第二話 特別クラスの生徒

「久しぶりだね、藍。なんでここに?」

「今日からここに転入することになっているの。教えていなかったっけ?」

「うん、初耳。そっかぁ、そうだったんだ」


 律希兄さんは何回か頷く。そして「元気になったみたいで本当に良かった」と言った。


「……茜は、元気?」


 私は恐る恐る尋ねる。あれ以来、茜とはまだ一度も会っていない。目覚めてからはかなり忙しかったので、柳瀬家に行く時間を取ることができなかったのだ。


「うん、元気だよ。今日のことは茜にも伝えておくけれど、早いうちに会いに来てほしいな」

「わかった」


 律希兄さんはその返事を聞くと、顔を綻ばせた。私も律希兄さんにつられて表情を緩める。


(……会いたいなぁ)


 自然と、そんな想いが出た。


 一番自分たちを知っているはずの片割れ。なのに、今は一番距離が遠い。


(今度、架瑚さまにお願いして、柳瀬家に行こう)


 私は今度こそ笑顔で茜と会えることを願った。


「じゃあ、もう時間だから行くね」

「うん。律希兄さん、ありがとう」


 律希兄さんが私の頭を撫でる。そして「またね」と言って立ち去った。


 それを見ていた鈴先生は、興味深そうに私を見た。


「すごいね、藍」

「? なにがですか?」

「ううん。何でもない」


 その後、私は律希兄さんが天宮の生徒会長であることを知り、驚嘆するのだった。




「じゃ、名前を呼んだら入っておいで」

「はい。わかりました」


 次はいよいよ、同級生クラスメイトとの対面だ。緊張してきた。仲良くなれるだろうか。


(うまくいきますように)


 天宮では、友達を沢山作れることを祈って、私はそっと目を閉じた。


「藍、入っておいで」

(呼ばれた!)


 私はドキドキしながら、ぎゅっと目を瞑って教室の扉を開けた。そして、ゆっくりと視界をはっきりとさせていった。


(わっ……!)


 教室の中には、沢山の生徒がいて、私の方をじっと見ていた……はずもなかった。


(すっ……くなっ! 人数がたったの四人って、本当だったんだ……!)


 そう、たしかに全員私の方に視線を向けているが、沢山ではない。女子一人、男子三人の計四人のみである。


(……あれ?)


 机が二つ、空いている。


 私を含めてもこの教室の生徒は五人のはずなのに、何故か机は二つ空いているのだ。何か理由があるのだろうか。


(なんで一つ、机が多いのかな)


 たまたまなのだろうか。それともーー。


「藍。早くおいで」

「あっ、はいっ」


 人は第一印象で九割が決まるらしい。ここが私の運命の分かれ道だ。


 私は黒板にチョークで時都藍と名前を書き、自己紹介をした。


「時都藍です。よろしくお願いします」


 鈴先生はそんな私の自己紹介にパチパチと拍手をした。ひとまず自己紹介は無事に終えることができた。ほっと軽くだが安堵の息をつくことができた。


「てことで、今日から藍も特別教室の一員として過ごしてもらうから、みんな仲良くしてあげてね」

「ふーん、この子が転入生か……」


 すっと、音もなく私の目の前に一人の男の子が現れた。


(わっ、びっくりした……)


 色素の薄い、少し長めの髪。制服は着崩していて、パーカーを羽織るスタイルになっている。身長は架瑚さまより少し低めだ。


 興味深そうに私を覗く。


 私はどうすればいいのかわからず、ただ、見つめられる。


(ち、近い……)

「時都藍……。あいるんでいい?」

「あいるん……」


 そんな風に呼ばれたのは初めてである。


「いや?」

「い、いえ、そんな……」


 発想に少し驚いただけである。


「よかった。嫌じゃなくて」

(安心するのそこなんだ……)


 悪い人じゃないみたい。私は警戒を解く。


「俺は青雲せいうん嵐真らんま。嵐真でいいから」

「青雲……!」


 青雲家は笹潟家と同じ、五大名家の一つである。


(とてもそうだとは思えない……)


