018 限界間際の先輩と魔女

 数秒前まで私やティアと会話していたはずなのに。


「ミーガン先輩! エリヤ先輩!」


 二人が顔面蒼白そうはくで倒れているのだ。

 そばにいたティアも瞬時に気づき、「あたくしの声は聞こえますの?」とエリヤの肩をたたく。


 帰ろうとしていた先鋭組の二人もきびすを返し、こちらに駆け寄ってくる。


「意識は!」

「ありませんわ!」

「そこのもう一人は!」


 先鋭組の片方の先輩と目が合う。私に聞いてるのか。ティアと同じように「ミーガン先輩、聞こえますか!」と肩を強めに叩く。


 何の反応も帰ってこない。「意識ないです!」と先鋭組の先輩に伝える。


「わかった、あとは俺らがやるから救護班に連絡してくれ」


 ……困った。宿主の救護は教えてもらったけど、これは教えてもらってない。


「すみません、私まだ昨日入隊したばかりで教わってなくて」

「え? そんなド新人が出撃させられてんの? しかも戦闘服……」


 げっ、どう言い訳しようか。詰められたら終わりだ。あぁ……。


「色々気になるが、話は後だ。救護班の呼び方はわかるか?」

「宿主の救護ならさっき教わりました。それと同じですか?」


 先鋭組の先輩に微妙な反応をされる。ああ、さっきとはちょっと違うのかもしれない。

 彼は数秒考えて、私に確認と指示を出す。


「自分の組番号と名前を言うのはわかるよな?」

「はい」

「そのあとに、二人の階級と名前と今の状態を言えばいい。それからは向こうの質問に答えれば大丈夫だ」

「了解です」


 さっきのミーガン先輩みたいなお手本がないからちょっと心配だけど……迷ってる暇はない。


 私は耳のアナライザーインカムを三回タップし、救護班と音声をつなげてみる。


『はいこちら救護班指揮部』


 ホッ、すぐに繋がった。


「こちら四〇四よんまるよん月城つきしろ花恋かれん。アルカイのミーガン先輩とエリヤ先輩が倒れていて、意識がありません。二人とも顔色が悪いです」


 先鋭組の先輩から指示されたことはすべて言った。


『えー、アルカイのミーガン・フォークナーとエリヤ・シェイファーですね。あれ? 十分前にミーガンと交信した記録が残っているのですが……』

「宿主の救護のときですよね?」

『はい』

「そのすぐあとに、二人とも突然倒れました」

『了解です』


 そりゃあびっくりするよね。さっきまであんなにハキハキしゃべってたのに。


『応急救護は誰かしていますか?』

「先鋭組の……〇二五まるふたごー組の先輩がしてます」

『了解です。ミーガンとエリヤの消耗具合はわかりますか?」


 消耗具合……どうしよう、わからない。ゲームみたいに数字になってるものなの?


「ティア、先輩たちの消耗具合ってわかる?」


 わからないなら、わかる人に聞けばいい。

 私の質問を聞いたティアは、アナライザーインカムのレンズのふちを触る。


「ミーガン様は残り三パーセント、エリヤ様は残り五パーセントですわ!」


 そう私に伝えるティアの顔が青ざめている。本当に危なかったのだろう。

 私はティアが言ったとおりに、救護班へ伝える。


『了解です。今近くの救護班を向かわせてますので、通信は終了して結構です。その後に傷病者のスキャンデータを送ってください』


 了解と返事をすると、向こうから通信が切れた。


「スキャンデータ、今お送りいたしましたわ」


 予想だにしなかったティアの声に驚く私。


「あなたが心配で、途中から通話を拝聴しておりましたの」

「そうだったの! ありがとう」


 やるべきことはやったので、とりあえずは救護班を待つしかない。

 その時。


 ゴホッゴホッ


 き込んだのはエリヤだった。目が開いており、意識を取り戻したようだ。


「聞こえるか!」

「はい」

「所属名と名前は」

「ドミューニョ部隊、第三六八さんろくはち組、アルカイのエリヤ・シェイファー」

「よし」


 応答がしっかりできるか、先鋭組の先輩が確認してくれた。

 しかし、ミーガンの意識は戻らない。応急救護をしている先輩に焦りの表情が見え始めた。


 救護班……早く……!


 宿主の救護のときは数分で救護班が来てくれた。今回も同じくらいの時間で来てくれるかもしれない。だが、こういうときの待機時間は長く感じるものだ。


「ミーガン……」


 弱々しくエリヤがつぶやく。手を地面につけて起き上がろうとする彼を、慌てて止める先鋭組の先輩。


 先輩に任せるしかなく悔しさがつのっているところに、ティアから対の白い手袋を渡された。


「少し、持っていてくださいませ」

「う、うん」


 これは、戦闘着に着替えたティアがしていたものだ。彼女はおもむろにミーガンのもとに歩いていき、座り込んだ。


「試してみたいことがございますの。よろしくて?」

「なんだ?」

「魔法ですわ」


 そうだった、ティアのお父さんは魔法使い。てことはティアも使えるってことだ。魔法は、クリサイトには効かないけどヒトには効く!


 私はすぐさまティアの近くまで駆け寄った。そんな私を見て微笑むティア。目を輝かせたのがバレたらしい。 


 ティアはミーガンの胸の上に両手をかざす。


「いきますわよ。レスサイティオ」


 赤とオレンジを混ぜたような暖かい色の光が、ティアの両手から放たれた。


「わっ、すごい!」


 映像とは段違いだ。魔法使いではない私でもわかる、このエネルギー。風を正面から受けたように髪がなびく。

 だが、これほどのエネルギーをもってしてもミーガンの様子は変わらない。ティアの表情が険しくなる。


「お願いしますわ……お戻りなさい……!」


 その顔から汗が伝い落ちる。


誹謗ひぼうされるのを恐れて、魔法を使っていなかったばかりに……!」


 声は震え、顔は苦虫をみ潰したようになるティア。

 私は思わずティアの肩と背に手を当てていた。

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