第11話 芸術界隈に革命を起こします

「話に応じていただきありがとうございます」


 サクラダ商会の会長ハカトはそう言って深々と頭を下げた。俺とトキは現在、商会の持つ建物の応接間に通されていた。置いてある調度品も品がよく、落ち着く雰囲気を演出できている。良さげな物なんだろうなぁと眺めているとハカトはそれに気が付いて声をかけてきた。


「私は美術品や芸術品が好きで、著名な製作者の物からまだ無名の製作者の物まで色々と漁っているのです」


 なるほど。それで俺の絵に興味を惹かれて声をかけてきたのか。納得したように頷きながらも、俺はハカトにこう言った。


「声をかけてくれたの嬉しいですが、自分の子を大切にしてくれる人に渡って欲しいのです」

「そりゃもちろん、売る相手は見定めさせていただきます。たとえ王族だろうと、どんな代物であろうと大切にしてくれる人に売りたいと考えています」


 どうやらハカトは美術品に並々ならぬ情熱を持っているらしい。彼なら信用できそうだ。とりあえずインベントリから絵を取り出してみる。


「おおっ! やはりマジマジと見てみると物凄い出来だ! 繊細な色彩、デフォルメされた可愛らしい美少女! しかし一番の見どころは何といってもこの表情でしょう! 何か覚悟を決めながらも、どこか達観している複雑な表情が見て取れます!」


 凄い、俺が一番こだわった表情の部分をちゃんと見抜いてくる。主人公を命を懸けても守り抜くときの覚悟の表情。しかし彼女は自分の命に価値を感じておらず、それがさも当然だと思っている。そんな表情を表現したかったのだ。


 彼はそれを的確に当ててみせた。脱帽としか言いようがない。


「……流石ですね。表情の機微さえも汲み取ってしまうとは。分かりました、ハカトさんにお譲りいたしましょう」


 俺が言うと彼は目を見開き尋ねてきた。


「お譲りするというのは……? もしかしてタダでいただけるということでしょうか?」

「そうです。ハカトさんの慧眼に恐れ入ったので、無料で差し上げます」


 その言葉にハカトの口は歓喜で震えていた。しかし、と俺は言葉を続ける。


「ハカトさん。その代わりこの作品を世界に広めてください。俺はこういった作品が増えることを切に願っているのです」


 そうすればこちらの世界でも新しい二次元イラストがたくさん見られるからな。こっちの世界の人たちの感性によってどんな作品群が出てくるのか、今から楽しみである。


「分かりました! その役目、必ず成し遂げてみせます!」

「もちろん俺も、ハカトさんに定期的に作品を卸しましょう」


 俺は立ち上がってそう言うと、手を差し出した。その手をハカトはがっしりと握り返す。こうして俺たちの美術革命が起ころうとしているのだった。



+++



――とある芸術家視点――


 俺は一時は名を上げ、栄光を手に入れていた芸術家だ。しかし最近ではずっと泣かず飛ばずで全く作品が売れない。それに応じて売れない画家としての箔が付きそうになっていた。


 そんな時、とある貴族が俺を屋敷に招待してくれた。彼とはずっと前から懇意にしていて、今でもまだ定期的に作品を買ってくれる数少ない商売相手だった。


 そんな彼の屋敷に行くと、玄関先にデカデカと一つの絵画が飾ってあった。その絵画を見た瞬間、俺は思い切り電撃に打たれた気分になる。


「おおっ、やっぱりそれに気が付くか」


 その絵画を見ていると貴族は嬉しそうに言った。


「これは一体……?」


 俺は震える声で尋ねた。見たことのないほどの美少女が描いてあった。デフォルメされながらもちゃんと可愛いことが分かる。のっぺりしているのに、人であることが、美少女であることが分かる。しかもどんな感情を持っているのかも手に取るように伝わってくる。この技法は新しすぎる。


「ああ、これはね、最近流行っている画家の絵画なのだがね」

「な、何て名前の画家でしょうか!?」


 俺が前のめりで聞くと、貴族は困ったように頬をかいた。


「それが、サインとかなくてね。誰が描いているのか分からないのだよ。販売しているのがサクラダ商会というのだけは分かっているのだが」


 よく話を聞いてみると、このタッチの絵画は今絶賛広まっている最中で、つい先日には王族の目にも触れ、一種のブームになりつつあるのだとか。しかし誰が描いているのかも分からず、サクラダ商会の会長に尋ねても教えてくれないらしい。


「なるほど、そんなことが……」


 しらばく世俗から離れていたせいでそういった情報を収集していなかったのが仇となった。俺は今すぐにでもこの作者の絵を手に入れて、色々と吸収したい欲求に駆られていた。


「まあともかく、この絵画が欲しければサクラダ商会に行ってみるといいよ」


 そう言われ、俺はサクラダ商会に足を運ぶことを決意するのだった。

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