錬金先輩のバズレシピXX
双葉鳴🐟
第1話_アキカゼ・ハヤテ(Atlantis World Online-定年-)
随分と遠い地へと流れたものだ。
無理な次元連結をしたおかげで、本来とは異なる世界に迷い込んだのだろう。
私の知る世界の建築物とは全く異なる構造体の中で眠りから醒めた。
「ルリーエ、無事か? ルリーエ」
遺跡の中で発見し、共に旅してきた少女の姿が見当たらずに声を上げる。
『ハヤテさぁん』
泣きそうな声色はすぐそばから聞こえてきた。
しかしその姿が見当たらずに困惑する。
本来ならすぐに駆け寄ってエメラルドグリーンの瞳をうるうるとさせながら瞳と同じ色の髪を私のお腹に当て擦りにくるのに、声はすれど影も形も見つからない。
恥ずかしがり屋なのは存じてるが、どうにも様子がおかしい。
すると近場の物陰にさっと隠れる影があった。
彼女らしくない。
少し意地悪してやろうと先回りするとそこにはみょうちくりんな生き物が、私のいた場所をじっくりと観察していた。
ボディは魚。手足が生えた姿はモンスターのサハギンにも見えなくない。
どこか愛くるしいフォルムに、敵意は一切感じられなかった。
「君は、ルリーエなのか?」
『ハヤテさぁん……ボク、ボク……』
エメラルドグリーンの鱗と鰭をはためかせ、見知った声色の化け物が、彼女と同じような仕草でおでこをぶつけてきた。それは妙に腰の入ったタックル。
しかし受け止めてわかる、殺意の全くない抱きつき攻撃は、姿形こそ違うがルリーエからの者と全く変わらなかった。
もしかしたら私も、自分で思ってる以上に変な場所があるかもしれない。
そう思えば「気持ち悪い」「生臭い」だなんて喉元まで出かかった言葉は自ずと引っ込んだ。
「ルリーエ、どうしてこんな体になったのか、覚えているかい?」
彼女は首を横に振るばかり。
曰く、目が覚めたらこの姿で、私の体を見つけてすぐに抱きつこうとしたらいつものようにいかないことに気がついた。
抱きつこうにも、顔より前に手が出ない。
酷く不可思議な現象。
まるで体中のパーツが一から作り替えられてしまったかのような、そんな違和感に包まれたのだという。
目の高さも違う、手足の長さも違う。
だというのにこうして呼吸して生きている。
体調の不良もない。ただどうしようもなく醜悪な見た目を自分だと認められず、私の元から逃げ出した。
無理もない。
優しい子なんだ。同時に繊細で、臆病で。
彼女が私に心を打ち明けてくれたのはつい最近で。
これから普通の女の子としての生活が送れる、そんな時に、どうしてこんな仕打ち。
せめて私が変わってあげたいほどに、彼女はそんな怖そうに反して怯えていた。
そんな彼女を怖いと遠ざける選択肢は今の私は持ち合わせていなかった。
「しかしここはどこだろう、ルリーエは見覚えある?」
『わかんないの』
長い間神殿に囚われてきた彼女が知ってるわけもない、か。
彼女は海底神殿の中央の台座のクリスタルに囚われていた。
魚面の怪人、インスマスの巫女として、辰星の揃う時の為の供物として捧げられた生贄。
彼女は生まれ落ちた時は黒髪黒目だったらしいが、長い間インスマスで暮らしてる内にその存在が何者かに上書きされてしまったようなのだ。
私は遺跡調査学を専攻していたこともあり、秘密を暴こうと強行手段に出た。インスマスからの抵抗激しく。
相当の死傷者が出た。
私の仲間もそこで失い、ルリーエを連れての逃避行はいくつもの次元を超えて続いた。
そしてここもそのうちの一つ。
魔導書ルルイエ=異本からもたらされた魔導術式による『転移』は時代も時空も超えて新たな世界へと招き入れる。
その場合、決まってそこには異変があった。
今回はルリーエ救出イベントか。
いつもみたいに途中で逃げ出すということにもいかないだろう。
今回ばかりは少し手が折れそうだ。
『ハヤテさん、あそこ! 人がいます』
ルリーエの指が示す場所は、肉眼では捉えられない。
