夜を共に 藍&架瑚視点

【後日談】



 これは、架瑚かこさまのお屋敷に帰ってきてすぐのことだった。


「ってことであいる、今日は一緒に寝るから」

「ふぇっ!?」


 どうやら架瑚さまは私が時都家にこっそり行ったことをとても怒っており、罰として今日は夜を共にするとのことだった。


「い、いくら何でも極端過ぎませんか?」


 確かに時都家にこっそり行ったことは悪かったと思っているし、そのせいで迷惑をかけたことも申し訳ないと思っている。


 でも、いくら正式に両思いとなった婚約者同士といえど、私はまだそこまで気持ちが追いついていない。それに初夜は結婚したからと約束してもらったはずだ。


「ちょっとしたお仕置きだよ。……それに、藍の寝顔、見てみたいし。両思いの婚約者同士なら、それぐらいしても大丈夫だよね」


 お仕置きだよ、の後は聞こえなかったが……。何にせよ、私の心臓が持たないことなど目に見えている。


 正直、かなり色々な意味で危険なので怖い。


 するとーー


「若?」

「…………綟」

「綟さま!」


 綟さまが助けに入ってきてくれた。


「何をなさるおつもりで?」

「一緒に寝る」

「それはわかっています」


 そう言うと綟さまは架瑚さまに小さく耳打ちをした。


「既成事実でも作るのですか?」

「まぁ、そこまでするつもりは……」

「では、どこまでするのですか?」

「あー、藍による」

「人に責任を押し付けてはいけません」

「…………」


 架瑚さまはむすっとする。私は何を話していたのかわからないので、なんとも言えない。


「架瑚、いくらなんでも早いと思うぞ」

「夕夜と綟は二年前から一緒に寝てるのに?」

「えっ!?」

「ちょっ、はぁっ!?」


 私は夕夜さまを見る。夕夜さまは顔を真っ赤にして架瑚さまを見ていた。


 次に綟さまを見ると、綟さまは手で顔を覆っていた。よく見ると、耳がほのかに赤い。


(……まさか、ね)


 そして夕夜さまと綟さまが黙った機を逃すことなく、架瑚さまは私に訊いた。


「藍は、嫌?」

「〜〜っ!」


 架瑚さまはまるでおねだりする子犬のような目で、私を下から見る。その目に負け、私は「わかり、ました」と承諾の意を伝えてしまった。


(断れるわけがないよ……)


 私は少し架瑚さまを恨んだ。


 ちなみにその後、架瑚さまは夕夜さまと綟さまに叱られていた。


「じゃ、今夜は俺の部屋においで」


 こうして私は架瑚さまと夜を共にすることになったのでした。




 そして迎えた夜、私は架瑚さまの部屋にやってきた。「失礼します」と言って障子を開けると、架瑚さまは布団を用意して待っていた。そして私を手招きする。


「ほら、こっちにおいで」


 緊張しながら私は架瑚さまの方へと足を運ぶ。そして布団の中へと身を滑らせた。心臓の鼓動は相変わらず規則正しく、だがいつもよりも速く波打っていた。


(何も起きませんように)


 もちろんそんな願いは叶うはずもない。


「っ!」


 架瑚さまがするりと私の背中に手を回し、ぐっと身を引き寄せた。そして私を優しく、だけど強く抱きしめる。もちろん私は抵抗できるはずもない。


「やっぱり藍はあったかいね」


 そう耳元で囁かれ、私はかっと頰を赤く染める。私は架瑚さまを見る。架瑚さまも私を見ていた。そしてふと、私は思いを口にする。


「……架瑚さまはずるいです」

「なにが?」

「だって、こんなに私はドキドキしてるのに、架瑚さまはずっと余裕そうじゃないですか。私ばっかり意識してるみたいで……。すごくすごく恥ずかしいです」


 すると架瑚さまはもっと私を強く抱きしめた。


「ど、どうしてギュッてするんです?」

「いいからいいから。ほら、俺の心臓に耳を当ててごらん。静かにしてれば、今俺がどう思っているかなんてわかるはずだよ」


 その言葉に従い、私は耳を架瑚さまの心臓に当てた。架瑚さまの心臓は「ドクンッ、ドクンッ……」と打っており、私と同じくらい速かった。


(……つまり、架瑚さまも私と同じようにドキドキしているということなのだろうか)


「聞こえた?」

「聞こえました」

「どう? 速かった?」

「わ、私と同じくらいでした」

「じゃあ証明されたね、俺も藍と同じくらいドキドキしてるってこと。俺が余裕そうに見えたのなら、俺の演技は上手いってことか。ふぅん、そっかそっか」


 架瑚さまは少し考えた後、今度は私の頭を優しく撫でた。


 私はそれがすごく好きで、気持ちよくて、だけど何故か体の芯がいい意味でゾクゾクした。興奮した、と言い表すのが一番近い。


「な、なんで撫でるんですか?」


 そう思っていることがバレないよう気をつけて私は架瑚さまに聞く。


「ん、勘違いさせて悪かったなって思ったからだよ。藍は撫でられるの嫌い?」


 そういう聞き方をするところも、私はずるいと思ってしまう。


「き、嫌いでは、ない、です」


 むしろ好きだが恥ずかしくて言えない。


 そこで私は考えた。そういう聞き方をしないでほしいとわかってもらうためにはどうすれば良いのかをだ。そして結論に辿り着く。


(架瑚さまには少し、私からもお仕置きをすればいいんじゃない?)


 なので私は架瑚さまの胸を私の頭でグリグリと強く押してみた。すると自分の体が後ろにいってしまうので、架瑚さまの服をキュッと掴んでグリグリした。


(これで架瑚さまもやめてくれるよね?)


