第七話 出し物決め

春蘭祭しゅんらんさいの季節がやってきたぞー! 盛り上がってるかー!」

「いぇーいっ!」

「おおー」

「……」

五月蝿うるさい」

「相変わらず祭りとなると盛り上がるわよね、嵐真って」


 鈴先生がチョークをマイク代わりに言うと、嵐真くん、綺更くん、紡葉くん、依世ちゃん、咲音ちゃんが順番に反応した。


(春蘭祭って……なに?)


 何とも言えない空気の中、ただ一つその疑問が浮かんだ。


「そう言えば、この時期だったわね春蘭祭って。面倒なことこの上ないわ……。咲音、私、また引きこもっていい?」

「いいわけないでしょ」

「はぁ……だよねぇ……。引きこもってもあの鈴に連れ出されるのが目に見える……。仕方ない。今回は出るしかないか」

「あのー、春蘭祭って、なに?」


 初めて聞く名前だ。


「あぁ、藍は初めてだよね。春蘭祭は天宮の三大行事のことだよ。文化祭って言ったらわかる?」

「! 文化祭……!」


 なるほど。晴宮の学園祭と同じようなことだろう。私は参加させてもらえなかったので、天宮に転入したらやりたいことリストにも載っている。


(どんなことをやるんだろう……)

「毎年、クラスごとに何か企画をして、出し物をするんだよ!」

(わわっ!)


 嵐真くんが身を乗り出して私に解説してくれた。


「保護者とかの投票で一番だったクラスにはすっごい特典があってね、みんなそれ目的で頑張るんだよ!」

「へぇ……! 去年はどんなものだったの?」

「今いる教室のニ倍の広さの別荘! ちなみに場所は指定できて、一人一軒だったよ」

「ほ、本当にすごかった……」


 教室も相当広いのに、その二倍の広さの別荘……しかも場所は指定可能、一人一軒……。天宮の財力の大きさを知らされた気分だ。


「今年は何やろうか。他のクラスとかぶったら、客の奪い合いだし、なるべくかぶらなさそうなものを選ばないと……」

「そうかしら? か、お、だ、け、は、良い男子を廊下に置いておけば磁石と磁石がくっつくようにすぐに引き寄せられると思うけど」

「あー、ありえる」

「でしょ? 去年はそれでいい線いったのを覚えてるわ。必ず最後はげっそりしてるの、印象的だったし」


 真面目に考える紡葉くんに、どんな反応をしていいのかわからない記憶を投げ込む依世ちゃん。


(……容易に想像できるところがまた怖いなぁ)


 嵐真くん、綺更くん、紡葉くんに視線を向けると、三人とも何か嫌な思い出が蘇ったのか、顔が引きっていた。どうやら本当の話らしい。(お疲れ様でした)と心の中で合掌する。


 だが、たしかに依世ちゃんの言う通り、三人とももみんな美形で高身長の男の子だ。架瑚さまが歩く度に女性の目が吸い寄せられるように、三人が立っているだけで女性は必ず来るだろう。


「どんな出し物が多いの?」

「んー、遊び系もあれば飲食店系もあるよ。去年の特別クラスはねぇ、しっぽ抜き鬼ごっこをやったよ? しっぽを抜けた人には抜いたしっぽの持ち主から好きなセリフを言ってもらえるってことにしたら、女性が多数押し寄せてきたね」

「……あー」


 三人がげっそりする理由も少しわかった気がした。


「天宮はお金の制限がないから基本的になんでもできるんだよね。一番お金をかけたクラスが優勝ってわけでもないから、アイデアと財力と人材の問題だよ」


 財力と人材に関しては何の問題もないだろう。基本的に(私を除いて)特別クラスの生徒は美形揃い&お金持ちだ。何かしらで五大名家に縁のある人間しかこのクラスにはいない。後ろ盾は堅い。


(問題は何を出すか、かぁ……)

