019 あなたの手の温もり

 ティアが脊髄せきずい反射の速度でこちらに振り向く。一瞬、獲物を狙うような鋭い目をしていたが、私を認識すると表情が少し和らいだ。


「大丈夫、落ち着いて。さっき、私たち初めての戦闘だったけどうまくいったじゃん」


 順調に任務をこなし、戦闘では私と息ぴったり。私が救護班に連絡しているときも、さっとフォローを入れてくれた。

 どこが落ちこぼれなのだろうか。それどころか文句なしではないのか。


 そう思っていたが、予想だにしない答えが返ってきた。 


「それはあなたがいたから……!」


 私? むしろ教えてもらってばかりだったけど。


「私、戦闘経験ほぼないのに?」

「あなたがあたくしを信頼していただいていると感じたからこそ、安心して戦えましたの」

「そりゃあ相棒パートナーだからね」


 信頼しないという選択肢はない。


「私にできることはない?」


 魔法は全くの専門外だが、とりあえず聞いてみる。


「このままあたくしの体に手を置いてくださる?」


 なんだ、それだけか。


「了解」

「ありがとう存じますわ」


 体の強ばりが解けていくのが手越しに伝わってくる。魔法もリラックスしてかけた方が成功しやすいのだろうか。


 ティアは同じ呪文を唱えて、魔法をかけ直した。


 一回目よりも強いエネルギーを感じる。光も強く、より一点に集中している。

 ティアの目に迷いがなくなり、えている。


 数秒して、ミーガンのまぶたが動いた。魔法の光でまぶしそうに目を細めながら「うん……?」とつぶやく。


「……! ミーガン先輩が起きた‼︎」


 私の声に気づいたティアが魔法を止める。しっかり目を開けており、顔色も少しよくなっている。


「できたよ! ティアすごい!」

「お役に立てて光栄ですわ……って、もう少し力を弱めてくださる?」


 思わず抱きしめて、ティアに少し迷惑そうにされてしまった。


「所属名と名前は」

「ドミューニョ部隊、第三六八さんろくはち組、アルカイのミーガン・フォークナー」


 エリヤのときと同じように、先鋭組の先輩が意識確認をしてくれた。


「うん、やるじゃねぇかアンゲロイ」

「えーっと、名前は何だっけ?」


 と、コミュニカを取り出して操作をし始め、ティアは即座に「セレスティアでございますわ」と答える。私も同じく聞かれたので、フルネームで答えた。


「お前ら、本当に昨日組んだばかりとは思えないな。まぁいい、上出来だ」


 褒めてくれたので、私は「ありがとうございます」と会釈をし、ティアは「恐れ入りますわ」とにこやかに笑った。


 それから私とティアの名前が部隊中に知れ渡るのは早かった。

 夕方にもなれば、「軍規を犯してまで戦ったアンゲロイがいる」「片方は昨日入隊したばかりで、もう片方は魔法でアルカイの命を救った」などとうわさされていた。






 私たちは、本部研究棟の会議室一に呼び出されている。もう理由はわかっている。


 会議室に入るが、まだ誰もいない。

 昨日座学を受けたときと、机とイスの配置が違う。片側に三組、もう片側に二組。それ以外はすべて後ろ側に寄せられていた。


 幹部の人たちが来るまで、二組ある側に座っておく。私とティアは一言も話さず、固唾かたずんで待っていた。


 廊下を複数人が歩く音が聞こえる。だんだん近づいてきて、この部屋のドアがノックされた。


「はい、お待たせ」 


 入ってきたのはトロノイ三人。朝に会ったメケイラはいなかった。

 三人ともイスに座ると、真ん中に座る中年くらいの男性が口を開いた。


四〇四よんまるよんのセレスティアと花恋だね。今日は急な出撃、ご苦労だった」


 初めから怒鳴りつけられるかと覚悟していたが、まずは労わってくれるようだ。


「二人を呼び出したのは、もちろん今日の任務のことだ。自覚はあるよね?」


 男性の顔が怖い。作り笑顔で目が笑っていないのだ。


「……軍規を破って戦闘いたしましたわ。申し訳ございません」


 場の空気にうろたえている私をよそに、真っ先に謝ったティア。これじゃいけない。


「戦おうと言い出したのは私です! 身勝手なことをしてしまい、申し訳ございません!」


 机にぶつかる勢いで頭を下げる。ぎゅっと目をつむった。その瞬間、私の頭の中に『死』という文字が浮かんだ。


 このような場所では、罰として降格という手段があり得るだろう。しかし私はアンゲロイ。一番下の階級。これ以上下がる場所がない。


 そうなれば、昨日の今日でドミューニョ部隊を除隊となってしまうかもしれない。戦わない私に残っているのは、あの理不尽で残虐な死のみ。


 おととい味わったばかりの恐怖がよみがえってくる。


「顔を上げなさい」


 男性の声がして、ゆっくりと頭を起こした。目が合った。


「確かに君たちは軍規違反をした。だが……セレスティア、『ドミューニョ部隊軍隊規則』の第五章最後の一文は何だった?」


 私は昨日さっと目を通しただけで覚えているわけがないものの、ティアはさすが、暗唱できるほどであった。


「『なお、人員喪失や被害拡大等の緊急時においては、追及しないものとする』……ですわ」


 ……あっ。


「今回は人員喪失のおそれがあったとして、この件を処理する」

「てことは……」

「ペナルティはないよ」


 すぐさま私の目から大粒の涙がこぼれてしまった。


「医務棟搬送時のデータですが、ミーガン・フォークナーの損耗率が九十六・八パーセント、エリヤ・シェイファーの損耗率が九十四・五パーセント。あと一回でも攻撃を受けていれば、二名とも死亡していたでしょう。妥当な判断だと思います」


 右の女性が、コミュニカを片手に淡々と述べていった。その言い方がかえって私たちを正当に評価してくれているようで、私はこの人たちを信じたいと思った。

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