 もちろん良い意味である。接していて畏怖の念を抱くことがなかった。


「なら、嵐真くんで」

「オーケーあいるん。これからよろしく」


 嵐真くんは社交的で明るい人なのだろう。転入生の私に一番に話しかけたことと、人と話し慣れていることが理由だ。


 五大名家の人間と聞くと、少し怖いイメージがあったが、嵐真くんも架瑚さまと同じ、良い人だ。本当に良かったと心から思った。


 するとーー


「次は私でいいかしら」

「えっと、あなたは……」


 今度は茶髪のふんわりとした髪を、横でポニーテールに結んだ女の子が私の近くにやって来た。


 制服はブレザータイプ。私と同じスカートに、ブラウスの上にピシッとブレザーを着ている。


(すっごい美少女……)


 思わず目が奪われる。清楚系のイメージだが、実際はどうなのだろうか。


「あ、ごめんなさい。自己紹介してなかったわね。私は赤羽あかばね咲音さくね。嵐真と同じ五大名家の生まれよ。藍って呼んでもいいかしら?」

「! はい。もちろんです」


 赤羽家も五大名家の一つだ。五大名家の生まれの女性と会うのはこれが初めてだ。


「あ、敬語はやめてくれる? 私たち、同級生なんだから。藍だって天宮卒業したら架瑚と結婚して五大名家の一員になるんだし」

「け、結婚……!?」

「だってそうでしょ? 架瑚の婚約者なんだから。あと、私のことは咲音って呼んで。よろしくね」


 咲音ちゃんもまた嵐真とは少し違った社交的な人だ。敬語を使わないで、と言ってくれたことはありがたいけど緊張する。


 だがそれ以上に私が思うのはーー


(結婚、かぁ……)


 私の頬が上気したのがわかる。


 架瑚さまとはいつか、その、結婚して、夫婦になるだろう。まだそこまで頭は追いついていなかったが、他者から見たら結婚を考えていると思われるのかもしれない。


 だが今の私は架瑚さまに吊り合うとは思えない。


 成績優秀、才色兼備、文武両道といった四字熟語がぴったりな架瑚さまと、成績普通、運動苦手な私。これでは到底吊り合いそうにない。


(でも、だからこそ頑張らないと!)


 架瑚さまの隣に相応しい淑女になって見せるためにも、私はこの天宮でたくさんのことを学ばなければ。


「おーい。嵐真も咲音も一回座ったら? 鈴先生は立っていただなんて一言も言ってなかったけど」

「あっ、そういえば……」

「そうだった……かも?」


 嵐真くんと咲音ちゃんはそう言って席に座った。私は二人に席に座るよう促した人物を見る。


(わっ、綺麗な人……)


 架瑚さまと雰囲気の似た人だった。癖のない黒髪の短髪、正しく着こなした制服。同い年のはずなのに、大人びた感じで、どこか儚げな姿。


 その人と、ぱちっと目が合った。


 私がなんて切り出そうか迷っていると、その人から話しかけてくれた。


「俺、煌月こうづき綺更きさら。五大名家の煌月家の次期当主様。その点は架瑚兄さんと同じ。よろしくね藍。綺更でいいよ」

「あっ、よ、よろしくお願いしますっ」

(次期当主。架瑚さまと同じだ)


 煌月家もまた、五大名家の一つだ。だが私が興味を持ったのはそんな煌月家の次期当主という肩書ではなく……


(綺更くんかぁ……珍しい名前だなぁ)


 綺更、という名前だ。


 五大名家の人は珍しい名前が多いのだろうか。だけど嵐真くんや咲音ちゃんは比較的普通だし……。


 そういう意味では架瑚さまと綺更くんは共通点が多いのかもしれない。


「ほら、最後は紡葉つむはだけだよ」

「つむ、は……?」


 綺更くんはそう言うと、綺更くんの隣にいた男の子を膝で突っついた。名前の響きからは女の子に思えるが、制服から男の子だとわかった。


 綺更くんと同じように制服はきちんと着ている。そして同じく黒髪短髪(若干外はね)。だが綺更くんと違うのは目つき、だろうか。


(ちょっと怖い……)


