第六話 再会




「会いたかった、神子」

「ふっ、妾も嬉しいぞ」


 私は神子と抱擁する。私は神子に経緯を説明した。式神の召喚の儀式だったこと、神子が式神として現れたのか疑問に思っていることなどだ。


 神子は大体のことは内側から見ているらしいので、すぐに察してくれた。


「妾も神だから、式神としてはあり……なのかもしれないな。魂と異能は藍のとで半分くらいに別れているぞ。妾が姿を消せば、ちょっとは前と同じような感じになるだろうな」

「……あんまりよくないこと?」

「うーん、まぁ、状況によるな。式神の姿でならば、本物の藍に触れることができる。助けることもできるしな。藍の式神ならば喜んで成り下がると思っていたし、丁度良かった」

(良かったんだ……)


 大戦を鎮めた偉大な神子のはずなのだが、この通り何故か私を架瑚さまとはまた別の形で愛されている。


 するとーー


「神子さま……っ!」

「! 卯奈うな……」


 紡葉くんの式神がやって来た。神子の反応からして知り合いらしい。卯奈、と呼んでいたが、それが名前なのだろうか。


「お久しぶりでございます、神子さま。卯奈のことを覚えていらっしゃいますか……?」

「忘れるわけがないだろう、卯奈。其方を助けたのはこの妾自身。元気にしているようだな。妾も会えて嬉しい」

「はぅ、神子さまがそうおっしゃってくださるだけで、卯奈は……卯奈は、幸せです、神子さま」

(…………んん??)


 何故だろう。神子に対する卯奈の言葉が敬愛、尊敬、感謝などの言葉を超えて、もっと信仰に近いような言葉に聞こえる。何も知らない私からすると、姉とシスコンの妹に思える。


「時都、これはどういうことだ?」

「うーん、ごめん紡葉くん。私もわからない。卯奈っていうのが紡葉くんの式神の名前で合ってる?」

「あぁ、さっき、自分から卯奈だって言ってたよ。変えるのも変だし、意味もないからそのまま卯奈にしたけど」


 神子はそんな私たちに気づくと説明してくれた。


「藍、この子は卯奈だ。昔の妾の眷属でな。仲良くしてやってくれると嬉しい」

「神子さま神子さま! 卯奈はまだ神子さまに忠誠を誓っております! まるでもう眷属ではないようにおっしゃらないでくださいっ」

「だが、妾がこの地に舞い降りた千年以上前に、妾は其方らが巻き込まれぬように眷属の契りを切ったではないか」

「っ……! そのせいで、他の子たちもずっと苦しんでいたんです! そんなこと言うなら、もう一度……もう一度、眷属契約をしてください」

「卯奈……」


 どうやら神子と卯奈は昔に何かあったらしい。神子は何度も契約を乞う卯奈に、一言。


「卯奈」

「っ!」


 その時の神子の目つきは冷たく鋭かった。


「下がれ。其方はもう妾の眷属ではない」

「〜〜っ!!! ……申し訳、ございませんでした」


 卯奈は小さくそう呟くと、姿を消した。辺りは静寂に包まれ、複雑な空気がその場を統べていた。


「すまんな藍。もう大丈夫だ」


 神子は明るく笑顔でそう言うが、どうにも気持ちが落ち着かない。


(今は、聞いちゃダメだ。今度また折を見て尋ねるしかない)


 神子もまた、心の底から笑っているわけではなかった。


「正式な式神にするには、名をつけなければならない。藍。妾の新たな神子ではない名を与えてくれないか?」

「名前……」


 今はひたすらに話題を変えるしかない。


「そうだね。じゃあ……まだまだ素敵な人生が神子を待っていることを願って、未玖みく、なんてどうかな?」

「未玖か……。妾には勿体無い言葉だ。うん、良い名だ」


 その後、式神との正式な契約を終え、神子こと未玖は私の式神となったのだった。




「と、いうことで未玖が私の式神です」

「これからよろしくな。架、瑚?」

「…………全然よろしくねぇよ」

「何か言ったか?」

「あぁ、言いましたけどぉ?」

(未来と架瑚さま、すごく仲悪い……)


