魔法使いのカルテット
能兎文介
第1話 竜の魔法
君が覚えていてくれるなら、それで良いんだと思える。
*
目を覚ますと、俺はだだっ広い草原の真ん中で仰向けになっていた。
清々しい程の青空。目を突き刺す太陽の光。そして隣に寄り添う巨大な青トカゲ。
「あぁ、夢ね」
寝転がったまま、俺はもう一度目を閉じた。
夢を見ている状態は、どうやら睡眠が浅いらしい。こうして夢の中でまた寝ることに意味があるのかは分からないが、今はとにかく眠れる時に寝なければ。
けれど、妙な熱気に体を包まれてなかなか寝付けない。
俺はゴロリと寝返りを打つ。
「ねぇ」
頭痛を引き起こす程の大音量が耳元で鳴った。危うく鼓膜が弾けるかと思うほどだ。たまらず飛び起きて顔を上げると、隣にいたトカゲの巨大な目が、ギョロリと俺を見つめていた。
「君、どこから来たの?」
「だぁぁっ!!うるさ!」
体がビリビリと震える。俺は耳を塞いで目を瞑った。話しかけられていることだけは理解できるが、ライブ会場のスピーカーの真ん前に立たされているかのようだ。
「あぁ、こりゃ失敬」
けれど、声は突然小さくなった。いや、声だけじゃ無い。俺が恐る恐る目を開けると、それまで隣にいたはずの大トカゲがすっかり消え去って、代わりに小型の何かが俺を見上げていた。
「この世界の人間じゃなさそうだね?いきなり出てきたからびっくりしたよ」
尻餅をつくようにして座っていたのは、先ほどのトカゲをぬいぐるみ形にデフォルメしたかような生き物だ。
まさか声を発しているのはコイツなのかと、俺はぬいぐるみを両手で持ち上げる。
「俺の想像力も捨てたもんじゃねえなぁ」
なかなか可愛い見た目をしている。この夢を覚えていたら、描き出してキャラクター化すればよく売れそうだ。
「ねーえ、質問に答えてよ。君、名前は?どこからきたの?」
「え?あ、あぁ、ごめん。名前?名前は
「セダイ?おかしいなぁ、そこは滅んだ街のはずだけど」
「はは。勝手に地元を滅ぼさないでもらって良いか?」
夢は潜在意識を具現化するだのという話が本当なら、俺が仙台をクソ恨んでるみたいになるだろうが。
「なぁんだ、別世界の人間じゃ無いのかぁ……。突然現れたから、ちょっと期待してたのに」
「なんかよくわかんねーけど、……もし俺がこの世界の人間じゃなかったら、何が期待できるんだよ?」
「そりゃぁ、【魔法】を使ってくれるかもしれないだろ?」
【魔法】ときたか。
最初に出てきた大トカゲといい、目の前に広がる爽やかな草原といい、喋るぬいぐるみといい、なかなかどうしてファンタジーな夢だ。
折角なので、このぬいぐるみに話を合わせ、
「【魔法】なんてあるのか」
「あるよ、勿論」
「でも『使ってくれるかも』ってことは、お前は使えないって事か?」
「え?どうしてそうなるの?僕は当然使えるよ?」
「マジ?使えんの?」
ぬいぐるみは頷く。
「そうなのか!使えるなら是非教えてくれよ」
「え?良いの?本当に?」
「何がだよ?魔法なんて、使えるなら使うに越した事ないだろ」
会社にこき使われ、たまの休みもゲームに消え行く侘しい人生だ。魔法が使えたならと夢見ることが、一体何度あった事か。機会があるなら是非とも使ってみたいものである。
ぬいぐるみは少し不思議そうな顔をした後に「勿論いいよ」と頷いた。
「この世界の人間であっても、素養さえあれば使える筈だからね。ちょっと試してみよう」
そいつは背中から生えた翼をゆったりと動かすと、俺の手の中からするりと抜け出し宙に浮いた。
「絵を描いたことはあるかい?」
「そりゃ、半分仕事みたいなもんだからな」
TRPGの立ち絵だ、配信画面のイラストだを描くことで多少の金銭を得てもいる。まぁ、しがない無名の絵描き風情だ。
「なら話が早い。僕は【描く《ドロウ》】が好きだからね。なんでも思い描いたものを出せるんだから、最強の魔法と言っても過言じゃ無い」
「ドロウ?」
【魔法】っつったら、呪文の詠唱だのが基本なんじゃ無いのか。半信半疑で立ち尽くす俺に、ぬいぐるみはその小さな両手を開いてみせた。
「今から出したいものを頭でイメージするんだ。形。色。大きさ。出てきたらどう動くか。そうして、何をするのか」
こういう時に試しに出す魔法となると、大体思いつくのは火の玉とかか。「ファイアボール」とか叫んだら出てくる感じかと思ったんだが、どうやらそういう訳でも無いらしい。
「そうしたら、君の右手でその形を描くんだ」