「俺、今年は飲食店で勝負したい!」

「えぇ~! 去年のが惜しかったんだから、今年もそれにしようよ~!」

「絶対にヤダ!!」

「なんでよ!? 別に減るもんでもないでしょ?」

「咲音に賛成。付け足すとしたら、言葉と服装をランダムのくじ制にしたらもっといけると思う」

「「「…………」」」


 それは本当にやめてほしい、という三人からの本気で嫌がる目線が咲音ちゃんと依世ちゃんに注がれる。


「あれ、でも、なんで男の子だけなの?」


 私はそこに少し疑問を持つ。


「何言ってんのよ、藍。中年のおじさんに追いかけられると思うと、命よりも危険に晒されるからに決まってるじゃない」

「うんうん。『あ、間違ってスカートもまくっちゃって下着見えちゃった』なんてことが起きたら五大名家の権力を全て使ってでも極刑にするわよ?」

(……こ、怖い)


 男の子と女の子の対応の差が激しい。しかも、想定がなぜか中年の男性となっている。天宮は入退場の警備も厳しいから、そんなことするような人は来ないと思うのだが……。


「俺らへの扱いひどくない!?」

「使えるものは使わないと」

「ものじゃないんだけど!?」


 嵐真くんと咲音ちゃんの喧嘩が始まってしまった。


 だが、たしかにこれでは不満に思っても仕方がない。男尊女卑という言葉があるが、今の状況はその逆である。


(……男女平等な出し物って、何かないかな?)


 嵐真くんは飲食店系、咲音ちゃんは美形を利用したいという意見だ。一見、二つのアイデアは真逆のように見えるがーー


(……そうだ!)

「嵐真くん、咲音ちゃん!」

「? なに、藍?」

「どうかした? あいるん」

「私、いいアイデアを思いついたの!」


 私は二人のアイデアをどちらも採用した、男女平等で優勝を狙える出し物を考案する。話を聞いたみんなは、口を揃えて「それ、すごくいい!」となり、私の案が採用された。


「じゃあ、役割分担をしましょ」

「はい、私、『夢遊空想』でスペースを作る」

「じゃあ俺は買い出しに行ってくる。生地とかを買ってくればいいんだろ? 任せとけ」

「……俺は内装を決めるよ。明日には終わらせる」

「私は商品を考えるわ。値段も考えなくちゃ。……どれだけぼったくれるかが売上に影響するものね」


 四人は自分にできることを挙げて、すぐに作業に取り掛かった。残されたのは、私と紡葉くんだ。


「俺は……裁縫とか得意だから、みんなの衣装を作るよ。えっと、時都」

「藍でいいよ」

「いや、時都でいい。……裁縫、得意か?」

「ほどほどかな」

「なら、俺と一緒に衣装、作ってくれないか?」

「ん、わかった」


 こうして、私は紡葉くんと同じ衣装係となった。




「あーいるっ」

「! 架瑚さま……!」

「なにしてるの?」

「春蘭祭で着る衣装を作っているんです」


 私は女子の担当、紡葉くんは男子の担当となった。まあ、スリーサイズとか測らなきゃいけないから、当然と言えるだろう。


 ちなみに二人ともスタイルがものすごくいい。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。男性からしたら理想の女性と言えるだろう。


 今日は休日なので、できるだけ学校で作業できるよう、デザインとパターンをおこしていた。


「ふーん……。何をやることになったの?」

「喫茶店です」


 そう、私の出した案は喫茶店だ。


 衣装を着物と異国のクラシックメイドドレスをミックスさせた和モダンなものにすれば、嵐真くんと咲音ちゃんの意見をどちらも採用できると思ったのだ。


「咲音ちゃんが言うには、指定の食べ物を注文して条件を満たせば、指定した相手に運んできてもらうってことにしたらリピーターが増えるだろう、と」

「なるほどね。儲けは確実に出せるし、優勝も狙えると。よく考えられてるね」

「ふふっ、ですよね」


 すると、架瑚さまが後ろから抱きしめた。顔を覗くと、少し不機嫌なのがわかった。何かしてしまっただろうか。


「……架瑚さま?」

「藍。最近、俺の婚約者だってこと、忘れてるでしょ。……あと、仕事が忙しかったのもあるけど、藍と最近イチャイチャできてない」


 架瑚さまは左手の指輪をそっと撫でた。


「忘れてなんか、いませんよ」

「…………」

「架瑚さまこそ、私が架瑚さまのこと大好きだってわかってますか?」

「それは知ってる」


 自慢げに言う架瑚さまに私はそれは知ってるんだ……、と少し呆れてしまった。


「……ねぇ、藍」


 架瑚さまは一拍間を置いた。私は何だろうかと少し身構える。


「先に謝る。ごめん」

「? 何のことでしょうか」

「……もう少し先の話」


 時折、架瑚さまは今のように意味のわからない言葉を言う。その時は決まって、憂いを帯びた悲しい表情をするのだった。


「俺は、藍を幸せにするよ。絶対」

「はい」

「だけど、俺は一年半後には笹潟家の当主となる人間でもある。当然、俺を狙っている輩は多い。藍も俺の身内である限り、異能のこともあるし確実に危険なことに巻き込まれると思う」

