出立


 朝。気持ちの良い陽射しで目が覚められれば良かっただろうが、ここは異界だ。

 空から本物の太陽の陽射しが差し込んでくることは無い。

 そして、それだけでは無かった。

 早朝、全員の目が覚めるよりも早く、異界中にガラスが割れる様な甲高い音が響き渡った。

 その音を目覚まし代わりとして来人たちは目を覚ます。


「なんだ!?」


 テントを出て、空を見上げる。

 そこには空間の亀裂が出来上がっていた。空が割れ、その裂け目から光り輝く翼を生やした一人の人物が侵入して来た。

 弓を手にした、光の翼――ティルだ。

 たったの一撃、たったの一矢を以て、ティルは異界の空間に風穴を空けたのだ。


「来人、何が有ったの!? さっきの音って――」

「美海ちゃんは出て来ないで。――天界の追手だ」


 来人は自分の視界の端――メガ・レンズに表示された一点の情報を注視する。

 そうすると、その情報がピックアップされて、大きく表示された“エネルギーの充填率97%”の文字列。

 ゲートを使用可能になるまで、もうあと僅かだ。それをティルに知られて、邪魔をされてはまずい。


 来人は地を蹴り、表へと出る。

 それと同時に、騒ぎを聞きつけてテイテイと秋斗、鬼人の会の面々も集まって来た。

 ゲートの元には最終段階へ向けてモニターしているギザの姿。しかしティルを警戒してか、メガの姿は見えず、代わりに作業していたであろう跡だけが残されていた。


 ティルはライオンのガイア族ダンデを従えながら、ゆっくりと天から舞い降りて来る。


「――見つけたぞ」


 ティルは地に降り立つなり弓を構えて、来人を睨みつける。


「ちょっと今取り込み中だからさ、用が有るなら後にしてほしいんだけど。それこそ、アークを倒した後に」

「ふざけるな。アナ様から命を受けている。天界への反逆者である貴様を捕縛し、天界へと連れて行く」


 ティルとここで正面から戦う事は賢い選択だとは言えない。

 仮に勝利を収めたとしても、消耗した状態で崩界へ乗り込むのはリスクが高い。


 来人は視界の端を見る。

 98%――もう少しだ。


 次に、ティルの傍に立つダンデの様子を窺う。

 来人の視線に気づいたダンデは少し目を伏せ、そのまま逸らした。

 和解の道は無さそうだ。


 ならば、ここで時間を稼いで、エネルギーの充填のタイミングでゲートに飛び込む。それが今最善の策だろう。

 隣のテイテイと秋斗に目配せを送る。

 二人共それだけで来人の成そうとしている作戦を理解して、小さく頷く。


 来人は剣を抜き、テイテイは拳を構え、秋斗は砲身を銃を構える。

 ティルは弓の弦を引き絞る。


 今まさに、天界の神と地球の人間の戦いが、始まろうとしていた。

 ――その時だった。


 森の方から、突如起こった波。

 波の様に、地から巻き起こる様に、『結晶』が生えて突き上がり、壁の様に来人たちとティルを分断した。

 森の木々よりも高い『結晶』の壁が出来上がり、そして壁の向こうから声が聞こえて来る。


「お待たせしました、来人君」


 来人の家庭教師、ユウリの声だった。

 天界で時間稼ぎを引き受け、その後の様子を知れなかったユウリが現れた。


「ユウリ先生! 無事だったんですね!」

「ええ、わたしは大丈夫です。来人君は、行くのでしょう? ここはわたしに任せてください」


 壁に隔たれていて、来人からユウリの姿は見えない。

 しかしその声は頼もしく、そして今ここに現れたという事はあの天界の神々を相手に戦い、無事に帰って来たという事であり、それは何よりの実力の証明だった。

 だからこそ、来人は信じて、ユウリにこの場を任せる事が出来た。


 99%――、そのタイミングで通信が入る。


『先輩! エネルギーの充填間もなくデス! さあ!』


 ギザからのその通信は、テイテイと秋斗にも同時に送られている。


「分かった!」

『グッドラック、デスよ!』

 

 三人は顔を見合わせ、そしてゲートへと走る。

 去り際、来人は壁の向こうへと、叫ぶ。


「先生! お願いします!!」


 ユウリの答えは、穏やかに返って来た。

 

「ええ。来人君も、お願いしますね。わたし、まだ読みたい小説も、漫画も、いっぱい有ります。だから、この世界を守ってください。頑張れ、わたしの一番弟子」



 100%――ゲートの縁の内側が強い光を放ち、周囲の機器が悲鳴のような音を立て始める。

 ティルは追って来ない。ユウリが足止めをしてくれている。


 来人、テイテイ、秋斗はゲートとへと飛び込む――その直前、


「来人!!」


 テントから出て来ていた美海だ。

 そして、美海がそう声を上げると共に、何か小さな風呂敷包みを投げた。

 来人は走る足を一度止め、それを受け止める。


「美海ちゃん!? これは――」

「おべんと! 昨日作っておいたの! みんなの分も有るから、一緒に食べてね!」

「ありがとう」


 来人の口元がふっと綻ぶ。

 

「うん! 行ってらっしゃい!」


 美海はとびっきりの笑顔で、送り出す。


「――ああ、行って来ます」

 

 そして、三人は光に包まれて行った。

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