破壊の神


「「――!?」」

 

 その場にいた誰もが、そこにいた存在に気付かなかった。

 

 天界中を覆っていた謎の濃い波動がその存在を隠しているのかと、そう思った。

 しかし、違う。

 それはまるでそこに居ないみたいに、まるで何色でも無いかの様に――、それでも、確かにそこに居た。

 

「よう。アダンのガキ共。がん首揃えて、ご苦労なこった」


 褐色の肌の、痩せこけた長身の男。

 引きずる程に長い、雑に一つにまとめた燃える様に真っ赤な髪。

 細く吊り上がった目の奥に、ギラギラとした瞳が輝いている。


 その男は片手に、何かを持って引きずっていた。

 よく見れば、それは――、


「アナ様!?」


 先に向かった、アナだった。

 ボロボロで、血だらけで、もはや生きているのか死んでいるかも判別が付かない。

 

「うっせえな、死んでねえよ。こいつには生きて、そして自分たちの全てが壊れて行くのを、しっかりと拝んでいてもらわなきゃならねえからな」


 男はまるでゴミの様に、動かないアナの身体をそこらへ放り捨てる。

 

 皆アナを助けようと、皆思っていただろう。

 しかし、目の前の存在を前にして、まるで蛇に睨まれた蛙の様に、誰も動けなかった。

 

 しかし、ウルスだけは違った。

 一歩、ウルスが前へと出る。


「……お前は、アークだな」


 “アーク”――その名は、来人も知っていた。

 原初の三柱、アダンとアナに並ぶ一柱であり、そしてアダンたちと敵対し、封印されたという神の名だ。

 封印され、二度と現れないと言われいたそのアークが、今ここに居る。


 その存在に、疑いも、違和感も無かった。

 これ程までの、ほぼ全ての神の意識を奪う程の恐ろしい波動。

 そして王の間を消し飛ばし、あのアナすらも一蹴して見せた。


「知っているぜ。ウルス、お前の様な雑魚が二代目だなんて、神も堕ちたものだな。そうは思わんか? なあ、アナ――っと、まだ寝てんのか?」


 そう言って、アークは地に伏すアナへ嘲笑を飛ばす。

 ウルスは明らかに怒りを含ませた声色で、

 

「――何故お前が、ここに居る」

「何故? 別に良いだろ。俺は“原初の三柱、破壊のアーク”だ。誰かのの許可無くここにて、悪いのかよ」

「始まりの島で、封印されていたはず。外部からの干渉無くして、その封印は解かれない。そして、それが可能なのはアダンとアナだけだ」

「正確には、王の力を持つ者。――ああ、お前は馬鹿やって王の力、無くしたんだったか?」


 アークは愉快そうに、ウルスを挑発する。

 ウルスは静かに、その怒りを内に、


「――二代目神王ウルス、孫たちに引き継ぐ前の、最後の仕事だ。貴様をもう一度封印――いや、殺してやろう」


 ウルスは力を解放する。

 全身を獣の様に大きく、猛々しく変化させ、地を蹴り、飛び上がる。

 ウルスのスキルは『分解』、その蹴りに一蹴されれば、たちまち万物は塵と成る。

 ――はずだった。


 しかし、ウルスの蹴りはアークへと届くことは無かった。

 アークはにやりと大きく口角を上げた。


「――なっ!? お前、ゼウス!!」

「……」


 ウルスの蹴りを止めたのは、間に割って入ったゼウスだった。

 全身に黒い稲妻を纏い、片腕でその蹴りを防ぎ切る。


「どこへ行ったかと思えば――、お前!! 何をしている!!」


 ウルスがそう声を上げるが、ゼウスは据わった眼でウルスを見据え、


「お前こそ、何をしている」

「何?」


 そして、ゼウスはその黒い稲妻の力を強め、解き放つ。


「ぐわあああああっ!!!」


 ウルスは弾かれ、地を転がった。

 先程までゼウスの腕とぶつかっていたウルスの足は、黒い稲妻の一撃を受け、王の間と同じ様に抉られ、消し飛ばされていた。


「おじいちゃん!!」

「ぐっ……、アッシュの、力が……」


 ウルスの『分解』――アッシュの力が、効かない。

 いや、より強い力に、打ち消された。


「……この腐り切った天界せかいを、“我々”が変えよう」


 ゼウスがそう言えば、周囲にいくつもの気配。

 十一人の神が、来人たち王族とその契約者を取り囲んでいた。

 

