右腕


 十二波動神アポロンとの一対一タイマンに勝利したテイテイは、荒野を歩く。

 時を同じくして、十二波動神アフロディーテを討った秋斗もまた、死の森を出て荒野を歩いていた。

 互いに目指すは漆黒の城。


 しかし、違う点が有るとすれば、それはテイテイはメガ・レンズを使いこなせないのに対して、秋斗はメガ・レンズを使用できるという事だ。

 だから、秋斗はテイテイの位置を知ることが出来た。


「――こっちの方、かな」


 大まかな位置情報を頼りに歩いて行けば、やがて人影が見えてきた。

 間に大きな障害物も無いので、すぐに輪郭を捉えることが出来た。

 秋斗は声を上げる。


「テイテイくーん!!」


 周囲に敵がいるかもしれないのもお構いなしで、秋斗はぶんぶんと右腕の大砲を振りながら親友の名を呼ぶ。

 その声が荒野に木霊すれば、テイテイもそれに気づいた。


「――む」


 見れば、丁度三本角の恐ろしい見た目の怪物が、物騒な大砲をぶんぶんと振り回しながら走って来る所だった。

 その癖口からは君付けで自分の名が呼ばれている。

 そのあまりのアンバランスさと、やっと親友と会えたという安心感からか、テイテイはつい吹き出してしまった。


「くっ、ふふ、ふはは……」


 そう堪えながら笑っていると、秋斗は近づくにつれてゆっくりと歩みを緩めながら、不思議そうにテイテイの様子を窺う。


「う、うん……? どうしたの、テイテイ君」

「いや、すまない。秋斗が面白くって、ついな」

「いや、何がだよ! こんな時に呑気だなあ――って、テイテイ君ボロボロじゃん」


 秋斗は近づいて来てから、やっと気づいた。

 ステゴロの殴り合いでアポロンとの決着をつけたテイテイは、既に全身傷だらけのボロボロだったのだ。

 秋斗が驚くのも無理はない。


「ん、まあこれくらいどうって事はない。ほら」


 と、テイテイはシャドーボクシングとステップを踏んで見せる。

 軽快な動作に淀みは無い。


「相変わらず、人間離れしてるなあ」

「そっちこそ」

「いや、こっちは実際人間じゃなくて鬼ですがね? というか――」


 と、いつもの調子で適当な軽口を叩き合いそうになった流れを断ち切り、秋斗は言った。


「――来人、どこ?」

「知らん」


「「…………」」


 一瞬、二人の間に沈黙が訪れた。

 そして、どちらともなく漆黒の城に向けていた歩みを再開した。


「まあ、生きてはいるだろ?」

「そうだね。メガ・レンズには反応が無いけど、繋がりは感じられる」

「ああ、それそれ。俺には使い方が分からん」

「一応レクチャーされたじゃん」

「そう言われても、分からんものは分からん」


 秋斗は相変わらずのテイテイの様子に溜息で返して、一度話題を切った。


「まあ、来人の事だ。生きているならその内来るでしょ」

「そうだな、心配はしていない。それで、そっちは?」

「十二波動神を一人倒した」

「こっちも一人。楽しかったぞ」


 敵と戦ったとは思えない感想が飛び出してきて少し驚く秋斗だったが、結局はテイテイならそんな事もあるかと一人で納得した。

 ただの人間の産まれでありながらここまでのパフォーマンスを見せるテイテイに、いつもの事ながら驚かされるばかりだ。


「ところで、テイテイ君」

「どうした秋斗。藪から棒に」

「いや、そう唐突な話でも無いんだ。ほら、ずっと見えていたじゃないか」


 そう秋斗が言うと同時に、二人は前方に視線を移す。

 漆黒の城の城下。そこには無数の屈強な戦士の軍勢が蔓延っていた。

 

 それらは皆同じ顔、同じ姿。

 まるでそのままコピーしたような槍を持つ戦士軍が待ち構えていたのだ。

 

「これをどう見る?」

「十中八九、十二波動神だろうね。個にして軍、そういうスキルなのかもしれない」

「それじゃあ十二波動神じゃなくて百万波動神じゃないか。ずるいだろ」

「そう言われてもなあ」


 軽口を叩き合う二人は、その軍を見ても足を止めない。

 一歩、また一歩と歩を進めて行く。

 テイテイの腕には絆の三十字がガントレットとなって装備され、秋斗の左手にも同じくフリントロック式の銃が握られる。


「――この数、勝てるか?」

「うーん……、無理!」

「ははっ」


 秋斗の正直な答えに、またテイテイは吹き出す。

 こうやってテイテイが笑みを見せるのは、親友の前だけの事だ。

 戦場に立っていながらも、そして途方もない数の敵を目の前にしながらも、まるで実家で寛いでいる時の様な落ち着き様だった。


 そのテイテイに釣られて、秋斗も笑ってしまう。


「はははっ、あはははっ……」

 

 鬼の面の下から、くぐもった笑い声が漏れ出て来る。

 そうして二人して一頻り笑って、そして、もはや軍勢は目の前といった所まで来て、歩みを止めた。


「ああ、そうだ」

「うん?」

「僕、来人の右腕になる事にしたよ。さっき決めた」

「はあ? そっちは俺だが? 秋斗は左で我慢しとけって」

「なんでさ、早い者勝ちだよ」

「いいや、俺も丁度さっき決めたんだ。それに、お前は先に死んじまっただろ?」

「やなとこ突くなあ。そう言われると、反論し辛いじゃん」

「――だから、ちゃんと生き返ってからな」

「ああ、そうだね」


 一頻り談笑に興じた後、二人の表情は変わる。


「――行くよ」

「おう」


 銃と大砲を交差し、突き出す。

 拳と拳をかち合わせ、鎖の擦れる音が響く。


 相手は百万の軍勢。

 一体一体が十二波動神と同等の力を持つ、アークの祝福ギフトを受けた強大な力を持つ神だ。

 

 対して、一人の人間と、一匹の鬼。

 戦力差は、歴然だ。


 それでも、テイテイは地を蹴り、拳を振り抜く。

 それでも、秋斗は銃の引き金にかけた指を引く。

 

 ――その、瞬間。

 

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