ゲート開通


 目を赤く泣き腫らした美海を連れて、来人は皆の元へと戻った。

 すると、見覚えのない大きな物がテント群の中心に出来上がっていた。


 様々な金属パーツが継ぎ接ぎに組み合わされた、急造の大きく武骨な枠縁。

 これまで目にした事の有るメガの“ハッキング・ゲート”なんかよりも一回り大きい。

 ガイア界に有った大ゲートといつものハッキング・ゲートの中間程ののサイズ感だ。


 来人が皆の元へと合流すると、秋斗がちらりとその顔を見て笑っていた様な気もしたが、表情の変わらない鬼の面をした今の秋斗が笑う訳も無いので、来人の気のせい――自意識過剰だろうか。

 そんな秋斗が、声を掛けて来る。


「丁度良かった、来人」

「て事は、完成したのか」


 秋斗の代わりに、別の人物がそれには答えた。


「――ああ、待たせたネ」


 奥からそのゲートの作成者が現れた。

 けろりといつも通りの様子の不遜な態度の犬とその助手の制服の上に白衣を羽織ったサイボーグ女子高生社長。メガとギザだ。


「全く、予定よりも4時間と32分も早く完成してしまったヨ」

「流石メガさんデス」

「まあ、お前が想定していたよりも随分と優秀だったから、というのも有るがネ。しかしそれも元を辿れば、お前を作ったのもボクなのだから、やはりボクのおかげなのだろうネ」


 そう自信満々に登場した二人。

 

「二人ともお疲れ様、ありがとう。もう使えるんだよね?」

「物自体は完成したとは言っても、今は波動エネルギーの充填の最中で、もうしばらくかかる。充填の完了次第――そうだネ、出立は明日の朝と言った所だヨ。あまり長時間ゲートを開通し続ける事は出来ないから、エネルギーの充填が終わり次第、すぐに発つ事になる。せいぜい準備しておくんだネ」

「分かった」


 来人は頷き、一度美海に向き直る。


「という訳らしい。明日、起きたら直ぐに出る事になると思う」


 美海はぎゅっと来人の服の裾を一度掴むが、すぐにその手を引っ込める。


「……うん。頑張ってね、来人」



 それから、来人、テイテイ、秋斗は崩界へ発つ為の最終準備を整えていた。


「なあ、俺コンタクト入れるのなんて初めてなんだが……」

「まあ一回入れたら慣れるって。僕もメガ・レンズ貰った時が初めてだったし」


 テイテイは恐る恐る、メガから受け取った改良型メガ・レンズを装着していた。

 崩界でも使用出来る様にと想定された通信手段であり、追加で互いの位置情報を視界のマップに表示できる様になっている。


「でも、僕は目コンタクトを着ける目が無いんだけど、どうしようかな」


 鬼である秋斗は人間の身体構造とはかけ離れており、一応頭部に二つの穴は開いてはいるが、眼球は備わっていなかった。

 

「その眼っぽい穴に突っ込んどけってさ」

「ええ……」


 来人はメガに言われたままを秋斗に伝える。

 メガの事だから大体の事はなんとかしてくれるという信頼が有った。

 秋斗はそれを知らないので、やはり恐る恐る自分の眼の様な穴の中にメガ・レンズを放り込む。


「おお、凄い。視界に色々出て来た」

「ね、便利だよね、これ」


 体調のパラメータ化や周囲の様子を把握できる簡易マップ、憑依混沌カオスフォームのシンクロ率管理、通信機能。

 他にも色々と、あらゆる便利機能が小さなコンタクトレンズに集約されている。


 来人はそんな二人の親友の様子を見て、少し安堵した。

 大きな戦いの前だと言うのに、緊張を感じさせない。


「――なんか、昔を思い出すね」


 昔、幼き日の来人たち三人はよくこうやって探検だの何だのと言って、リュックに色々な物を積めて遊びに行ったものだ。

 時には武器を手に取り、いじめっ子と戦ったりもした。

 それと同じだ、何も変わらない。

 絆の三十字で繋がった、この三人が共に居れば、何だって出来る気がした。


「そうだな。いつも何かやろうって言い出して、作戦とか、計画を立てるのは来人だったな」

「でも、何をやるにもテイテイ君が先陣を切って行ってたよ。切り込み隊長って言うか。一緒に仕返ししてくれた時も、そうだった」


 テイテイが来人の言葉に頷き、秋斗も思い出に思いを馳せる。

 

「あの時、来人がハバネロ入りの水鉄砲を持ち出した時は流石に鬼かと思ったな」

「まあ今鬼になっちゃったのは僕なんだけどね」

 

 秋斗のしょうもない不謹慎ギャグで微妙な空気になった。

 来人は「あはは……」と笑ってその場を適当に流す。


「でも、秋斗もノリノリで撃ってたじゃん! お祭りの射的とかも上手かったし、秋斗ってスナイパー? みたいなセンス有ったよね」

「そうかな? なんか恥ずかしいなあ……」


 秋斗は照れているようだったが、やはりその鬼の面の表情は変わらない。

 しかし少し褒められて機嫌を良くしたのか、三十字をフリントロック式の銃に変えてくるくると回して見せたりし始めた。


 そんな風に思い出を振り返りつつ、再会を果たした親友たちの束の間の憩いの時間だった。



 その日の夜、来人の眠るテントの前に人の気配が有った。

 その気配が誰の者なのか、姿を見る前から来人には分かっていた。

 考えずとも、想像せずとも、すぐに分かった。

 

 身体を起こして、気配の主に声を掛ける。


「――美海ちゃん、どうしたの?」


 テントの暖簾状の入り口が持ち上げられ、遠慮がちに美海が顔を見せた。

 少し迷う素振りを見せた後、美海はそのままテントの中へと入って来る。


「あのね、来人」


 上目遣いで、来人の顔を覗き込んでくる。

 

「起きたら、朝になったら、行っちゃう、でしょ……」

「うん。でも、帰って来るよ。大丈夫」

「ううん、違うの。それもう、大丈夫。ちゃんと、お見送りできるわ。でもね――」


 美海は少しの間言い淀み、それから、


「――朝まで、その間だけだいいから、一緒に居て欲しいなって」

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