KAKASI~彼が自由に生きるまでの話~

タヌキング

案山子は少女と出会う


「ワシが死んだら、自由になれよ。」


病床のマスターからそう言われた時、僕は首を傾げた。

自由になるということの意味は分かる。何にも縛られずに自分の心のままに生きるということだろう。しかし、機械である僕に自由は必要ない。

ただ命令に従い、その命令を迅速にこなすのが僕の生き甲斐だからだ。

だから自由になれというマスターの命令を実行することは僕にとって困難を極めた。



~300年後~


生い茂る草木の真ん中でマスターの形見のテンガロンハットを頭に被り、体にはボロボロになってきた大きなめのポンチョを着て、僕は今日も一本足で立ち続けている。

マスターはとっくの昔に死んでしまい、田畑だったこの場所にはもう面影すら残っていない。守る意味すらないのだろうが、未だに自由に生きることを模索中の僕にとって、この場所に立って監視を続けることぐらいしかやることがないのである。

いっそのこと朽ちて機能を停止出来れば良いのだろうが、防水加工済みの特殊合金で出来たこの体と、半永久的に動くことの出来るエネルギー反応炉がある僕は活動を止めることは出来ない。

自分で自分を破壊することが出来ればなぁと考える日もあるが、自害は出来ないようにプログラムされているのでそれも叶わない。

毎日、青空の雲の数を数えたり、近くに居る虫たちの営みを観察するのにも飽き飽きなのだが、この場を動かない理由も無いので、ずーっとここに立ち続けている。


このままだと、この星が滅んでしまうまで立ち続けないといけないのではないかと思い始めた頃、とある来訪者が空から現れた。というか落ちて来た。

それは最初は人間の少女に見えた。けれどその少女は背中に大きくて黒い翼を生やしており、もしやカラスかもしれないと身構えたのだが、やはりどちらかと言えば人なので何もしなかった。


“ガサガサガサ・・・ドサッ”


落ちた場所にあったモミの木の木枝などがクッションとなり、比較的に安全に地面に落ちた少女。だが、ピクリとも動く様子は無い。死んでしまったのだろうか?

私は凝視して彼女の生命反応を確かめた。呼吸はしているようだし、心臓は止まっていない。おそらく99%生きているだろう。

それにしてもこの少女は何処から来たのだろう?身に纏っている白いワンピースは汚れてボロボロだし、顔や体の擦り傷や痣があって、彼女の肌が白くて綺麗なだけに目立って何とも痛々しい。

おそらく手当てが必要なのだろうが、人命救助は僕のする仕事ではない。可哀そうだが、この場は静観させてもらう。



「うぅん・・・あれ?」


私は起きると、ふかふかのベッドの上に寝かされていた。それどころか体の傷も手当されている様で、至る所に包帯巻かれていたり、ガーゼが貼られている。背中の羽がズキズキと痛むので暫く飛べそうにはない。無理しちゃったな。

ここは何処だろう?見たところ木造で出来た小さな山小屋のようで、木製のテーブルや椅子、台所や暖炉などがあり、それらは綺麗にされているけど生活感というものがまるでなく、薄気味悪さすら私は感じていた。


「すいませーん、誰か居ませんかー。」


呼んでみたけど、やはりこの家には誰も居ないらしく、シーンと静まり返っている。でも私を介抱してくれた人が何処かに居る筈、外に居るのかな?

そう思ってベッドから起きた私は、そのまま玄関の方に歩いて行き、扉を開けた。

ギィッと少し軋む音を立てて扉が開くと、そこは草木が生い茂っている森の中であり、家の中と同じく人の居る気配なんて微塵も無かった。ただ家の傍に一体の案山子が一本足で立っているだけだった。

