醜と美
「ひとまず、テイテイ君と合流するかな。向こうも僕の場所は分かると思うし、すぐに合流出来るだろう。……多分」
そうして死の森を抜けようと歩き始めた、その時だった。
背後から、がさりと木の枝の揺れる音と、殺気。
「――ッ!!!」
秋斗はすぐさまそれに反応し、右腕の砲身を向けて、敵を視認するよりも前に放った。
迫る相手は集束したその砲撃によって撃たれ、黒煙を上げて地に落ちる。
そして、秋斗はその襲撃者の姿を目にした。
「なっ――、鬼!?」
相手は鬼だった。
そして、その数は一つではない。
気付けば、木々の枝の上に立つようにして、無数の鬼の軍勢に囲まれていた。
そして、その群れの中に一点だけ――明らかにそれらとは違う気配が在った。
「――ああ、醜い。醜いのう」
そこには、一人の女が立っていた。
その優雅な立ち振る舞い、一挙手一投足が視線を奪うしなやかさ。
「生きていても、死んでいても醜いのだから、世話が無い。これが人の魂のカタチよのう」
「アークの手先――十二波動神か」
「如何にも。しかし、そなたの様な醜悪なモノに、名乗る名など無い」
十二波動神の女は木の上から、秋斗を見下しながらそう言った。
「醜悪……ね。まあ、そう表現出来なくもないね。でも、これはこれで、僕としては格好いいと思ってるんだ」
秋斗は自分の面に張り付いた鬼の面を左手で触る。
三本の角、黒い表皮。右腕には面と似た、顎を開いた鬼の形相の大砲。
人によっては醜悪と表現出来てしまう、人間とは程遠い怪物の姿。
「醜い者はそのセンスまでもが醜悪。我が眼前に立つ資格無し」
女は指を鳴らす。
それを合図に、周囲の鬼たちは一斉に秋斗へと襲い掛かって来る。
秋斗は応戦。
絆の三十字をフリントロック式の銃へと変えて、左手に持つ。
右には顎の大砲、左には銃。二丁を構えたガンマンは次々と鬼を撃ち抜いて行く。
右の砲撃は秋斗の波動エネルギーが尽きるまで撃ち続けられる。
集束した禍々しいエネルギー砲が次々と放たれ、瞬く間に鬼の群れは全滅した。
左の銃を使うまでも無かった。
倒された鬼の核が、雨の様にコロコロと地に降って落ちる。
「酷いなあ、同族を殺させるなんて。そっちの方が、よっぽど醜悪なんじゃないの? 心の方がね」
「くだらんなあ。美とは我、我とは美。そなたと違い、我は身も心も美しく在る。故に――」
女はふうっと息吹を吹きかける。
その息吹はきらきらと輝きを放ちながら、足元の木に触れる。
すると、突如木の根が地を突き破り、秋斗に襲い掛かる。
「――故に、我の美に、この世の全ては傅く。我の美に『魅了」されずにはいられない。それが理」
「なるほど、そういう感じね。じゃあ、僕も“こっち”を――」
と、秋斗は左手に構えたフリントロック式の銃の引き金を引く。
その放たれた銃弾は迫る根の槍ではなく――その本体、木の幹に。
「ふん。どこを撃っておる」
「いや、これでいい」
瞬間。女の足場が崩れる。
それと同時に、秋斗に迫っていた根の槍もまた、“腐り落ちた”。
女は地に降り立つ。
「そなた、何をした――!?」
「ふう。これであんたも醜い僕と同じ土俵だよ」
「この我に、醜悪な者共と同じ土を踏ませるとは――」
女は怒りに打ち震える。
秋斗が撃った弾丸は、女の足元の木の幹に命中。
そして、その銃弾を起点として、瞬く間にその大木は腐り落ちたのだ。
「――僕の魂は、歪に歪んだ鬼の魂。だから、
秋斗の
来人やテイテイが使う『鎖』と同じはずの
『腐り』――秋斗が三十字を変化させて作り出した銃で撃たれた物は、無機物有機物問わず腐り落ちる。