 そうなるだろうと私は思っていたのだがーー架瑚さまから返ってきたのは、全く逆のことだった。


 私は架瑚さまを見た。さぁどうだ、と自信満々で覗いたのだが……。


「…………?」


 架瑚さまが私を強く抱きしめる。左手を腰に添え、右手を私の顎に添えた。


 そしてーー


「……………〜〜っ!」


 私のと、架瑚さまのが重なった。


(ひゃっ、ふゎっ、何、これ……)


 架瑚さまは私の口内に舌を忍ばせ、絡ませる。全くもって味わったことのない異様な感覚と享楽が、口内から全身へと伝わる。


 互いの唾液が混ざり合い、口内から甘い息が漏れる。隙間から入り込む新鮮で澄んだ空気は、中に入ると途端に色づき、二人色に染まる。


 どうしていいのかわからず、私もただ必死になって舌を伸ばす。どこに何があるのかを手当たり次第探すように、私は動かす。


 架瑚さまのが当たったと認識すると、恥ずかしさで咄嗟に引く。だけどそれを架瑚さまは逃さず追い、捕まえる。


 皮膚から伝わる感覚が、だんだんと本物か、偽りか、区別がつかなくなる。そしていつの間にか、何をしたかったのか、忘れてしまった。


(…………あれ、私、何をしていたんだっけ)


 そして数分後、私たちの息が底をついた時、初めて「ぷはっ」と外の空気を吸った。


 のちの記憶は曖昧だったが、その時の架瑚さまは、どこも熱を帯びていて、息遣いが荒かった。


「あの、架瑚さま……」


 私は口付けの意味を聞くべく、架瑚さまに尋ねる。すると架瑚さまは「はぁ……」とため息をついて私に話した。


「今のは藍が全面的に悪いからね?」

「何故っ!?」

「キスだけで終わらせたこと、感謝してよね、本当に。真面目に理性吹っ飛ぶかと思ったんだからね?」

「そ、そんなに私、ひどかったですか?」

「うん、いやぁ、すごかったよ。……あんまり煽らないでよ、俺だって一応男なんだよ?だって急に藍が頭擦り付けて甘えてきたのかと思えば、くっっっそ可愛い笑顔で俺の方見たんだよ? 常人ならそこで襲ってるから! 冗談抜きで約束破って藍が気絶しても襲ってるから!!」

(……ものすごく勘違いされている)


 痛いだろうと思っていたのに、架瑚さまからしたら猫が甘えるかのようにしてたってことだなんて……私の力が弱すぎるのだろうか。


(……いや、架瑚さまが鍛えているからだ。うん、そうしよう。それに、襲うだなんてこと、架瑚さまが大袈裟に言っているだけだよね)


 架瑚さまはそんな人ではない。そのことを私はよく知っている。


 ※わかっていません


「……ふふっ」

「え、どうしたの藍、え?」

「いえ、何でもありません」


 その後、私は架瑚さまにずっと撫でてもらいながら眠りについたのだった。



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 やっぱり藍は寝顔も可愛い。


 静かに寝息を立てて俺の横でぐっすりと眠っている婚約者を見て、俺はそう思った。


 艶のある髪、スベスベな肌、そして小さな手。全てにおいて、藍は俺にとって愛おしく、愛らしいと思う存在なのだった。


 だがそんな美貌がなくとも、藍の初々しい反応や思いやりのある言動を見るだけで、俺はとても幸せな気分に浸ることができる。


 藍は他の人とは違う何かを持っていた。


 俺は藍の頭をまた撫でる。


 するとーー。


「ん……んん……」


 起こしちゃったかな。


 藍が俺の中でモソモソと動き始めた。俺はてっきり起こしてしまったのかと思っていたのだが、そうではなかった。


 藍は小さな両手で俺をギュッと抱きしめ、「架瑚さま……」と俺の名前を呼ぶ。


 ふにゃりととろけた綿飴のような笑みを見せる。


 俺は大きく深呼吸する。


 そしてーー


「(何この可愛い生き物っ!!)」


 と、心の中で叫んだ。


 抱きつく時点で当たり前だがものすごく可愛い。それに加えて俺の名前を呼んだのだ。可愛いことこの上ない。


 藍は俺の理性を試しているのではないだろうか、と、ふと思ってしまうが、藍はそういうことにまだ知識や行動も疎い。


 そうじゃなければ先程のような純潔の少女の反応をしない。


 藍の隣でこうしていられることが、俺の唯一の安らぎと言っても過言ではなかった。


 藍と一緒ならば明日も頑張ろうと思える。そして藍はもう俺の生活の一部となって存在している。そのことをあの出来事でよく思い知らされた。


(藍は、俺の残りの生涯をかけて必ず幸せにする)


 俺は藍の髪に触れ、額に口付けを施す。


 唇にするかどうか迷ったが、スヤスヤと眠っている無防備な藍にそうすれば、十中八九意識のないまま、しないと約束した行為を実行してしまう気がしたのでやめた。


 幸せは永遠ではない。いつか必ず終わりの時が来る。だがその時がやって来たとしても、後悔しないように今を過ごさなければならない。


 神子の言う通り、俺は自分の気持ちを素直に藍に言うべきなのだろう。どんなに小さな思いでも、俺以外は言われなければわからない。


 特に藍は勘違いしやすい。いや、俺の周りにいる人間の察する能力が高いだけなのかもしれない。


「ゆっくりおやすみ」


 何にせよ、俺にとって藍が大切な人であることには変わらない。藍と過ごせることに、自分が恵まれていることに感謝して、俺も深い眠りについたのだった。


 だがしかし、俺はまだ知らない。


 次の日の朝、藍から一緒に寝るのは心臓に悪いという理由で、俺たちが夜を共にするのは一年後になると言うことを。



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