「えっと……こう?」
手をかき混ぜるように、俺の目の前に円を描いてみる。すると俺がなぞった空間沿いにオレンジ色の光が溢れ、ヒュン、と音を立てて火の玉が草原の彼方に消え去っていった。
「へぇ、初手からファイアボールとは、なかなか好戦的だね。嫌いじゃ無いよ」
「あぁ、やっぱファイアボールって言うんだ……」
見たまんまといえばそうなんだけど。
兎にも角にも、あっさり魔法が使えることがわかった訳だ。俺は楽しくなって、氷だの葉っぱだのを次々に出していたが、ふと思い至る。
「これ、マジでなんでも出せんの?」
「ん?うん。僕の【魔法】に不可能はないよ。君の想像力と魔力が続く限り、意志を持つ生命体以外ならなんだって生み出せる」
「そこまでは求めてねーけど……」
例えば、車とか。
俺は実家の父が持っていた車を思い浮かべ、大まかに形を描いて行く。しかし
「……出ねーけど」
「何?結構大きいもの出そうとした?」
「まぁ、それなりに」
「うーん、多分だけど、魔力が足りないんじゃ無いかなあ」
魔力ったってなぁ、と俺は口を尖らせ、草原に身を横たえた。
そんな概念が身体のどこに備わっているか分からない以上、どうしようもない。
ゲームみたいにステータス画面が開けるなら話は違うが。
そこまで思考し、俺は「もしかして」と上半身だけを起こす。
「ステータスとかも出せんのか?」
ぬいぐるみは「何だって」と言っていた。それなら、俺のイメージの中にあるゲームのステータス表示のようなこともできたりはしないか。
俺は目を閉じて、少し前にやっていたRPGゲームのステータス画面を思い浮かべる。
あの画面にあったのは、何だったっけ。
まずレベル。これは大事だ。正直興味ある。
次に職業、
あとは
「何してるの?」
「ああっ!何考えてたか忘れた!」
「えー……そんなこと言われても……」
こうしてやるとなかなか難しい。大まかでも良いかと投げやり気味に、俺は自分の前に四角い板をイメージし、手でなぞる。
なんか、それっぽいの出てくれ。ドラクエ的な何か。
雑に念じると、その空間に青白い画面のようなものが生み出され、その中に日本語で文字が記載されていた。
深崎 幸 ふかざき こう
年齢 25
魔法使い
Lv 8
HP 250
MP 550
魔法 ドロウ
呼称 竜の隣人
情報量としては少ないが、適当にやったし文句は言えない。が、数値の上限も分からなければ、内容もあまりピンとこないのはよろしく無い。
ぴょん、と俺の足の上に乗っかってきたぬいぐるみが、「ステータスとは、なかなか分かってるじゃん」と声を上げた。
「ありゃ、でもなんか大変そうだね」
「大変そう?何が?そんなに低いのか、俺の数値?」
「ううん、数値はめっちゃ普通。レベルがちょい低いけど、問題はそこじゃ無いよ。これが秘水晶とかで他の人に見られたら、大変なことになるだろうね」
首を傾げる。しかしぬいぐるみは「ふむふむ」というばかりで、俺の質問に答えようとはしない。
俺はまた思い至って、このぬいぐるみの周りを四角で囲うように指を動かした。
コイツがなんなのか、さっきからさっぱりだ。ステータスを覗いてみてやろう。
それは、ほんの軽い気持ちだった。
リコリス
竜
Lv 0
HP 0
MP 0
魔法 なし
呼称 逕溘?螳峨i縺
「なんだこりゃ」
「あ、ちょっと〜、勝手に誰かの情報を読み取るのは、ヒトの世界じゃ犯罪行為らしいよ?ま、道具がなきゃできる人なんていないだろうけど」
リコリス、というのはこのぬいぐるみの名前だろうか。全ての数値が0に固定され、最後の呼称に至っては文字化けを起こしている。
そもそも魔法を教えてくれたのはコイツなのに、魔法が『なし』になっているのは一体どういうわけなんだ。
「さてと、じゃあそろそろ行こうか」
「え?」
顎に手を置いて考え込んでいた俺の上からまた飛び立ち、どうやら竜だったらしいぬいぐるみは青空の下で俺を見下ろした。
「魔法使いになった君がどう生きるのか、僕は興味があるからね」
そう言って草原の向こうを指し示す。視線を向け、遠目にうっすらと見えるのは、どうやら街のようだ。
にっこりと可愛らしい笑みを浮かべ、ぬいぐるみはゆらゆらと体よりも大きな羽を羽ばたかせている。
なかなか覚めない奇妙な夢の中、俺は首を傾げることしかできなかった。
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