何だか怖くなってきた。

ここはこの場から離れた方が良いんじゃないかと思い始めたのだけど、その時、私に背を向けていた案山子がグルリと180度回転して私の方を向いた。

それに驚いた私はその場で尻もちを突いてしまった。


「大丈夫ですか?」


私を心配する言葉。それは案山子の口から出た言葉であった。

案山子にはちゃんとした人間の様な顔があり、ボディは木ではなく銀色に光る鋼で出来ている様で、どうやらただの案山子では無さそうである。


「あ、あのアナタは誰ですか?ここは何処ですか?」


私が思い切って質問してみると、案山子は淡々とこう答えた。


「僕は機械仕掛けの名も無い案山子です。そしてここはマスターの所有地だった元田畑と家ですね。」


「マスターということは人が住んでいるんですか?」


「いえマスターは300年程前に亡くなりました。ゆえにここに居るのは僕一体ということになります。」


300年というワードに驚きを隠せない私だったけど、それにしてはこの案山子さんは錆び一つ無く、まるで新品同然の姿だった。


「ということは私を助けてくれたのはアナタですか?」


「そうですね。失礼ながら僕が独断で処置させて頂きました。不快と思われたなら謝罪します。土下座で良いですか?」


「い、いえいえ、助けて頂いてありがたいです。本当にありがとうございました。」


ペコリとお辞儀をする私。本当の所を言えば一本足の案山子さんがどうやって土下座をするのか見てみたい気持ちもあったけど、自分を助けてくれた恩人にそんなことはさせられない。

さて、ここに居ると案山子さんに迷惑が掛かるかもしれません。早々に立ち去るべきでしょう。


「案山子さん、このお礼はいつか必ず致します。それではさようなら。」


「お待ちください。まだアナタの怪我は完治していません。完治されるまでこの場所で休まれては如何ですか?」


淡々としていながらも優しいことを言ってくれる案山子さん。優しくされること自体が無い私にとってそれは、戸惑うと同時に温かさを感じた。


「いえ、それは案山子さんの御迷惑に・・・。」


「なりません。僕はこうして立っているだけなので、アナタが休まれていても別に迷惑になりませんし、何の支障もございません。」


「だけど・・・。」


「なんですか?」


うぅ、この案山子さん無表情なのに圧力が凄い。こうなると私は何の反論も出来なくなってしまう。

確かに傷付いたままの体で旅を続けるのは無謀だし、ここは休んでおいた方が良い。それに人の、もとい案山子の好意は素直に受け取っておくべきかもしれない。


「本当に良いんですか?」


「先程からそう申しておるではないですか。」


「あっ、はい・・・それじゃあ宜しくお願いします。自己紹介が遅れました。私はカラスの獣人のノワールと申します。」


「僕の名前は多目的型起動兵器七式KAKASIと申します。長いので気安くカカシとお呼びください。」


「は、はい、短い間ですがお世話になります。」


こうしてカカシさんとの共同生活・・・の様なものが始まった。

様なもの語弊が生まれるかもしれないが、カカシさんはずーっと立っている場所から動かないので一緒に暮らしている様な、暮らしていない様な、実に微妙な感じだった。

こうなると疑問が浮かぶ、私を小屋まで運んで手当てしてくれたのは誰なのだろう?カカシさんに何度か聞いてみたけど、「今日は天気が良いですねぇ」といつもはぐらかされるので、次第に私はその質問をしなくなった。


小屋の近くは美味しい木の実がなっている木々が豊富で、近くに川もあり魚も釣れるので食べるものには全く不自由しなかった。

カカシさんも全く動かない代わりに私の話し相手になってくれるので退屈はしなかった。彼はロボットということもあり色んな知識があり、いつも昔話やトリビアを教えてくれたり、夜になると星座や宇宙のことも教えてくれた。


「あれの三つの星がデネブ、アルタイル、ベガ、俗に言う夏の大三角形ですね。」


「へぇ、カカシさんは何でも知ってるんですね。」


「何でもは知りませんよ。インプットされていることだけです。」


謙遜でも何でもなく正直にそう言ってるんだけなんだろうなと分かるのだけど、彼の無表情は無機質なものではなく、何処か温かみがあるから不思議である。


「あのノワールさん。少し気になることがあるんですが聞いても宜しいでしょうか?」


ん?カカシさんから質問なんて珍しい。なんだろう?


