旧神アマノライト

 妹を救い、世界の再創造を成し、一人始まりの島へ残された来人。

 身体の白化は進み、ひび割れた肌がぽろぽろろ崩れ、足元の砂浜を同じ砂になって行く。

 やがてその身は砂浜となり、魂は波動の奔流となって海となるのだろう。


 しかし、このたった一人しか居ないはずの世界に、来人以外の何者かの気配があった。

 来人の背後から、白い砂浜を踏みしめ、歩く音。


「やっと、姿を見せてくれたね」


 そう言って、来人は振り返る。

 そこには、ボロのローブを纏った老人が一人と、その足元には犬が一匹。

 来人はその老人に覚えがあった。


「確か、絆の三十字を買った、お土産の店主――で、合っているかな?」


 絆の三十字はテイテイと秋斗と共に旅行先で買った、ただのアクセサリーだ。

 その時の露店土産物の怪しい店主が、目の前現れたのだ。

 

「よく覚えているな。幼い頃の記憶だと言うのに」

「別に、ちゃんと覚えちゃいないよ。でも、そう知っているだけさ」

「ふん」


 老人は鼻で笑ってそれを一蹴し、ローブのフードを脱ぐ。

 すると、老人の姿が変わって行く。


 時には老人、時には女性、時には子供、様々な顔を見せていく。

 そして、最後に見せた顔は――、


「やっぱり、そうだったんだね。――“旧神アマノライト”」


 旧神アマノライトーー白金色の髪。来人と、全く同じ顔だった。

 

「じゃあ、そっちは――」


 と、来人は自分と同じ顔をした男、旧神アマノライトの足元へと視線を移す。

 そこには同じくローブで姿を隠した、四足歩行の犬。


「――ガーネ……いや、違うよね」

「ま、そうだよネ。君もまた神々の王になったんだ。全知であり全能の相手に、どんな真実も隠し通せるわけがないヨ」

 

 その犬もまた、ローブを取る。

 そこに居たのは、全身真っ白な体毛の一匹の犬――ガイア族だった。

 ガーネではない。そして、その姿に来人は覚えが無い。それでも、面影は在った。

 何よりその言葉遣いが印象的だった。


「まさか、そっちの僕の隣に居るのがメガだなんてね」


 来人がその名を呼べば、少し寂しげにそのガイア族は笑う。


「メガ……。この世界ではそう呼ばれていたし、そう名乗っていたヨ。だが、ボクは違う」


 ガーネは白い体毛に黒のワンポイント。メガは茶色のワンポイントだ。

 しかし、今目の前に居るガイア族は全身真っ白の一色だ。

 その無垢な純白の姿は、まさに天使と呼べるだろう。


「ボクの名は“テラ”。メガを越え、ギガを越える、完成した存在だヨ」

 

 “テラ”――純白のガイア族は、そう名乗った。


「テラ、もういいだろう。お前は昔からお喋りだな」

「おっと。これは失礼したネ、王様」


 旧神アマノライトは、一歩前へと出る。


「私が何のためにここに居るのか、もう分ってはいるだろうが、しかしあえて言おう。――“私にその力を渡してもらおう”」

「嫌だね。わざわざ二周目ご苦労様だけれど、ここは僕の聖域セカイだ。キミには渡さない。さっさと成仏しなよ」


 来人は白化し今にも内から波動を溢れ出さんとする身体で、本当に最後の力を振り絞る。

 神々の紋章の二刀を携え、旧神アマノライトと地を歩く天使テラへと向けた。


『金剛石』の礫が、『結晶』の弾丸が、『雷光』の矢が、来人の周囲から忽然と現れ、放たれる。

 容赦なく輝く無限彩の雨が、旧神アマノライトを襲う。

 しかし――、


「――ふん。無駄な事を」


 旧神アマノライトは指を鳴らす。

 すると、周囲に無数の『泡沫バブル』が現れ、全ての攻撃をその中に吸収してしまった。

 そして、もう一度指を鳴らせば、吸収された輝く無限彩の雨は来人へと返って来る。


「くっ……!!」


 来人は剣を振るう。

 すると、剣の軌跡に“黒”が弧を描き、降り注ぐ悉くを『破壊』する。


「アークから吸収した色、か……。しかし、我が『泡沫』はそれすらも包み込んで、奪って見せよう」

「……全く、おかしいとは思っていたんだ。どうして王の証を手にした時点で、僕のルーツに存在しない『泡沫』なんてスキルが産まれたのか」


 『泡沫』のスキルは来人も使っていたものだ。

 しかし、それは王の証を柱としてそこから派生したもの。つまり、その王の証の中に最初から存在した色なのだ。

 それは“今の”来人の色ではない。


「それは、君の色だったんだね、旧神――いや、前の僕」

「……そうだな、少し昔話でもしようか――」


 