 近づくな、仲良くするなと言いたげな鋭い視線を私に送る。


「……紡葉。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

(言葉と表情が全然違うよぉ……)


 私は天宮に来る前から人との関わりが少なかったので、紡葉くんのようなタイプの相手とどう接すればいいのかわからない。


(私、どうしたらいいんだろう……)

「紡葉、あいるんにちゃんと自己紹介しなよ」

「そうよそうよ。そんなに苗字言うの嫌なの? どうせ二年後には血縁関係じゃない」

(ん? 血縁関係……?)


 咲音ちゃんの言葉に違和感を持つ。


 二年後は私が天宮を卒業する年だ。そうなると私は架瑚さまと結婚する。架瑚さまと結婚して血縁関係になるのは、少なくとも美琴家と、その美琴家に嫁いできた真菰家。


 だが美琴家は夕夜さまと夕莉以外子供はいないはずだ。となると最有力候補は真菰家になるがーー。


「……なんだよ」


 私はじっと紡葉くんを見る。


(…………誰かに似ているような気がするんだよなぁ……あぁっ!)

「綟さまに似てる!!!」

「!」


 性別も背も表情も性格も違うが、凛としたたたずまいはそっくりだ。


(……あれ、今、私ものすごくーー)

「おい、なんか今、失礼なこと考えていなかったか?」

「! い、いえいえいえいえ、そんなことあるわけ……」

(ありました。綟さまとの共通点を見つけた時に思ったこと、ものすごく失礼でした。ごめんなさい)


 だがそんなこと本人に言えるはずもない。誤魔化すのは良くないが、今回は例外である。うん。


「……綟は俺の姉さんだよ」

「やっぱりそうなんだ! 合ってて良かったぁ」


 私は胸を撫で下ろす。人違いだったら恥ずかしい思いをするところである。


(綟さまが言ってたのは、紡葉くんのことなんだろうなぁ)


 綟さまの弟ならば、きっと紡葉くんが綟さまの最も信頼している人物なのだろう。不器用と綟さまは言っていたが、正直まだ私にはよくわからない。


(仲良くなれるといいなぁ)

「藍、紡葉は特別教室の学級委員だから、何かあったら紡葉に訊くといいよ。私なんかよりずっといい答えを教えてくれるはずだよ」

「鈴先生。あんまりハードルを上げないでください。期待に応えられなかった時の反応を見ると、結構心が折れるんですよ」

「ごめんごめん」


 紡葉くんは鈴先生お墨付きの優等生という感じなのだろう。しっかりしていそうな印象も受けた。


 一通りの人物紹介が終わったようなので、私は一番気になっていた疑問を解消することに決めた。


「あの……」

「ん? どうかした、藍?」

「このクラスには私を含めても五人の生徒しかいないはずなのに、なんで机は六つあるんですか?」

「あー。そうだよねぇ、気になるよねぇ」


 訊いてはいけないことだったのだろうか。鈴先生は斜め上の方向を見る。私もそこを見る。そこには花瓶があり、清麗な白い椿があった。


「特別クラスの生徒は藍を含めて総員六人なんだよ、本当は」

「……どういうことですか?」

白椿しらつばき誘拐事件は知ってるよね?」

「! はい。知ってます」


 白椿誘拐事件は七年前、五大名家の一つである白椿家の三人の子供が誘拐され、長男と長女が死亡、次女が重傷を負った事件のことだ。


(その事件と関わりがあるのだろうか……)

「特別クラスの六人目の生徒。その人物は、白椿誘拐事件で唯一生き残った者。そして、それをきっかけに引きこもりとなり、最も自分の異能を使いこなすようになった少女」

「! まさかーー」


 白椿誘拐事件で生き残った……生死を取り留めたのは、次女のみと報じられている。つまり該当するのはーー


「白椿依世いよ。それが六人目の特別クラスの生徒であり、白椿家次期当主の引きこもり天才児だよ」



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