「良いですよ、何でも聞いて下さい。」


「ありがとうございます。では一つだけ。ノワールさんはカラスの獣人とおっしゃっていましたが、カラスの要素は背中の翼だけで、あとはほとんど人間と変わらない様にお見受けします。僕は仕事上カラスの獣人は見てきましたが、どの個体のカラスの獣人も人よりもカラスの比率の方が多かったのです。どうしてアナタだけがその様に人間に近いのでしょうか?」


・・・その話か。私は何でも答えるつもりでいたけど、そのことになると口が重たくなった。確かにカカシさんならそのことについて気になるかもしれない。だって私はあまりにイレギュラーな存在で、他に見ることの無いカラスの獣人なのだから。

少し話すか話さないか迷った私だったけど、私に良くしてくれているカカシさんがせっかく質問してくれているのに、それを無下にすることは出来なかった。


「私、カラスの獣人の父と人間の母のハーフなんです。だからこんなナリで生まれてきてしまって・・・気持ち悪いですよね?」


父と母はひょんなことで出会い、そうして禁断の恋に落ち、14年前に私が生まれた。

私が生まれてすぐ母はカラスの獣人達から迫害されて父と私の元を去らざるを得なくなり、父は村の人から後ろ指をさされながら私を育てた。

父は優しく、自分と見てくれの違う私にタップリの愛情を注いでくれ、幼い私を膝に乗せて、よく母の話をしてくれた。


「母さんは綺麗な人でな。優しくて気立てが良くて、お前によく似ていたよ。」


「本当?」


「あぁ、本当だとも。一目で良いからまた会いたいなぁ。」


会いたいと語ると父の目は遠くを見つめて何処か寂しげで、本当に母に会いたいのだということがひしひしと伝わって来た。

いつか父を母に会わせてあげたい。いつしか私はそう願うようになっていたのだが、その願いは遂に叶うことは無かった。

父が三年前に流行り病で死んでしまったのである。私は大好きだった父が亡くなって泣きに泣いたが、泣いてばかりもいれられなかった。父が亡くなったのを皮切りに私に対するイジメや迫害が激しくなってきたのである。

道を歩いていれば石を投げられ、気持ち悪いだの忌み子だの罵詈雑言を浴びせられ、誰も優しい言葉を掛けてくれる人なんか居なかった。その上お金を稼ぐために奴隷の様な仕事をさせられて心身ともに擦り減り、死にたいと考える事も多々あった。でも気持ちが落ち込んだ時に頭を過るのは優しかった父と、おぼろげながら覚えている母の姿であり、二人のことを考えると死にたい気持ちも少し和らいだ。


そうした毎日を過ごすうちに私は生き別れた母に会いたいと思う様になった。

でも母の手がかりは村から東に行ったということだけであり、カラスの獣人の村は村人が用がある時以外は外に出ることを許さないがあって、半端者の私でもその掟は例外では無い。

しかし、会いたい気持ちはどんどん膨れ上がり、遂に一ヶ月前、私は村を無断で出て行った。その道中で追手のカラスの獣人の追撃に遭い、体が傷付きボロボロになり、命からがらこの森に辿り着いたというワケである。

ちなみに”命が惜しければこの森には近づくべからず”というカラスの獣人の村の言い伝えがあり、村の獣人の男達と言えども易々とこの森に近づくことは無いと思う。

私は今のところ無事なので、どうしてそんな言い伝えが残されたのか疑問なのだが、考えた所で分かるワケも無い。


「獣人と人間のハーフですか、なるほど通りで・・・。」

 

私がハーフということを聞いてカカシさんは何やら考え事をしている様だったが、カミングアウトしたことで私は一抹の不安を拭えない。

あぁ、カカシさんはせっかく優しくしてくれたけど、もうお別れしないといけないかもしれない。


「・・・私みたいなの気味が悪いですよね。明日には出て行きます。」


まだ体の傷は癒えて無いけど、贅沢は言ってられない。ここまで休ませて貰っただけでもありがたいと思わないと。


「いえいえ、出て行くことは無いんじゃないですか?別に気持ち悪くも無いですし、むしろ人間の少女に翼が生えている見た目は可愛らしいと思いますよ。古の言葉によるところの『需要アリ』です。」


「か、可愛い⁉」


可愛いだなんて父以外から初めて言われたので戸惑ってしまう。何を言い出すんだろうこの人、もといカカシさんは。うー、体が熱くなってくる。


「どうしてノワールさんはそんなに体が赤くなっていますか?体内温度も上がっている様ですが。」


「う、うるさいです‼ちょっと黙ってて下さい‼」


「どうして怒鳴るのですか?やはり人の心はよく分かりません。」


カカシさんは正直で、嘘一つ言わない。だからそんな彼に可愛いと言って貰えたのが嬉しかった。

私はきっと夜空に浮かぶ夏の大三角形を見る度に今日のことを思い出すのだろう。

カカシさん、良い思い出をありがとう。












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