輩に促せば、他にそれらしい探知結果はないと返ってきた。

よろしい、ならばここらで親睦会を開くとしよう。


自己紹介も兼ねてそれぞれの状況を話す中、やたら僕にグイグイくる男子高校生に僕の世界の秋生を思い出す。

この世界線の彼はまだ僕に恋をしてる様子はないが、ここで僕が男であることを話すべきか非常に迷う。


まぁ、周囲には珍妙な生き物が多いからね。

その中で唯一人型をしてる僕に目が向くのは仕方がないことだな。

後輩は形こそ生前の姿をしてるけど、ドロドロしたスライムの体表ヲしてるから近寄りがたいし、もう一方の自称女子は魚だし。


だが待ってほしい、これは女装だ。

厳密には後輩の趣味なのだが、似合うという理由だけで来させられている。

今現在の僕は元の肉体を捨てて動くスペアボディなので一応肉体は女の子になってるが性自認は男のまま。つまりこれはTSなのだ。OK?


誰にも届かぬ心の声で自己弁護を披露しつつ、本題に入る。


「さて諸君、まずはここらで食事会と行こうか。君たち、お酒は飲めるかね?」


周囲の返事を確認し、一人だけ飲めないことが発覚。

それが、僕にやたらグイグイくる男の子。飯句頼忠君だったかな?

彼は僕の提案にしょんぼりとしながら項垂れた。


聞けば現役高校生というじゃないか。

流石に高校生に飲酒を勧めるのはどうだろうか?

僕が許しても法が許さないだろう。


しかし元の世界に帰れる保証がない今、バレなきゃいいのではないか?

最悪ここで死ぬ可能性もある。

僕のボディは見た目こそ人間と同様だが、そのスペックは後輩のスライムボディと同義。

つまりはそんじょそこらの劇物を食らった程度じゃびくともしないのである。


だが彼は違う。どう見てもスペック上は人間の域を出ない。

だからこれは僕らなりの祝福だった。


「飲めらぁ!」


同調圧力による言質をいただき、芋煮会ならぬ玉こんにゃくパーティが始まった。

なぜ玉こんにゃくパーティなのか? そんなの僕が好きだからに決まってるだろう。

僕の研究のお供。あとは煮卵があれば最高だ。そいつを辛口の日本酒でキュッとやるのがルーティーン。


え? おじさんくさい?

そりゃそうだろう。僕は正真正銘のおじさんだからね。

似合うって理由で女装させられてるだけのおじさんだよ、僕は。


「煮卵が御入り用でしたら買って来ますよ?」

「人数分、頼めるかい?」

「了解っす」


自分の世界とこの空間を唯一行き来できる少年、磯貝章君。


彼は金髪碧眼で長い耳を持つエルフの風体の割に感覚が現代日本人に近い変な奴だ。

曰く、こうなる前は一般の地球人、男子高校生であることを自白する。

非常に研究意欲が湧くね。


ぜひ、そのマナの実という物体を研究してみたい欲求に駆られる。


「ただいまー。煮卵のほかにいくつかおでんの具材も買って来たんすけど、どうします?」

「いいね、鍋の中に入れてくれたまえ」

「ラジャ」


その上でノリがいい。

彼も飯句君同様、僕に気があるのが態度でモロバレだ。

多分だが、頼めば喜んで提供してくれるんじゃないかという確信がある。


なんせ彼の口ぶりだと、彼の世界では喉を潤す果実のような感覚で取引されてるらしいからね。

端的に言って頭おかしいでしょ、それを売買するなんて。

違法薬物の比じゃないよ?


「こうやって皆さんで突く鍋は楽しいですね。なんとなく、昔の記憶が思い出せそうです」

「でしたらアキカゼさんは大家族の中心人物だったんでしょうか?」

「そうかもしれません」


鍋の上ではいい感じに煮上がった煮卵の争奪戦が繰り広げられる。

よほど美味かったのか、僕のテリトリーにまで手を伸ばしてきた初老の男アキカゼハヤテ。


口調は優しげなのに、行動は意外と頑固だ。コレと決めたことはやり通す覚悟みたいなものを感じる。

今まさに、僕のテリトリー内の大事にとっておいた煮卵が彼に攻め込まれてるところだった。


このハゲタカめ! これは残してるんじゃなくて取って置いてるんだよ!

執拗に狙うなよ。他にもあるのに執拗に僕の煮卵を狙う性格の悪さが出ているぞ?


「どうやら彼女の防壁は硬いようだ」

『ごめんなさい、リコさん。僕が美味しいからってハヤテさんに頼んでしまって。ほら、僕の腕ってそんなに伸びないから』


なるほどね、わざわざ僕の煮卵を狙った理由はそこの魚少女のためでもあった訳か。

無理に手を伸ばせばワンチャン自分が鍋の具材になりかねないものね。


この男が前に出るのもわかる気がする。

だからと言って僕の煮卵は渡せない。


これはどうしたものか?