「はい」


 それは十分承知だ。それでも私は、架瑚さまを選んだ。ただ、それだけのことだ。


「……藍が天宮を卒業する前に、おそらく本家に行くことになると思う」

「!」

(本家……)


 前に綟さまから教えてもらったのだが、今住んでいるお屋敷は架瑚さまのためのお屋敷だそうで、本家はもっと大きいそうだ。


(架瑚さまのご両親が住んでいるんだよね)


 前は架瑚さまの兄君の翔也しょうやさまと姉君の未亜みあさまも住んでいたらしいが、今はいないらしい。いつか会ってみたいと思っている。


「その時、俺の父と母から……いや、実際には母からが主だと思うが、色々と難癖をつけられる可能性が高い。権力の弱かった時都家の双子の妹、だとか、まだ完全に異能を使えない、とか……」


 架瑚さまはオブラートに言っているが、要するに私が架瑚さまに相応しくないと言いたいのだろう。それは私も自覚している事実なので否定はしない。


 だけどーー


「架瑚さま」


 今の私は、昔とは違う。


「安心してください。私は何と言われようとも、架瑚さまの婚約者でいられるよう、努力致します」

「藍……」


 欠点があるなら、なくすまでだ。完璧な人間にはならなくとも、架瑚さまの隣にいて誰もが認める女性になればいいのだ。だが、簡単なことではないとはわかっている。


「本家の方に認められれば、私たちは両家合意のもと結ばれた、正式な婚約者になれるのでしょう?」

「あぁ。藍との婚約は俺が勝手に発表したから、本家もかなり慌てていてな。そろそろ挨拶に行かないとと思っていたんだ」

「なら、ちょうどよかったではありませんか」

「…………」


 架瑚さまが不満そうな表情をする。何がそんなに引っ掛かっているのだろう。


「藍は、俺の婚約者なんだからね?」

(もしかして……)


 私は翔也さまが未婚の男性だったと伺ったのを思い出した。


(私が翔也さまに取られるんじゃないかと、気にしている……?)


 架瑚さまは、そういう恋愛に関しての私の信頼がない。もう少し両思いの恋愛婚約をしている私のことを信用してほしい。


 私は架瑚さまと目を合わせ、頰に口付けを落とした。今日だけは証明のために必要なので特別である。


「わ、私は今もこれからも架瑚さましか好きになりませんので、安心してくださいね」


 だが、やはり自分からのキスは恥ずかしいもので、私は照れながら言った。そんな私の姿に架瑚さまは目を軽く見開くと、ぎゅっと抱擁した。


「……藍~~っ、やっぱり好き! 大好き!」

(わわっ)


 架瑚さまの顔が近づき、私は一瞬、ドキッとしてしまった。


「藍、春蘭祭は一緒に他のクラスを回るからね? もっとイチャイチャしたいけど、最近は綟も未玖もうるさいから、学校行事くらいなら目を瞑ってくれるだろうから」

「! ふふっ、もちろん最初からそのつもりですよ。私から誘おうと思っていたのですが……先を越されてしまいました」

「こういうのは男性からお願いするものだから、藍は何も言わずに待ってればいいんだよ」


 互いに視線を交える。架瑚さまがキスをすると、私はまた心臓が跳ねる。だけど、嫌ではなくて、二度、三度とたび重なる架瑚さまからのキスを拒むことができない。


 結局、衣装のデザインはなんとかできたのだが、肝心のパターンはおこせずに休日を終えてしまったのだった。


 ちなみに衣装のデザインは、架瑚さまが「ここはもっとレースとかフリルを入れた方が可愛い」とか「この柄にこの色なら藍に似合う」とか言って、想像していた以上にフリフリふわふわな衣装となってしまったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る