予想外の事象
南極で発生した百鬼夜行。
ティルが相対するのは半透明で翠色の人型を模したのスライム――『翠』の鬼だ。
発生した大異界は氷の大地に根差す樹海、冷たい緑の世界。
ティルは光の矢の雨を降らし、『翠』の鬼を蹂躙する。
ゲル状の身体は弾け飛び、辺りの木々にその肉片を散らす。
しかし――、
「また、駄目か……」
何度倒しても、どれだけ光の矢を放っても、ゲル状の身体は再生する。
飛び散った肉片はまるで逆再生の様に人型へと戻り、『翠』の鬼の姿を再現する。
全てが徒労、無駄に終わる。
そうしていると、粗方辺りの獣の鬼を片付け終わった相棒のライオン、ダンデが戻って来た。
「ティル様」
「ダンデか。下がっていろ、私が――」
「いえ、これでは埒が明きません」
必ずティルの言う事には首を縦に振っていたダンデも、この状況を見て流石に食い下がる。
ティルはそんな臣下の反抗に小さく舌打ちを返すが、ダンデは特に意に介さない。
「おそらく、再生する余地さえ与える事無く、あのスライムの破片を全て消し飛ばさなくてはならないでしょう」
「そんな事は分かっている! しかし――」
ティルの矢は一本一本が強力な一撃だが、それでも弓を引いて放つ動作を要する。
どれだけ連射しても再生速度に間に合わない、必ず小さな肉片の撃ち漏らしが出る。
あの『翠』の鬼の全てを一度に消し飛ばすには圧倒的に物量が足りない。
「ブルルルル!!!!」
そして、『翠』の鬼はティルが有効打を持たないのを理解すると反撃に出る。
スライムの身体を肥大化させて、触手を伸ばす。
ティルとダンデは飛び回り回避するが、半透明の緑の触手は無限に湧き出て、伸びて来る。
「くそっ――」
そしてついには避けきれなくなり、四肢を絡め捕られる。
ティルは武器でる弓を取り落とし、今度は両腕も触手に拘束されて動けない。
指から放つ小さな光の矢も対策されて、今度は意味を成さない。
そのまま、再びスライムが顔面を覆う。
内側から食い破る事を狙った、合理的で最も殺意の高い攻撃手段だ。
(どうして、どうして私が――。誰よりも王に相応しい、純血の私が――!!)
ティルは自身の無力さに打ち震える。
しかし、今自身の持ち得る手札では何も出来ない。
もはやここまでか――と、ティルが諦めかけた、その時。
「――『
聞き覚えのある声。
そして、それと同時に天より隕石の様に大男が降って来て、『翠』の鬼のスライムの身体を踏みつぶし、塵の一つも残さず全て『分解』した。
たったの一撃、たったの一蹴りでティルが苦戦した百鬼夜行の主を瞬殺。
「いやあ、参った参った。地球はよく分からんよ、全く――」
二代目、現
応援として各地の百鬼夜行を走って回る予定のウルスだったが、持ち前の方向音痴が発動。
結果として、ウルスが間に合ったのはティルの担当していた南極部隊だけだったのだ。
もっとも、来人も陸も自らの力で大異界の主を撃破して見せたので、彼らにウルスの応援は必要無かったのだが。
『翠』の鬼のスライムの身体はもう塵一つ残ってはいない。
いつもの死する鬼の炭化を見る間もなく、核だけがごとりと落ちる。
そして、異界の膜がじんわりと溶けて行き、最後の百鬼夜行の終わりを告げる。
「――ありがとうございました、二代目」
ティルは渋々と、不服ながらも祖父であるウルスに礼を述べる。
「おうよ、危なかったな」
そう言って、ウルスはティルの頭を撫でようと手を伸ばすが、ティルはそれを跳ね除ける。
「やめてください。――ダンデ、行くぞ」
「はい。――失礼します、二代目」
そして、二人はその場を去って行った。
丁度それが、来人が『
中国。
戦いを終えてボロボロの来人たちの元に、一報が届く。
「――アナ様からだ。『無事全ての百鬼夜行を撃破、これにて作戦を終了とする』だってさ」
「やったネ!」
周囲の神々もその一報を受けて、歓喜の声を上げる。
しかし、それも束の間。
すぐにもう一つ別の人物からの連絡が入る。
それは全ての神々の持つ連絡端末をジャックして、強引に捻じ込まれた。
『太平洋上でこれまでよりも大きな大異界の発生を確認したヨ。これが本当の百鬼夜行だ。至急手の空いた者から向かう事をお勧めするヨ』
「これは――、メガからか」
「だネ」
「なんだ、見せてくれ」
端末を持たないテイテイは遅れて来人のスマートフォンから情報を得る。
「太平洋か、移動手段が無いぞ」
「そうなんだよね。天界のゲートも流石に太平洋には――」
そう来人が言いかけると、ガーネが声を上げる。
「じゃあ、ネが飛んで行くネ」
「「――え?」」
同じ頃、陸の元にも同様に端末をジャックしたメガからの連絡が届く。
「陸、行くよ」
「ああ、オレ様も丁度、まだ暴れ足りなかった所だ」
陸は黒いマントを纏い、大鎌を背負う。
そして、モシャの姿が変化して行く――。
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