 ――私の人生は、お前とはいくつかの選択肢を違え、枝分かれした別の未来を歩んだ。


 まず、私は人間として生きる事は無かった。

 代わりに、生れてすぐに神として天界で鍛錬を重ねた。

 ティルや陸をも凌ぎ、『泡沫』の色で他の神全ての色を扱い、圧倒的な力で四代目神王と成った。


 私は恋人も友も得ようとはしなかった。ただ一人、妹が居た。

 そして、テラという相棒も居た。

 

 そして、転機はお前と同じ――アークの復活だ。

 アークは私の妹の身体を乗っ取って、再臨したのだ。


 私はテラと共に戦い、アークを討ち――、殺した。

 

 そして、その後には何も残らなかった。

 灰色になった世界で、私とテラだけが残された。

 

 その結果を受け入れられなかった私は、テラの『逆天』の色を王の“白き無の波動”で行使し、世界創生の刻まで巻き戻した。

 そして、原初の三柱に私の柱――“神々の紋章”を託した。


 もうその柱をいつ、どこで手に入れたのか定かではない。遠く昔の事だ。

 しかし、人生で一度だけ、幼き頃に人間として地球に降り立った日が在ったのだけは覚えている。

 私が柱を手にしていたのはその頃からだっただろうか……。

 ふん、少し話が逸れたな。

 

 そこから先は、お前も良く知る世界だろう。

 史実通りにアークは排斥され、封印された。

 

 それから、私の知る史実とは異なる歴史が紡がれて行った。

 私の目論見通り、ほんの少しの掛け違いで歴史は大きく道を逸れて行った。


 どういう訳か、父は――ライジンは私の存在に気付いていなかったにせよ、何かを察したのだろうか。

 史実とは異なる行動を取り始めた。

 三代目神王の座に着く権利を放棄し、その上お前を――天野来人を人間として育て始めたのだ。

 

 そして、天野来人に妹が居なかった。代わりに、お前は世良という幻想イマジナリーを創造してしまった。


 相棒もそうだ。元は一匹だったはずのテラはガーネとメガという兄弟に別れて、戦う力をガーネが、知恵をメガが、それぞれに別たれてしまった。

 私はこの時点でこの歴史は失敗だと思っていた。


 この歴史の私は人間として友人と遊んで暮らしていたかと思えば、たった一人の死で塞ぎ込む。

 肝心な相棒のガイア族は二つに別たれて弱体化。

 何もかも滅茶苦茶だと、そう思っていたーー。

 

 

「――しかし、蓋を開けてみればこの通りだ! お前は全てを欲し、そしてその全てを得た! 強欲な神々の王は、己が力でその強欲を肯定してみせたのだ!!」


 旧神アマノライトは両手を広げ、歓喜の声を上げる。


「さあ、後はお前が死に、私がそこに成り代わるだけだ! 私の本当の人生が――正しい歴史が、未来が、そこに在るのだ!! テラ!!!」


 旧神アマノライトが地を歩く天使テラを呼ぶ。


「――『真・憑依混沌ネオ・カオスフォーム』」

 

 純白の犬は姿を変えて、一本の剣に変わる。

 片刃の刀身と、鍔には神々の紋章。来人の持つ金色の剣と瓜二つの、真っ白な剣。

 

 来人は静かに、二刀の金色の剣を構える。

 その握る手には決して離さない様に、強く鎖が巻かれている。


 両者、地を蹴る。

 白い砂が弾け、瞬きの間に両者は交差する。


 来人の腹部が、一文字に切り裂かれる。

 衣服が裂け、その奥に覗くのは――『鎖』だ。


「――ぐ、がはッ……」


 来人の背後で、旧神アマノライトは膝を付く。

 彼の身体には十字に切り裂かれ、衣服が裂け、その奥からは、赤い鮮血がどくどくと流れ出ていた。

 持っていた純白の剣を取り落とし、それは元の純白のガイア族テラの姿へと戻る。


 来人は剣を納める。

 勝負は一撃で付いたのだ。

 

「――この『鎖』は、“絶対に切れる事の無い絆の鎖”だ。これはお前の歴史には無い、僕だけの色だ」


 旧神アマノライトもまた、身体が白化し、ひび割れ、砂となって砂浜へと溶けようとして行く。

 テラはそんな主人の元へそっと寄り添い、主人もまた何も言わず相棒を抱きしめる。

 二人は身体を寄せ合いながら、ただ穏やかに、眠る様に――、身体は砂に、魂は海に、帰って行った。

 

「――あがとう、僕。もう充分頑張った。だから、お休み」


 そう呟いた来人の身体も、もう限界だ。

 身体のひび割れからは波動の白い光が水の様に流れ出し、その亀裂をより大きな元としていく。

 崩れ行く彫像の様に、腕が、足が、ボロボロと砂になっていき、やがて抑え留めておく事が出来なくなった波動の奔流が、その来人の身体を砕け散らせながら、一気に溢れ出た。


 白い光の波は、始まりの島の海に荒波を起こす。

 そして、それは始まりの島だけに留まらなかった。

 圧倒的な王の波動は、世界を、空間を越えて、地球にまで押し寄せる――。

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