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「こんちはー」

「こ、こんちは?」


 人懐っこい笑顔で挨拶をしてくる女の子に釣られて、戸惑いながら挨拶を返す。


「えっと、もしかして幽霊?」

「はいっ。ここで同棲してた男に殺されましたっ」


 およそ幽霊とは似つかわしくない女の子。しかし、幽霊のテンプレートなのかその姿は透けていて、薄っすらと背後の開けっ放しの押し入れが見えているし、足の先も脛辺りで消えていて見えない。


「いやー、お姉さん、その御札剥がしてくれてありがとね。それのせいでなんか真っ暗で何も無いところに閉じ込められるわ、呼んでも叫んでも誰も助けてくれなくて大変だったの」


 現実ではありえない話なのに、苦労話を愚痴るように言うものだから、私はすっかり毒気が抜かれ、逃げることも忘れて「はあ」と気のない返事をしていた。


「わたし杉崎すぎうら静奈しずな。十八歳。高校三年生。といっても、享年だし、元高校生だけど。お姉さんは?」

「あ、えと、岩崎いわさき惠真えま。二十五歳。事務、会社員です」


 彼女の勢いに流され幽霊に自己紹介をしてしまってから、もしかしたら、本名を知られたら祟られたりするんだろうか、と不安になった。そういう映画を見た覚えがある。


「良かった。やっぱりお姉さんで合ってたんだ。大人っぽい雰囲気だから、たぶん歳上でしょって、当てずっぽうだったの。あ、喉乾いたからお茶貰って良い?」

「え? あ、うん」


 流れるように口から出てくる言葉についていけず、戸惑いながら私は言われるがままに冷蔵庫からお茶を用意する。その間に彼女は勝手知ったる自分の部屋のように――実際、この部屋に住んでいたらしいけど――部屋の中心の小さなテーブルの前に座っていた。


 コップを差し出すと、彼女は一気にお茶を喉に流し込む。わたしはその様子を、幽霊でも喉が渇くんだ。飲んだお茶は半透明の身体のどこにいったんだろう、とまじまじと見つめていた。


 幽霊と呼ぶには明るく可愛らしい、そしてハキハキとしたシズナ。体が透けていなければ、幽霊だとは誰も思わないだろう。


 対して、仕事以外で外に出るのが面倒だからと伸ばし気味の髪に、休みで誰かに会う予定がないからダルダルの服装。そして地味で暗い性格。むしろ、私の方が幽霊に見えてしまう。


 シズナが一息ついたのを見計らって、私は口を開いた。


「あの、あなたは?」

「ん? だから、杉浦静奈。この部屋で殺された高校生幽霊だって。あ、ずっと高校生ってどこかのアイドルみたいじゃない?」

「そうじゃなくて、その、この後、どうするの? ここ、私の部屋なんだけど」

「んー、できればこのまま部屋に居たいんだけど、だめ?」


 正直、他人を自分の部屋に呼んだことも、他人の部屋にお呼ばれしたことも、殆どない私には、プライベート空間を共にするなんて気が休まらず苦痛でしか無い。


 以前はどうだったか知らないが、今は私の部屋。契約書だってちゃんとある。出て行ってもらおう。


「それに、行く場所もないし」


 弱々しく言って、シズナは俯いた。


 そんな顔をされては、強く出れない。


「少しだけなら」

「やった。ありがと、お姉さん」


 私が折れると、嬉しそうに彼女は笑った。弱った顔は演技だったんだろうか。

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