幻想


 イリスの言葉に、来人は一層の困惑を見せる。


「イリスさん、何を言ってるの? 世良だよ、僕の妹の!」

「坊ちゃま、落ち着いてください。きっと、坊ちゃまはあのアークの術に掛けられているんですわ。でなければ、そんな事を言い出すはずが有りません」


 イリスは努めて冷静に、来人を諭すようにそう言った。

 しかし、それも来人の困惑をより強めただけだった。


「そんな事って、どういう――」

「――だって、坊ちゃまに妹なんて、居りませんもの」

 

 あまりの衝撃に、来人は立ち眩み冴え覚えた。

 天野家で共に過ごして来たイリスが、世良の事を覚えていない。


 状況を把握した来人は、一度軽く呼吸を整えてから、言い直す。


「いいや、あいつの術にかかっているのはイリスさんだ。世良はアークに操られていて、その世良に関する記憶も操作されているんだ。――そうだ、ガーネは覚えているだろう?」


 来人は期待を込めて、相棒を見る。


「……ごめんネ、らいたん」


 しかし、ガーネもまた、覚えていない。世良を知らない。

 来人を見るガーネの表情は、憐れみさえ含んでいた。


「くそ……」


 神々は“ライトがおかしくなった”と、不穏な空気に包まれていた。

 そんな様子を口角を上げ愉し気に眺めていたアークは、ゆっくりと世良の肩を抱き寄せて、


「くくく。どうした? 世良の事を誰も知らないのが、そんなに不思議か?」

「お前が、何かしたんだろう」

「いいや、何もしていない」

「嘘を吐け!!」


 来人が声を荒げる。

 アークは変わらず不敵に笑い、そして、


「――何故なら、世良なんて少女は、最初からどこにも居なかったのだから」

「なんだと……、それは、どういう意味だ……!?」

「どうも何も、そのままだぜ。世良は、お前が産み出した“幻想イマジナリー”だろう?」


 “幻想イマジナリー”――神の力の起こすバグによって、想像が創造され、そして現実に現れ出て来た幻の魂。

 時に、欠けた心の一部を埋める為に、存在しない人格すらも創造してしまう。


 それは、陸の幼馴染であり、心の拠り所であった、『あお』の鬼に殺されてしまったあいの様に。


 陸も幻想イマジナリーと聞いて、苦い表情を見せた。


 アークは世良の被っていた雨合羽のフードを取る。

 瞳は虚ろで、どこを見ているのか分からない。

 そして、白銀色の綺麗な髪。


 その髪色は儚く、幻想的で、それは幻想イマジナリーあいと同じものだった。


 しかし、来人はそんな現実を、受け入れられなかった。


「世良が、幻想イマジナリー……!? そんな、でも、確かに僕は、ずっと世良と一緒に――」


 狼狽える来人だが、その中でこれまでの記憶を思い返す――。


 世良は、自分以外の誰かと話していただろうか。

 他の誰かが、世良の話題を出したことが有っただろうか。

 果たして、世良と出会ったあの日、あの場に本当に父親は居ただろうか。


「坊ちゃま……」

「らいたん……」


 仲間たちが、不安そうに来人の様子を窺う。


「――本当に、偶々だったんだぜ? 俺が封印される直前に切り離し、世界に放った力の半分は、ただずっと世界を漂っていた。

 アダンにもアナにも見つからない様に、完全に存在を消して、な。

 だがある時、その力が魂という器を得た。それがこいつ、世良だ。

 王の血筋であるお前が産み出した幻想イマジナリーは、本物の魂と同等の器となって、俺の『破壊』のスキルと混ざり合った。

 つまるところ、世良は俺の半身だ。封印され自由の利かなかった俺は、半身を使って復活の為の力を集め、そして今日! ついに再び自由を取り戻した!

 後はこいつを取り込み、完全に力を取り戻すだけ。そうすれば、全て終わり――そして、始まる」


 アークが語る。

 

 ――その時、『光』の矢がアークを――いや、世良をめがけて放たれた。

 虚ろな世良は避ける素振りすら見せない。

 

 しかし、その矢は世良に当たる前に、来人が間に割り込み、鎖を纏う剣で矢を受ける。

 その矢を放ったのは勿論ティルだ。

 

「おい! ティル! どういうつもりだ!」

「どうもこうも、話を聞いていなかったのか? 世良あれはアークの一部を切り取っただけの雑魚だ。しかし、それでもあれが無ければ、復活したばかりのアークは完全に力を取り戻す事は無い。つまり、世良あれを殺さなくして、我々に勝利は無い」


 来人は妹に向けて矢を放ったティルに抗議するが、ティルそれを一蹴。

 そして、それはティルだけでは無かった。


「悪いな、ライト。俺もお前の味方をしてやりたい所だが――、あの嬢ちゃんを先にやっちまうのが、正攻法だと見た」


 カンガスも、ティルの意見に賛同する。


「少女を手に掛けるのは少々心が痛みます。しかし、アナ様も二代目も動けぬ現状、我々だけで事に当たるしかない。ここは息子の主張に一票」


 そして、ソルも。


 そうしている内に、コロッセオの方から武装した神々が集まって来た。

 アークの波動に当てられ気絶していた者たちが、意識を取り戻した様だ。

 

「お前ら――」


 事態を見て、指示を飛ばそうと、身体を起こそうとするウルスだったが、


「――お前は、邪魔だな」


 アークが手から黒い炎を放つ。

 炎がウルスを包むと、ウルスが言葉を紡ぎ切る前に、まるで元からそこに居なかったかのように、一瞬の間で消し去られた。

 

「二代目!!」


 神々から悲痛な声が上がる。

 自分たちのトップが二代目がやられ、そして神王補佐のアナもボロボロで地に伏している。


「これは、どういう状況なんだ――」


 駆け付けた神々の間から、そんな声が漏れる。


 王族と対するはアークと、その傍に世良。

 そしてその両者の間に、まるでアークを庇う様に剣を構え、ティルと対峙する来人。

 周囲にはゼウスたち十二波動神。


 神々が援軍として――観客ギャラリーとして駆け付けたのを見て、アークが声を上げる。


「アダンも、アナも、ウルスも、ライジンも、皆殺した! 後は、お前たち雑魚だけだ。王の血筋を根絶やしにし、全てを無に帰し、そして始めよう――」


 この場に居ない、行方不明だったライジン。

 最強の神すらも、既にアークの手に落ちていた。

 世良という自身の力の半分を取り込む前の、不完全な状態だと言うのに、これ程までの圧倒的力。

 

 アークは黒い波動を、天へと撃ち上げる。

 まるで、それが開戦の狼煙だとでも言うかの様に。


「――さあ、新たな世界を創ろうではないか! 地上も! 天界も! 全てを破壊し、無に帰せ!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る