009 ティアの境遇と野望

「あたくしが王家の末裔まつえいであることはお話しましたわね」


 洋風なランチを食べながら、ティアから話をし始める。


「歴史の授業でお勉強したかと思いますが、三十年前に革命が起こって、王政から共和制になったのはご存知で?」

「うん、そうだね」

「母方の祖父が、当時国王にあらせられたユアン陛下ですわ」

「お、おじいちゃんが王様……」


 覚えている範囲では、革命で共和制となると、国王と王太子は処刑され、王妃と王子と王女は全員終身刑にされたという。中には命からがら逃げだした王族もいたが、重要人物でないことから後を追うことはなかったらしい。


「陛下のご息女が、あたくしのお母様のフィオナ様。陛下の三番目のお子様ですわ。お母様は新政府警察の目をかいくぐりながら、なんとか東のアウシャス山脈地帯まで逃げて、ドラゴンの里の家にかくまわれたそうですの」


 そう、アウスティ共和国には、東の山脈地帯にドラゴンがんでいる。確かにドラゴンであれば警察が追ってきても撃退してくれそうだ。


「かくまわれている間、頻繁に里に訪れていた魔法使いと結婚し、生まれたのがあたくしなのです」

「えっ、お父さんが魔法使いなの⁉」

「ええ、そうですわ」

「お父さんが魔法使いで、お母さんが元王女……ティアってすごい血筋だね」


 ティアは苦笑いする。

 褒めたつもりなのに。誇ることじゃないのかな。


「ですけれど、両親はもうお亡くなりになられましたわ」

「あっ…………そうなんだ、ごめん」

「気にすることはなくてよ」


 こんな風にさらっと他人に話せるのは、肝が据わっているなと思った。私は……できない。


「あたくしが十歳のときに、お父様はあの魔術大会の最中に事故で亡くなりましたわ」


 毎年、秋ごろに異能力者が集う大会が開かれているのは知っている。無料で生配信がされているが、正直何をやっているのかがわからないので、ほんの少ししか見たことがない。

 そんな私でも知っていることがある。もしかして……。


「幻の八十五回大会?」

「ええ」


 魔術大会が近づいてくると、毎年SNSで話題になるあの年の大会である。


「自分の魔法が当たったか、他の人の魔法が間違って当たったのか、誰かがわざと魔法を当てたのか、今でもわかってないっていうやつだよね」


「そのとおりですわ。警察はお父様自身の過失だとしたのですけれど、お母様は『そんなことはなさらない』と訴えたかったのですが……できませんでしたわ。当時は平民に帰化していましたので、訴えてしまうと王族だったことを警察に知られてしまうと」


 あぁ、胸が痛い。

 私は知らず知らずのうちにティアと同じ表情になっていた。


「結局お母様は心を病んでしまって、さらに不運なことにがんで半年で亡くなってしまいましたの」


 もう私の語彙力では、かける言葉がない。「そうだったんだ」とありきたりなことを言うしかない。


「お母様が亡くなったことで、事故のことは完全にお父様の過失ということでみ消されましたわ。生配信に事故の瞬間が記録されたのにもかかわらず」


 その生配信を録画した人が、今でもSNSに上げていることはあるが、あまりにも悲惨で生々しい映像のため、ほとんどが削除されているのを思い出した。


「私、事故の映像見たことある」

「えっ、あなたから見て、いかがで?」


 急に食いついてきたような。そりゃそうだよね、お父さんのことだもんね。


「誰かの魔法が当たってるように見えた。わざとかはわからないけど」

「仰るとおりですわ」


 真剣な表情に変わるティア。


「あたくしは、揉み消されたことが許せませんの。お父様を殺害した人はわかってませんわ。ドミューニョ部隊に入って出世すれば、揉み消されたことがわかるはずだと思いまして、軍人になりましたの」


 そういうことか。

 野望を知ることができたが、一つ気になることがある。


「じゃあ、もし犯人がわかったとして、ティアはどうしたいの?」


 ティアの動機はなんだかふわっとしていて、ゴールが見えない気がしたからだ。

 饒舌じょうぜつに語っていた彼女は、突然閉口してしまった。


「……あたくしが、どうしたいか」


 しばらく考え込んでから、ぽつぽつと答えを口にし出した。


「犯人のことは……許せませんわ。過失であろうと故意であろうと」


 私はうなずいて、パンを口に運びながら静かに彼女の言葉を待つ。


「できるのでしたら、魔法で犯人を懲らしめてやりたいですわ。そして、然るべき刑罰を受けてほしいですわ」


 そう言い切った彼女の目から、まっすぐな意思を感じ取った。


「わかった。じゃあその夢というか、野望? かなえられるように私も頑張るよ」

「あ、あなたを巻き込むわけにはいきませんわ!」

「だって、成り上がるためには私も頑張んなきゃでしょ?」

「お、仰るとおりですわ……それでしたら……!」


 ティアのエメラルド色の瞳が私を貫く。


「あなたは、なぜ入隊なさったの?」


 その真剣な眼差しにだまされそうになったが、どこか引っかかる。


「え? ティアは私がどういう経緯で入隊することになったのか、教えてもらってないの?」


 出所するときにあれだけのドローンがいたことからも、世間ではにんげんの注目度が高いと思われる。それなのに、知らないことがあるだろうか。


「いえ、教えていただきましたわ。経緯だけですけれど。罪を償う方法として、どうして兵役をお選びになったのかを知りたくてよ」


 なるほど。それなら。

 私は自信を持って伝えた。


「単純だよ、生きたいから。それしか方法がなかった」

「『生きたいから』……先ほどもそう仰っておりましたわね。確かにわかりやすい理由ですこと」


 ティアはその単純な言葉をみしめているようだった。単純だからと、遠回しに馬鹿にしているような表情ではない。


「何かあたくしのように目論見があるのかと考えておりましたわ」

「ティアほど計画的じゃないけどね」

「死のふちに立たされたのですから、至極当然で立派な理由ですこと」


 昨日までのあの凄惨な日々が報われたような気がした。私の『生きたい』という気持ちを初めて肯定してくれたからだ。


 私は生きてはいけない存在だったはずなのに。みんなから「死んでくれ」と願われていたはずなのに。


 涙腺が緩んで、じわっと目が潤う。一瞬上を向いて涙をこらえ、ティアに伝えた。


「ティアみたいな人に出会えてよかった」

「こちらこそですわ」


 心の隙間が満たされていくのを感じた。


 こういうのを『第二の人生』の始まりというのだろうが、私の場合は違う気がする。

 第一の人生は人間界にいるときで、第二の人生はストレーガに来てから。その第二の人生すら昨日で終わっている。


 今日からは第三の人生だ。


 大勢のしゃべり声が聞こえてきた。昼食休憩の時間のようだ。

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