そう考えた時、僕の天才的な頭脳に電流が流れた。

そうだ! 彼女を元の姿に戻してしまおう。

そうすれば今後僕の憂いはなくなる。


ならば早いほうがいいか。

僕はお気に入りのお酒の体で、とある薬品を皆に振る舞った。


それが状態異常を超回復するポーション。

俗にいうエリクサーの類である。

上級エリクサーとでもいうべきか、ただしこれはs強烈な副作用があるので、生身の体では受け止めきれない。

それを、彼女のお酒に忍び込ませた。


しかしここで邪魔が入る。

闖入者、乱入者というべきか。

僕からのお酌に目をつけたエルフと高校生が揃って僕のお酌を求めて来たのである。


「リコさん、俺にも一杯おなしゃーす」


呂律の回ってない感じからすると、彼は相当に酒に弱いのだろう。


しかしこんな辺境を散歩感覚で歩き回れる度胸と実力は、ひょっとすると僕の理解を超えているかもしれない。

そう思い、飲ませたら卒倒した。案の定、アルコール耐性は皆無だったようだ。南無。


「頼忠ーー!?」

「どうやら彼には強すぎたようだね。それでも君は挑戦するかい?」

「男は度胸!」


彼もまた、卒倒する。ただ飯句君と違い、程よく酔い潰れてる感じから、彼はアルコール耐性が強いようだ。


「だらしないですね。ここは一つ、大人の私がお手本を見せるところでしょう」


ここに来て、ハゲタカ爺さんアキカゼハヤテが参戦する。


「いや、無理に飲まなくても大丈夫ですよ?」

「そうもいきません。若者ばかりに無理をさせたとあっては、大人の面目丸潰れですから。せっかく同じ釜の飯を食う機会、ここは踏み込むのが大人というものです」

「早死にするタイプですね」

「周りにはきっと迷惑ばかりかけていたんでしょう。その記憶もありませんが」

「だが、嫌いじゃない」

「ありがとう、レディ」


いっそ清々しいまでに受け取って、飲み干す。

すぐさま昏倒したが、飯句君のような倒れ方じゃなく、軽く意識を失ったような堂々たる気絶っぷりである。きっとこの人の世界では大勢から慕われていたんだろうなと思わせる何かが見えた瞬間でもあった。


ただの考古学者じゃないでしょ、絶対。

それを追いかけるようにして、魚少女のルリーエも倒れる。

親子のような、恋人のような距離感で。

この二人の関係を問うのは野暮だろう。


きっと僕と後輩のような関係性。

それで全てカタがつく。


「さて、残すところは君だが。正直ここまで気絶者を多く出してるお酒だ。飲むか飲まないかは君に託す」

「覚悟はできてます」


決死の覚悟を決めた男の顔だ。

酒を飲むくらいで大袈裟な、と思いつつもどこかで彼はこの場所に死場所を求めてやってきてる決意を見せる。

これを飲んでもしにはしないが、死んだほうがマシな地獄を見る。


壮絶な二日酔い。そして肉体の異常。

適応できれば新たな人類としての覚醒は約束されてるが、モン半(モンスター混血児)専用なんだよな、これ。


それから十数分は後輩と一緒に鍋を突く。

やはり味の染み込んだ煮卵は最高だ。

ホクホク顔で卒倒した者達の煮卵を略奪、もとい感触してると、一番最初に倒れた飯句君が起き上がる。


まるで僕のお酌以降の記憶がないとばかりに周囲を見回している。


「おはよう、飯句君。いい夢は見れたかな?」

「あの、すいません。俺のペットを知りませんか? ピョン吉っていうウサギたちなんですが」


そういえば彼に付き従うように6匹のウサギが周りを取り囲んでいたね。

後輩にそれとなく聞いてみると、彼が意識を失ったと同時に姿を消したと言っていた。

うん、謎!


「何はともあれ、君は運がいいよ。この抑えを飲んでなんの状態異常も起こさずに復帰した。本来なら酷い二日酔いになるもんだが、そんな兆候も一切ない。ラッキーボーイだね」

「あんた、何者だ?」


ここにきて、ようやく敵意をあらわにした彼。

うーん、なんて答えようか?


「僕は錬金術師さ。この世の謎を解明するならば、深淵だろうとなんだろうと覗き、解明する探究者だよ」

「答えになってねぇ」

「事実を言ってるんだけどなぁ」


まるでとりつく島もない。まぁ、攻撃されたと受け止めるんなら仕方ないが、ここでお別れだろう。

そう思っていると、もう一つの物体が動き出そうとしていた。

超弩級のアルコールに抵抗しつつも、最終的には意識を手放したルリーエだ。

ぶくぶくとふくれあがった魚ボディの内側から、呪いにかかる前までのボディを再構築したかのような美少女が、降臨した。


『あれ、僕?』

「お目覚めだね、ルリーエ。体を動かす時の不調などはあるかい?」

『すごく、不思議な気持ちです。僕、元に戻れたんですか?』

「一時的にだよ。ずっとそのままではない」

『そう……ですか』

「だが、僕が近くにいる限りはその限りではない」

『というと?』

「君という謎を解き明かすためなら資材を投げ打ってでも研究し、解明してみせるとそう宣言するよ!」

『わぁ!』


やはり美少女には笑顔が似合う。それは世界の共通認識。

あのハゲタカ爺さんが陥落させられるほどだ。


先程まで僕に敵愾心を向けていた男子高校生はあっさり掌を返した。


「ごめん、リコさん。俺あんたを疑ってた。ルリーエちゃんを呪いから解放するためのお酒だったんだな、それを知らずに俺ってば……くそ!」


勢いのままに地面を殴りつける飯句君。

この子、ちょろいなぁ。

さっきまでの敵対関係を一瞬で無かったことにしたよ?

それとも心が広いのかな?

まぁ、それは彼の利点だろう。


「僕は事前に言ったよ? 飲むなら自己責任だと」

「あれ、言ってましたっけ?」


言ってないよ。でも今なら押し切れると思ったので言い切る。

続々と起き上がる人たちが増えてきた。


想定よりもだいぶ早い。

実は全員モン半なんじゃない?


そんな思いが巡るひとときだった。

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