溶解し、醜く崩れ落ちるのだ。
女は懐から鉄扇を抜き――、
「――傅け」
息吹が、舞う。
女の息吹は鉄扇によって範囲を拡大し、死の森一体を覆いつくした。
そして、その息吹は秋斗にも降り注ぐ。
やがて息吹の嵐が止めば、死の森は騒めき出す。
揺れる枝は会場を沸かすギャラリーの振る光の声援の如く、その中央で舞う女は美の偶像の如く。
「さあ、そなたも我に傅け。媚び諂い、地に這って見せよ」
女の息吹は、万物をも魅了する。それを諸に受けた秋斗も、もちろん――。
「……」
動きを止めていた秋斗はふらりと動き出し、ゆっくりと女の方へと歩いて行く。
一歩、また一歩と。
「そうだ、それで良い。醜悪な鬼であろうと、忠実であればまだ愛でようもあろう」
そして、秋斗は右腕の砲身を地に付け、女の足元へと跪く。
女が指を鳴らせば、地は隆起し玉座となる。
その玉座に腰を下ろし、
「ほうら、面を上げよ。その醜い鬼の面、見せて見よ」
脚の先を鬼の面に這わせ、顎を持ちあげる。
瞬間――、
「なッ――!?」
秋斗の左手に握られたフリントロック式の銃。その銃口が、女へと向いていた。
その引き金が、引かれる――。
死の森に、一発の銃声が響き鳴る。
女は慢心していた。玉座に座していた。だから、回避が間に合わなかった。
首だけをなんとか逸らせ、白い肌、頬を銃弾が掠める。
たったそれだけ。完全な不意打ちであった一撃も、そんな小さな傷しかつけられなかった。
しかし、それでも致命的な一撃だった。
「そんな……、お前、なんという事を……ッ!! 我の、美しい顔に、傷をッ!!!」
女はそんな小さな傷一つで狼狽し、秋斗を蹴り飛ばす。
秋斗は地を数度転がった後、ゆっくりと立ち上がる。
「傷だけで、済めば良いけどね」
秋斗は左手の銃から弾丸を放った。
それはつまり『腐り』の
やがて、女の顔の小さな傷口から、沸騰する様に嫌な水音を立てて肉が湧きたち、溶け落ちて行く。
「あああああああッッ!!! 我の、顔が、肌が、美が!!!!」
女は狂乱しながらも、『破壊』の波動を以って、自身の頬に爪を立て、がりがりと引き裂いて行く。
自身の肌を破壊し、再生し。
“再臨”の工程を以ってなんとかその容姿を保とうとする。
しかし、『腐り』の侵食のスピードは留まるところを知らず、再臨した端から食い尽くし、溶かして行く。
白い肌が、美しい髪が、それら全てが腐り、溶け落ちて行く。
女はもはや、見るも無残な肉塊と化していた。
それは鬼すらも比ではない程の、“醜悪”。
「そっちの方が、似合ってるよ。うん、美しい」
やがて、自身の肉を掻き毟る事も諦めたのか、それすら出来なくなったのか、ピクリとも動かなくなった。
「そうだ、名乗って無かったね。――三代目神王の右腕、『
秋斗は転がった醜い肉塊を蹴り上げ、右腕の顎の大砲を放つ。
その一撃で、十二波動神の女は爆散。
びしゃりと音を立てて、汚い肉と血の雨で、死の森を彩った。
「ごめんね、君の名前、聞けなかったよ」
――十二波動神が一柱、アフロディーテ。
『
正確には、その“左手だけ”は。
秋斗の左手には、絆の三十字が在った。
そこには、来人とテイテイとの繋がりがあり、その柱を通して王の波動が流れていた。
王の威光を前に、半端な魅了など意味を成さない。
やがて、秋斗は死の森を抜けて、荒野へと出た。
視界の先には、漆黒の城。
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