望遠鏡を使ってかろうじて目視出来る位置に、崖にひっかかるようにして少年が下げられていた。
私達は探索用ツールを使い、少年の救出に成功する。
その真上では人間など一口で丸呑みしてしまうサイズの怪鳥が餌を求めて羽ばたいていた。
間一髪といったところか。
「君、大丈夫か?」
「うっ……ここは? 僕は確かオリハルコン発掘隊に参加して……それで。あぁ!あの化け物は?!」
何かを思い出したように少年が表情をこわばらせた。
化け物、と聞いてルリーエが私の後ろに隠れる。
自分のことだと思ったのだろう。
私は大丈夫だよ、と彼女の尾鰭を撫でて気持ちを落ち着かせる。
そして少年へと向き直った。
「私たちが目を覚ました時には何もいなかったよ」
「僕たちの隊はそいつに襲われて散り散りに逃げ仰たんです。それから僕は必死で……」
「なりふり構わず逃げ仰せたと?」
少年は恥ずかしそうに頷いた。
純真そうな、社会に出て間もない少年は
私たちも自己紹介を交わす。
「アキカゼさんとルリーエさんですか。そちらの子は……そうか、アビスの呪いで……」
「呪い?」
「知らずにここへきたんですか? ここの大穴は僕の世界でアビス……地獄と呼ばれるダンジョンです。このダンジョンでは下に潜る時には何もないですけど、上に戻ろうとすると強力な呪いが降りかかる。頭痛眩暈、身体の麻痺、そして人間性の喪失。人であることを忘れ、その身は怪生に飲まれる。化け物になると言われています」
「ではこの子はその呪いを受けたと? なんという……」
「そういう意味では、僕もあなたも似た状況にあると言えます」
どちらにせよ絶体絶命。
登れば呪いを受け、潜れば潜るほどモンスターの脅威度は増す。人の身のまま進むことは自殺行為だ。
「そうだね、貴重な情報をありがとう」
「いえ、僕もアキカゼさんに助けていただかなかったら今頃バケモノの腹の中です……それでも、良かったんですけどね」
何か思い詰めたような瞳をする少年だ。
ルリーエの今の姿を見ても驚かないあたり、一緒にいて問題ないように思うが、どうにも死に急いでるように感じた。
まだ私の半分も生きてないだろうに。
アキオ君はあまりにもこの世界の出来事に無知すぎる私たちに知識の提供を惜しみなく教えてくれた。
この世界にはダンジョンという未知なる建造物が多く存在し、私のような考古学者や探索者が多くいるという。
ダンジョンは多くが遺跡に類しており、そこでは様々な発見、出土物があり、国へ納品。
市民へと還元されるらしい。
その中には化け物に対抗する手段がいくつもあり、彼の手にするベルトとリングもその一つだという。
「まさか変身リングも知らないとは。アキカゼさんはどこからきたんですか?」
「私もそれを知りたいんだよ。協力してくれるかね?」
「まぁ、僕も特に何かやりたいこともありませんし。この命が尽きるまでならご一緒しますよ」
「流石にそこまで義理立てしなくてもいいよ」
「冗談です、本気にしました?」
冗談には聞こえない声色で、彼は乾いた笑みを浮かべた。
そして歩いてるうちに珍しい建築物を発見する。
「見慣れない建築物だ。知的生命体でも住んでいるんだろうか?」
「わかりません。この5層には多くの探索者が送り込まれてます。もしかしたらその探索者である可能性が……」
そう言いながらベルトからナイフを引き抜くアキオ君。しっかり警戒しながら言う言葉じゃないでしょうに。
私はルリーエを背中に隠し、物陰に身を隠して建造物を覗こうとして……
「人の家の前でなんしてんの君ら」
『先輩、お客さんですかぁ?』
「おわっ?」
『ぎゃ!』
「びっくりした、脅かさないでくださいよ」
振り向いた先にいたのは、頭頂部から猫耳を生やした少女と、猫耳を生やした奇妙なスライムだった。
なんていうか、私たちが言えた義理じゃないが、珍妙な組み合わせだった。
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