第三話 謎の同級生

(白椿、依世……)

「依世には会えないこともないんだけど、結構大変なんだよね。依世の異能空間にいけるのは、依世に事前に許可をもらえた人物だけだから」

「異能空間……?」


 初めて聞く単語だ。異能空間……予想なのでなんともいえないけれど、そのまま読めば、異能によって作られた空間のことと考察できる。


「依世のことは架瑚に訊いたらいいよ。架瑚は依世のお兄さんとお姉さんと仲良かったからね」

「! そうなんだ」


 こうして、私は特別クラスの生徒全員を知った。






「……ってことがあったんです」


 屋敷に戻ってきた私は、そのことを架瑚さまに報告した。


「……なるほどね。それで、俺のとこに来たと」

「はい。依世さんのことについて、何か知っていることはありませんか?」


 架瑚さまは少し躊躇ためらいを見せたが、私に教えてくれた。


「そうだなぁ……。俺はどっちかって言うと、咲音の言う通り、依世の上の兄妹の誠実せいじ遥香はるかの方が詳しいかな」


 白椿誠実様と白椿遥香様は、白椿誘拐事件で故人となった人物だ。


 白椿誘拐事件が起きたのは七年前。となると誠実様は十二歳、遥香様は十一歳の時にその命を亡くされたことになる。悲しい話だ。


「誠実も遥香も社交的で、素敵な人だったよ。依世はそんな二人とは真反対な無口で人付き合いが苦手な子だね。依世は心を開けばすごく明るい子なんだけど……」

(ふむふむ……)

「何より依世は、誠実と遥香が大好きだから、二人と常にくっついてたね。なかなかいないよ、依世の友達は」


 依世さんが心を開くのには時間がかかるため、友達が少ないのだろう。そういう私も色々あって友達が少ないんだけど。


「ま、しっかりしてる咲音のことだから、明日、明後日くらいには依世と会えると思うよ」

「! そうだと嬉しいです」

「そうだね」

「はい」


 だがその時、私は架瑚さまが憂いを帯びた哀しい目をしていたことに気づくことができなかった。






「じゃ、藍。依世に許可をもらったから、一緒に行こっか」

「はい」


 次の日、私は依世さんの異能空間に行くことが可能になった。咲音ちゃんは昨日、教室の端の方にあった白い椿を手に取ると、私に手渡した。


「? えっと、これは……?」


 咲音ちゃんも椿を手にし、反対の手で私の手を握った。


「異能空間に行くための鍵。これが異能空間に行く唯一の方法。……ただ、異能空間にいけるかどうかは依世の許可がいるの。だから、これを持ってても入らないことがあるんだよね」

「そうなんだ」

「じゃ、行こっか。……転移魔法シュリアノス


 光に包まれ、私たちは転移した。





「着いたよ藍」

「ーー…………ん」


 ゆっくりと目を開け、視界を広げる。


「わあぁっ!」


 そこには赤や桃、白といった椿が咲き誇っていた。椿の間にある葉の緑もまた美しい。空は雲ひとつない澄んだ青をしている。


「綺麗……。…………あれ?」

(もしかして、あの子が……)


 そんな場所の真ん中と思われる場所に、一人の女の子がいた。


 色素の薄いストレートのミディアム。フリルが可愛らしい雪色のネグリジェ。目線の先は一冊の本。周りは多くの書物で囲まれている。


 だが何よりも目を奪う理由は、その子が浮いているからだった。


 その子は読んでいた本から目を離すと、私たちの方を見た。


「あなたが藍?」


 声は鈴の音のように軽やかで、だけど風船のように手を離してしまえば空の彼方へと消えてしまいそうだった。


「初めまして。私が白椿依世よ」


 そして何よりも、人とは思えないほど美しかった。


「依世、久しぶり」

「咲音……。元気そうでよかった」

「依世が言うと私が重症だったかのように聞こえるわ」

「……そうかしら」


 咲音ちゃんが毒舌に感じるのは気のせいだろうか(気のせいだと嬉しいのだけれど)。


「藍、でいい?」

「! はい、大丈夫です」


 依世さんとどう接していいのかわからず、自分から話しかけることができない。それを察してくれたのか、依世さんから話しかけてくれた。


「時都藍、でフルネームはあってるかしら?」

「あっ、はい。あってます」

「双子の姉はいる?」

「……はい」

「そう……。大変だったわね」


 時都家の事件のことは時折話題に出るくらいの認知度になっている。五大名家である笹潟家を巻き込んだ事件だったので、当然の結果とも言える。


「呼び方は依世でいいからね、藍」

「! ……依世、ちゃん」

「…………依世ちゃんだなんて久しぶりに聞いたわ」

「あっ、ごめんなさい……」

「別に謝らなくても……。依世ちゃんでいいわ」

(可愛い……)