 だけど、喧嘩するほど仲が良い、とも言うから大丈夫だと信じる他ない。


「そういえば藍様。頼まれていた柳瀬家への訪問、行けるようになりましたよ。明日の午後、参りましょう」

「! 本当ですか!」

「はい。新たなご当主様がいつでも良いとおっしゃられていました故、なるべく早く会うのがよろしいかと思いまして明日に致しました」

「〜〜っありがとうございます、綟さま」


 やはり綟さまは仕事が早い。昨日頼んだばかりなのに、もう日取りを決めてくださっている。しかも明日! すごく楽しみである。


「ほう。茜のところに行くのか。妾も近いうちに顔を見たいと思っていたところだ」

「未玖、どうして?」

「妾が『絶対治癒』をかけたであろう? 『絶対治癒』は藍の異能だ。妾の異能ではない故、何かと後が心配だったんだ」

「なるほど……」


 そして時は過ぎ、あっという間に次の日の午後となった。


(久しぶりだなぁ)


 この景観、匂い……。昔と変わっていない、何故か落ち着く場所、それが実家というものだろうか。


 時都家の屋敷は笹潟家によって引き取られ、今は何もない空き地となっているらしい。私の実家は時都家なのかもしれないが、母さまのいたあの空間は恐怖を感じるものでしかない。


 柳瀬家では律希兄さんが守って遊んでくれたので、すごく安心できる楽しい場所、という認知になっているらしく、ほっと息をつける数少ない場所である。


「いらっしゃいませ、若様」

「貴君が柳瀬律希か。藍の従兄だと聞いている。笹潟架瑚だ。よろしく」


 律希兄さんは表向きの顔を作るのが上手い。あのキラキラスマイルは律希兄さんよりも格上のお方との相手に使う顔だ。


(緻密に計算されたからこそできる、人に好印象を与える笑顔……。律希兄さんはやっぱりすごい。尊敬です)

「藍、奥で茜が待ってる。いつもの部屋だよ。行っておいで」

「! ……あの、架瑚さま」

「行っていいぞ。今日はそのためにやって来たのだから……同性だしな」

「っありがとうございます!」


 最後の言葉は小さくて聞き取れなかったが、架瑚さまの許可を得ることができたので、私は茜の待つ部屋に向かう。


 律希兄さんの言ういつもの部屋というのは、昔来た時に使っていた子供部屋のことだ。


 柳瀬家は時都家よりも格式の高い家元なのでそれに見合う財力もあった。子供にかけるお金も時都家とは比べ物にもならない。


 子供部屋にはいつも新しい玩具があり、よくそれで茜と律希兄さんと一緒に遊んだものだ。


「懐かしいな、藍」

「! 幼い頃の記憶、未玖にもあるの?」

「当たり前であろう。妾はずっと、藍のことを見てきたからな」

「そっか」

「話は少し変わるが、妾は一旦架瑚のところに戻る」

「え、どうして?」

「茜と二人で話す時間ぐらい、欲しくはないのか?」

「! ありがとう、未玖」


 未玖は私から離れると、もと来た道に戻って行った。


 私は子供部屋に着くと深呼吸をして、ふすまを開けた。


(あっ……)


 そこには、鏡に映る自分を見ているかのような、黒髪のロングストレートの茜がいた。


「藍……」

「茜……」


 一卵性の双子だからか、見た目はそっくり。だが、魔力量や異能の有無、心は違う。


 茜は私で、私じゃない。


「やっと、会えたね」

「うん」


 久しぶり過ぎて、ずっと会いたくて、でもいざ会うと、なんと会話して良いのかわからなくなる。


「体はもう、大丈夫なのよね」

「! ありがと、もう大丈夫」

「私ね、藍。……ずっと、藍に会いたかったの。会ったら、謝りたくて」

「うん」

「ごめんなさいって、言おうと思ったの」

「うん」

「だけどーー」


 茜は私に抱きついた。


「生きていてくれて、ありがとう」

「!」

「藍、本当は、ずっと、大好きだよ……っ」


 ずっと、叶えたい夢があった。架瑚さまと出会う前からずっと、ずっと前から願っていたことだった。



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



[まだ私は、茜と、昔のように笑い合いたい。遊びたい。話したい。でも、それはもう叶わないことなのかな?]


