完全再臨

「――“君の妹を引き剥がせるかもしれない”」


 そんなゼノの言葉を頼りに、来人たちは動く。


「――行くぞ、ガーネ! 『憑依混沌カオスフォーム』」


 背には翼の様に四本の金色の剣。両の手には氷の刃と王の証の剣。

 来人とガーネの魂の器が重なり、一つの力と成った、氷の竜を纏った様な姿。

 

 来人の視界に表示されるメガ・レンズにはシンクロ率■■■%と文字化けした数値が表示されている。

 もはや、今の来人の状態を計測する事は出来なかった。


 その氷刃の一振りを、アークは漆黒の刃で受け止める。

 一瞬の鍔迫り合い。


「お仲間が来た途端、早速お得意のヤツかよ!」


 愉し気にアークの口角が吊り上がる。

 しかし、勿論相手は来人だけではない。

 アークは背後に気配を感じ、すぐさま身体を反らす。


 数歩後退すれば、先程までアークの居た空間を、二本の槍の切先が通り過ぎて行った。

 

「おっと。後ろに目でも付いてるのか?」


 両の手に二振りの槍を手にしたライジンだ。背にはゼノを背負っている。

 次代の王と、かつての最強。親子揃って存分に力を振るい、休むことの無い連撃でアークを追い詰めて行く。


「ちっ。ちょこまかと、鬱陶しい!」


 アークが両の手を前に突き出し、漆黒の閃光。

 その極太のレーザーは来人へと真っすぐと放たれる。


「――ジューゴ!」


 次いで、来人はガーネとの融合を解きジューゴを纏う。『憑依混沌カオスフォーム』だ。


 手に持つ王の証の剣を正面へ。翼として背から伸びていた鎖の腕、その手に持つ四本の金色の剣の切先も、同じく正面向けた剣の切先を合わせ合う様にして、翼で自身を覆う形となる。

 そして、その剣一本一本を骨子として、『金剛石ダイヤモンド』の盾が傘の様に出来上がる。


「僕は王様の盾! 『金剛石ダイヤモンド』――お前の『破壊』だって、一滴も通さないのです!」

 

 『金剛石ダイヤモンド』で形作られた半球状の傘が漆黒の閃光を正面から受け止め、横に流す。

 来人の王の波動と合わさる事によって、それはアナの『維持』にも匹敵する。その防御性能は圧倒的だ。


「よくやった、来人!」


 ライジンはその隙に、アークへと斬りかかる。

 アークもすぐさま漆黒の刃を産み出し応戦するが、二槍を振るいアークの刃を弾き飛ばす。

 弾かれ宙を舞う漆黒の刃はそのまま空に消えて行き、それを握っていたアークの腕もその衝撃で浮く。


 これで隙だらけだ、取った――そう思った。が、しかし。


「甘えんだよ」


 アークの背から、突如新たな二本の腕が伸びた。

 肉を突き破りぬるりと生み出されたその腕で、ライジンの二槍を掴む。


「何ッ――!?」

「旦那様! そこ、邪魔ですわ!」

 

 その時だった。

 七色の光と共に、ライジンとアークの間を割る様にして、『虹』の斬撃が降り注ぐ。

 それによって、ライジンは槍を手放し退避。

 アークの手に捕まれていた槍は、『破壊』されてボロボロと崩れ落ちた。


「おい、イリス! 俺にも当たりそうだったぞ!」

「もう贅肉は落ちたのでしょう? なら、それくらい黙って避けてくださいませ」

「ったく……でも、助かったぜ」

「今更わたくしの魅力に気づいても遅いですわ。――さあ、坊ちゃま!」

 

 イリスが手を伸ばせば、身体が七色の光に包まれて行く。

 その光は真っすぐと来人の元へ。

 

 『憑依混沌カオスフォーム』――来人は獣の四肢と荒々しい金色の長髪を纏い、七色のオーラを放つ。

 

虹の鋭爪レインボー・クロー!!」

 

 虹の爪撃がアークを襲う。

 アークは四本の腕を交差させて、それを受け止める。


「何だ、大した事ねえな!」

 

 しかし、受け止めたという事は、『虹』のスキルを諸に食らったという事だ。

 瞬間、アークは背後から一太刀を浴びせられる。


「なッ――速い!?」


 ――いや、違う。アーク自身が遅くなっているのだ。


「――お前はお爺ちゃんを恐れていたネ。自分を封印しえる、そのスキルを」


 そこに居たのはガーネだ。氷刃の一太刀が、腕の一本を切り落とす。

 イリスの『虹』のスキルに来人の王の波動が通う事によって、アークにも弱体化の力が働いた。

 結果、ガーネの接近に反応する事すら出来なかったのだ。


 そして、切り落とされた腕は宙で静止する。――まるで、時が止まったかの様に。


 「“時空剣じくうけん”――時間も、空間も、ネが凍らせるネ」

 