「ゼウス様……!? それに、十二波動神まで!? どうして、どうしてこんな事をするのですか!?」


 ティルが自身の師であり祖父、ゼウスの蛮行に悲痛の声を上げる。

 これまで尊敬して師と仰いでいたその人が、アークという神々に綽名す邪神に与しているのだ。

 しかし、ゼウスはティルの方を見る事も無く、何も答えてはくれない。


 取り囲んでいた十一人の神――ゼウスを含め十二人。

 それはゼウスが独自に集め、部下としていた、強い波動を持った選りすぐりの、神格を持つ神々たち。

 彼らはかの百鬼夜行では『巨人』の鬼の討伐に貢献した、優秀な者たちだった。

 しかし、今は天界の敵として、邪神アークの手下として、立ち塞がる。


 アークはまるで演説でもするかのように、両手を広げ、


「彼らは、人間の血を受け入れ腐り行くこの天界を変えるために、俺の意志に同調してくれた、“駒”たちだ。俺はそんな彼らに、僅かばかりの力を与えた――」


 アークは両の手に、黒い炎を纏う。

 それは先程ゼウスが見せた黒い稲妻と同質の物であり、それ以上の濃度を持った、圧倒的“黒”。


「――そうそう。どうして俺があそこから出てこられたのか――って、話だったな。勿論、内から封印を解くだなんて芸当、出来ねえよ。だから、外から封印を解いてもらった」


 そうアークが言うと、アークの背後からふっと、白い影が現れた。

 それは、白い雨合羽を目部下に被った、一人の少女だった。


「らいたん、あれって、テイテイたちの話にあった!」


 それは、地球で現れていたという、謎の通り魔の姿そのものだった。

 しかし、誰もその白い少女の姿を知らない。

 何者かも分からない、謎の協力者。


「……え? 世良?」


 しかし、この場には、その正体を知る唯一の人物がいた。

 来人だ。

 

 アークの傍に静かに佇む、白い雨合羽を羽織る少女。

 来人には分かった。

 彼女は、自分の義妹の世良だ。

 これまで何度も見た大切な妹の姿を、見紛うはずも無い。

 

 来人は驚きのあまり半ば口調だけ神化が解けつつも、そう声を漏らす。

 すると、皆怪訝な表情で来人の方を見る。


「お前、あの女の事知っているのか?」

 

 当然、天界の神々は来人の妹の事なんで知る由もない。

 ティルがそう問うが、来人は混乱していて、思考が定まらず、その声も耳を通り抜けて行く。


「世良、だよね? どうして、そんなところで、何してるんだ!? 危ないから、こっちに――」


 来人がそう白い少女――世良へと語り掛け、歩み寄ろうとする。

 しかし、隣に居たイリスが来人の腕を取り、制止する。


「坊ちゃま、お待ちください」

「ああ、イリス……さん。フードを被っていて分からないかもしれないけど、あれは世良なんだ。僕には分かる、間違いないよ。だから――」


 天野家のメイドであるイリスならば、他の神々と違って世良の事を知っている。

 協力して、あのアークの手から救い出さねば。

 来人はそう思っていた。

 

「――坊ちゃま!!」


 しかし、来人の言葉をイリスが強く遮る。


「……イリスさん?」

「ぼっちゃ、落ち着いてください」


 そして、その後に続いた言葉は、来人の思いもよらぬものだった。


「――“世良”って、誰の事ですの?」


 

「……え?」

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