 私は、まだ茜のことが、好きだ。


 あの頃のように、優しい茜が戻ってくると信じて、ずっと待っている。


『私は馬鹿だから、厄女だから、つい小さな希望に夢を見るんだ』


 私たちは、また昔のような関係に、戻らないのだろうか。


『ねぇ、茜』


 私はやっぱり馬鹿だ。


『私は、茜と』


 幸せになれると、思ってる。


『もう一度、仲良くなりたい』


 だけどーー


『あんたのせいで、母様からの圧はどんどん重くなってる! あんたは私の自由を奪ってる! そんなあんたと私が仲良く? 大概にして! あんたなんか、あんたなんか……』


 茜は、そう思っていなかった。


『藍なんか、大っ嫌いよっ!』



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「わた、しは……」


 ずっと、叶えたい夢があった。


[まだ私は、茜と、昔のように笑い合いたい。遊びたい。話したい。でも、それはもう叶わないことなのかな?]


 あの頃に戻れたら、と何度も思った。


『藍なんか、大っ嫌いよっ!』


 そんな言葉しか、もう聞けないのだと思っていた。


『生きていてくれて、ありがとう』


 だからーー


『藍、本当は、ずっと、大好きだよ……っ』


 私はーー


「あか、ね……」


 すごく、嬉しいんだ。


「わたしも、わた、しも、茜のこと、大好きだよ……っ」


 茜と昔のような関係に戻れて、すごく、嬉しいんだーー。



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 藍と茜が再会の喜びを噛み締めている間、未玖は静かに部屋の外でその様子を見守っていた。


 架瑚のところに行ったのは本当だが、律希と両家合意の正式な婚約の話になったため、「まだ貴様に藍はやらん」と過保護な親の台詞を言い、架瑚に飛び蹴りをしてやって来たのだった。


(仲直りできたみたいだな)


 まず安心するのはそのことだ。そして次に安心したのは茜のことだった。


(ちゃんと『絶対治癒』は成功しているみたいだな。これなら妾が藍に『絶対治癒』を教えられるだろう)


 藍はまだ『絶対治癒』の半分も使うことができていない。異能に対しての恐怖心が残っているのと、感覚がよくわからないのだろう。


 これから忙しくなりそうだな、と未玖が思った時、同じ式神の気配がした。ーー蓬だ。


『未玖様』

「蓬か。仕事は大丈夫なのか?」

『はい。藍様が主人あるじに提言してくださったおかげで、今週は仕事を休むよう命じられましたので。……未玖様から藍様にお礼を伝えてくださるとありがたいです』


 蓬は架瑚の式神だ。小柄な少年ながら戦闘能力が高く、普段は架瑚の命令で指定された者の監視や隠密行動を取っている。


 未玖よりは当然ながら力は弱く、人型とは言えど神ではない。姿の顕現や隠蔽も完璧とは言えないが、一般的な視点から見れば十分過ぎるほどの力を持っている式神でもある。


「其方が言わなくていいのか?」

『……主人の性格や言動を考えると、接触した際のことを見られた場合、一年は不眠不休で仕事をするよう命じられると思いまして』

「藍なら庇ってくれると思うが?」

『頼ればそれに慣れてしまいます。それに……最悪、嫉妬で謎の地獄絵図が完成しますよ?』

「それもそうだな」


 蓬は未玖に一つ、お願いをした。


『藍様のこと、よろしくお願いします。なるべく主人の暴走は止めたいのですが、私は不在の期間が多いので……。申し訳ございません』

「頼まれなくてもそのつもりだ。……ちなみにどの程度までだったら架瑚は耐えられるのか知っているか?」

『そうですね……。主人ほどの強さなら……』


 未玖と蓬が架瑚のお仕置きの程度の話し合いをしているだなんて、もちろん二人以外が知ることはない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る