 それはバーガの秘儀。失われたはずの技。しかし、それを孫は継承していた。

 

 その時の停止はアークの腕の傷口からも浸透し、じわじわと身体の自由が利かなくなってくる。

 やがて、アークの半身が動かなくなる。


「ちッ、させるかよ!」


 まだ動く腕を動かし、手刀で半身を無理やり切り落とす。

 ガーネの“時空剣じくうけん”の支配から解放されたアークは、すぐさま半身の負傷という事象を『破壊』して再構築。

 しかし、その大きな隙は致命的だ。更なる追撃。


 アークの周囲に、“金のリング”が散らばる。

 来人が拳を握れば、そのリングの隙間から無数の『鎖』が生み出され、アークの身体を絡め捕る。


 そしてガーネが、ジューゴが、イリスが、光となって来人の元へと集う。


「――『憑依混沌・完全体カオスフォーム・フルアームド』!!!」

 

 来人の声に呼応して、『鎖』は『虹』の七色を内側で反射し輝く『金剛石ダイヤモンド』へと材質を変化させて行く。

 そして鎖に拘束されたアークの身体に『氷』の時間凍結が浸透し、じわりじわりと凍り付いて行く。


 『金剛石ダイヤモンド』になった『鎖』は破壊されない。

 『虹』の弱体化によって、どんどん動きが緩慢になって行く。

 『氷』の技“時空剣じくうけん”によって、それも完全に停止する。


 あの破壊の神を、完全に封殺した。好機だ。


「――今だ、ゼノ! ぶちかませ!!」


 ライジンは叫びと共に、背負っていたゼノをアークに向かってぶん投げる。

 ゼノは鎖で雁字搦めに拘束されるアークに飛びつき、首筋に噛み付いた。


「ぐッ、ぐああああッッ……!!」


 その白い歯を通して、ゼノの『遺伝子』のスキルがアークの身体を侵食する。

 入った。確実に。

 

 アークは痙攣し、血反吐を吐く。身体の輪郭がブレ始める。


「やった……!」


 アークの身体中に走る白銀の線――世良の魂の一片がより侵食を強めて、その褐色の肌を走る。


(――え? いや、待て。どうして侵食が強まっている……?)


 おかしい。

 予定通りなら、ゼノの『遺伝子』の力によって、世良とアークの魂を改変して、二つに分離するはずだ。

 なのに、どうして侵食が強まり、一つになろうとしているんだ。


 そう来人が気づいた時には、既に遅かった。

 瞬く間に、アークとゼノが漆黒の波動で出来た球体に呑み込まれて、消え去った。


「――なッ! 逆流して――」

 

 ゼノの狼狽。

 そして、次の瞬間。

 その球体は集束し、そこにはアークだけが立っていた。

 ブレていた輪郭も固まり、アークは波紋一つない水面の様に、静かにそこに立っていたのだ。

 拘束していた鎖も、ゼノも、どこにも無い。――全てが『破壊』された。


 やがて、アークが口を開く。

 

「――感謝するぜ。最後のピースが揃った」


 皆、すぐに状況を理解した。失敗したのだと。

 元々アークは『遺伝子』の欠片を呑み込んでいた。しかしそれでは世良との融合を完全な物にするには足りなかった。

 つまり、その最後のピースとはゼノの持つ『遺伝子』そのものだった。それが逆流して、アークが悉くを呑み込んでしまった。

 結果、世良とアークの融合、その同調は予定よりも急速に早まり――完成した。

 

「まさか、ホンモノがそのまま生きてるとはな。運がいい。まあ、わざわざそっちから来なくても、時間さえ有れば良かった。さからこそこの世界に籠ってたんだが――、しかし同調の完全が早まったのは行幸だ」


 足の先から額まで白銀の線を広げ、燃えるような真っ赤な頭髪にもその白銀は混じり合っている。

 完全に世良と一体化し、完全再臨したアークの姿が、そこには在った。


「フフ……ハハ、ハハハ……アハハハハハ!!!!」

 

 アークの高笑いに呼応する様に、止めどなく力が溢れ出す。

 それはまるで海で起こる災い――津波の様に、光すらも吸収する真っ黒な波動の奔流が悉くを覆いつくす。


「まずい……。みんな、逃げて!!!」


 そう叫んだ時には、既に遅かった。

 周囲で戦っていた天界とガイア界の戦士たちも、アークから流れ出る破壊の奔流に呑まれて死んでいく。

 真っ黒な波動の波が、世界を包み込み、『破壊』して行く。

 世界終焉の瞬間とは、まさにこんな光景なのだろう。


 原初の三柱、破壊の神――アーク、ここに再臨。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る