 嫌がっているのかと思っていたが、依世ちゃんは心情が顔に出にくいだけらしい。無表情に見えるが照れているのだろう。耳の先がほんのり赤い。


「それにしてもこの……えっと、異能空間だっけ? 依世ちゃんの異能で作ってるの?」

「ええ。私の異能『夢遊空想むゆうくうそう』でなら、私の思い通りになんでも操作することができるし、どんなものでも生み出すことができる。この空間では私は絶対的な力を持てる」

「おお……!」


 思わずパチパチと拍手をする私。依世ちゃんは「そんなたいそうなものじゃないわよ」と謙遜しているが、すごいことだ。


 私はまだ、私の異能『絶対治癒』を自由に使うことができない。『想像顕現』も同じだ。『想像顕現』の場合は神子の異能なので難しいかもしれないが、『絶対治癒』は私の異能だ。


(変だよね、私……)


 『絶対治癒』を自由に使えない。だけど正しくは、『絶対治癒』を使うことを躊躇っているため使えない。


 『絶対治癒』は攻撃系の異能ではない。むしろ、治癒系の異能でで最強級の異能だ。


(どうして……)


 『想像顕現』を使おうとした時も同じだが、あの時の記憶がどうしても蘇ってしまうのだ。


「っ……」


 赤い花が咲いて、ほぼ全ての場所が赤く色づいたのを覚えている。今でも時折、その景色を、感覚を、はっきりと思い出す。嫌なほど暖かく、べっとりとしていた液体、空な目をした姉。そして、希望と絶望が暴れる心……。


 スカートの裾をぐっと握る。


(もう、あんな思いはしたくない)


 『絶対治癒』はそんな私の思いに一番適した異能なはずだ。『絶対治癒』を使えるようになれば、私が守りたい人を救えるようになる。少なくとも、『想像顕現』よりは……。


「大丈夫、藍?」

「! うん。大丈夫だよ、咲音ちゃん」

(心配されてしまった……)


 まだまだ私は演技が下手なようだ。うまくできるように練習しなくては。


「異能と言えば、藍はまだ習ってないよね、異能の傾向とか、強さとか」

「! 傾向なんてあるの?」

「ええ。白椿家は守備。赤羽家は後援。煌月家と青雲家は攻撃。笹潟家はいろんな系統の異能者が生まれやすいの。ちなみに青雲家は使役型が多いわ」

「へぇ……」


 架瑚さまや綟さま、夕夜さまはどのような異能を持っているのだろうか。今度聞いてみよう。


「系統が分かれているのは、太古の戦に関係していると言われているの。藍が一番身近なのは神子伝説かしら。戦を鎮めるために降臨した神子の伝説。……実際、神子は存在しているらしいけど」


 ちらっと依世ちゃんは私を見る。


 私の中には神子の異能『想像顕現』が眠っている。また、私が母さまに捕まった時には、神子が私の体を操っていたらしい。架瑚さまからは、そう聞いている。


(私もちゃんと神子と会ったことはないんだよね……)


 いつか、会えるだろうか。


「じゃ、これからよろしくね、藍」

「うん、よろしくね、依世ちゃん」

「またね、依世。いつでもおいで」

「…………咲音、母になってる」

「ひどーい。あ、今度三人で女子会でもしようよ! 帝都に新しいお店ができたらしいよ。依世も一緒に行こうよ。もちろん藍も」

「女子会……!」


 すごく興味がある。


「……今度ね、今度」

「よし、決まりね」


 こうして私は依世ちゃんと面会を終え、依世ちゃんと言う人物を知ることができたのだった。



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