友、相打つ

 ユウリは急ぎ、箒を飛ばす。


「――あれは……」

 

 やがて、“鎖で覆われたドーム状の空間”が視界に入った。

 それは、テイテイのスキルによるものだとすぐに察する事が出来た。

 ユウリはすぐにその元へと向かう。

 しかし、その瞬間だった。


 鎖で編みこまれた鉛色のドームが解け、中の様子が目に入った。


「――ッ!!」


 ユウリは息を呑んだ。

 その鎖のドームの中には、二つの影――テイテイと、赫の悪魔だ。


 両者は重なり合う様に、互いを支え合う様に、その場に立ち尽くしていた。

 ――勝負は、既に決していた。


 赫の悪魔の胸を、テイテイの鎖を纏った拳が貫いていた。

 そして、テイテイの腹は、赫の悪魔の鋭い爪に穿たれていた。

 互いに大量の血を流し、それによって血も赫に染まっていた。


 テイテイの拳のガントレットは砕け三十字に形を戻り、からんと音を立てて地に落ちる。

 赫の悪夢の異形の頭部がひび割れ、その奥から『顎』の鬼の仮面。

 そして、その仮面もがひび割れ、更にその奥からは涙の雫を垂らす、小さな人間の瞳が覗いていた。


 テイテイは血反吐を吐きながら、息絶え絶えながらも、言葉を絞り出す。


「よう、秋斗。なかなか、やるじゃねえか」


 赫の悪夢――否、木島秋斗は、涙ながらに答える。


「テイテイ君、ごめん、ごめんね……」


 テイテイは痛みに耐えながらも、それを何でもないとでも言うかのように一笑し、自由なもう片方の腕でを秋斗の背に回して、強く、強く抱きしめる。

 

「構わねえよ。お前だけ、一人にはしない」

「でも、テイテイ君。それじゃあ、今度は来人が……」


 秋斗も、鋭い爪の腕をテイテイの背に回し、そっと抱きしめる。

 

「あいつは、大丈夫だ。あいつが、俺たちの親友が、あとは何とか、して、く、れ――」


 テイテイは、そう言い切る前に意識を手放した。

 身体は『破壊』され、塵となって風に舞って消えて行く。

 

 そして、それは秋斗も同じくだ。

 体重を支え合う様に抱き合っていたテイテイが消えれば、秋斗の悪魔の身体も塵となって消え去った。

 二人は、抱き合ったまま絶命し、この世を去ったのだ。

 地面にはテイテイの持っていた絆の三十字だけが転がっていて、金色に小さく輝いている。


 そんな光景を、沈痛な面持ちでユウリはぼうっと眺めていた。


「間に合い、ませんでした……」


 その時だった。

 空間が震える。地響きと轟音。


「なんですか、これは――」


 ――全てを呑み込まんばかりの、圧倒的“何か”が迫っていた。



 ――そして一方、地球では。


「ギザ! まだかネ!?」

「残り2%デス! イチ、ゼロ――パス、開通デス!」


 異界の上空に大きなホログラムのモニターが現れ、そこに映し出された光景――それは、崩界で戦う来人たちと、援軍に駆けつけた天界とガイア界の戦士たち。

 

 一度目のゲート展開によって、テイテイと秋斗が崩界へとたどり着いた。

 それによって、座標の特定に成功。

 

 二度目のゲート展開によって、援軍を送り込んだ。

 それによって、常時の通信回線が確保された。


 そして、今つながった細いその回線を使って、崩界の映像を映し出すドローンにアクセスする事に成功したのだ。


 美海はそのホログラムモニターに食いつく様にして、身を乗り出す。


「ねえ、来人――来人は!?」

「慌てるなヨ。この映像も、過去のものか未来のものかすら分からない。ただ繋げた回線を通して、自立型ドローンから一方的に送られてくる映像で、こちらから声を届ける事も出来ないヨ」


 赤黒い波の様な何かと戦う戦士たちの姿が遠巻きから俯瞰する様に映し出されている。

 まだ繋がったばかりで画質も粗く、誰がどこに居るのかという様な情報は見て取れなかった。


 この異界の場にはメガとギザのメカニック組と、元々居た美海と奈緒だけでなく、ライジンとイリスが救出した照子、ゼノを送り届けたゴールデン。

 そして、傷だらけの陸とその傍には藍とモシャ。

 皆がモニター前に集まっているのを遠巻きに見ているティルとダンデも居た。

 

 やがて、粗かったモニターの映像も少しずつ鮮明になっていった。

 そしてドローンも動いて行き、映し出されたのは――、


「――来人っ!!」


 アークと戦う来人の姿だった。

 何本もの金色の剣を操り、翼を羽ばたかせる様に振るっている。

 周りにはガーネ、ジューゴ、イリスの三人の契約者たちの姿も在り、代わる代わる立ち代わり、来人とのコンビネーションで激しい攻撃を続けていた。

 美海たちはその様子を固唾を飲んで見守っている。


 そんな様子を遠巻きから見ていたティルの元に、陸がやってきた。


「やあ、ティル。珍しくボロボロだねー」

「そっちこそ、私の事を言えないくらいに傷だらけじゃないか」


 ティルはダンデの身体にもたれ掛かる様に座ったまま、軽く笑って答える。

 どちらも全身を包帯で巻いて酷い有様で、陸なんて松葉杖代わりに鎌を使って歩いてきたくらいだ。


「でも、なんかすっきりしたみたいだね」


 陸がそう言えば、ティルは少しぽかんとした表情を見せた後、


「――ふっ、あははは。そうだな、私はもう、全部出し切ってしまった。それこそ、陸の言う様にすっきりとな」


 見た事も無い様な明るい笑い声。

 陸もそれを見てふっと微笑み、隣に腰を下ろす。


 二人は並んで座り、モニターに視線を移す。

 陸の肩に乗っていたモシャは、その肩を降りてダンデの方へ。

 

「――来人、強くなったよねー」

「そうだな。少々腹立たしいが、私も王の証をあいつに託した」

「僕もだよー。あれはもう、僕らには必要のない物だもんねー」

「不服ながら、な」


 モニターの中では金色の剣と漆黒の刃が交差し、打ち合っている。

 この光景が過去のものだったとしても、未来のものだったとしても、来人が優勢に立ち合っている様に見える。

 このままいけば、勝てる――。


 誰もがそう思っていた。――その時だった。


 突如、皆の視界が、意識が、暗転した。

 抵抗も、そうしようとする意志も、何も意味を成さなかった。

 ほんの僅かな身じろぎをする間も無く、何の前触れもなくそれは起こった。


 そこには純粋な“黒”。それ以外、何もなかった。

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