藍
先日、メガコーポレーションの地下
『盾』の鬼との戦いの前に、来人は陸とある約束をした。
と言っても、端的に言えばそれは友達の家に遊びに行くというだけの、たわいのない約束だ。
そんな訳で、来人とガーネは美海と一緒に陸の家へと向かった。
「らいとぉ~、もう疲れたわよ~」
「もうちょっとで着くから、頑張って!」
陸の家、大熊家は山道を抜けた先に有った。
美海は歩きにくい山道をもう三十分も歩いてヘロヘロだ。
「みみたん、体力無いネ」
「うぅ……、もっと人間の女の子を労わって欲しいわよ……」
「しょうがないネ」
ガーネはいつもの戦闘スタイル。
大きくなった狼の様な姿になる。
「乗るネ」
「ありがと~」
結局、目的地に到着するまでのもう十分くらいの間、美海はガーネの背に乗っていた。
そうして、山道を歩いた先にある小さな家に到着。
「いらっしゃい、来人ー」
「お邪魔します」
家の中は古い日本家屋風で、土間の奥が畳み張りだ。
所々使いやすい様にリフォームした跡がある。
そして、奥からもう一人、女性が出て来た。
「その子たちが、陸のお友達?」
「うん、紹介するね。来人と宇佐見さん。で、こっちが――」
「――
藍と名乗る綺麗な銀髪の着物姿の女性。
年齢は来人や陸と同じくらいだろうが、落ち着いた様子から少しだけ大人びて見える。
「初めまして、
ぺこりとお辞儀をして挨拶を返した美海だったが、顔を上げて藍の姿を見た瞬間、ぴたりと動きが止まる。
「美海ちゃん、どうしたの?」
「ねえ、来人! この人“ラビットさん”だよ!」
「いや、誰だよ」
「料理系動画配信者の!」
「あー……」
そういえば、前に美海が料理の勉強をしていると言ってそんな動画を見せられた覚えが来人にもある。
言われるまですっかり忘れていたが、確かそれも銀髪の女性配信者だった。
「あれ? 私の事知ってくれてるんだ、ありがと」
「知ってるも何も! 大ファンです! ていうかあれだけバズっていて知らない女の子が居るはず有りませんよ! 是非、師匠と呼ばせてください!!」
「ばず……? は良くわかないけれど、嬉しいな」
藍は穏やかににこにこと微笑み、ぐいぐいと来る美海を受け入れる。
女の子二人はすぐに仲良くなった。
「ねえ、来人。バズって何?」
「大人気って事かな」
藍のチャンネルを開いて、改めて確認してみる。
そこにはゼロが六つ並ぶ登録者数。
「わーお」
そんなこんなで、来人たちは藍の作る昼食をご馳走になった。
「めちゃくちゃ美味い!!」
「私も手伝ったのよ! ほら、この玉子焼きとか!」
「どれどれ……」
美海の指す玉子焼きも一口。
「うん、美味しい! 昔と比べて本当に上達したなあ」
「もう、昔の事は忘れてよう!」
「あはは……」
しかし、来人はある違和感を覚えていた。
それは藍に対しての物だ。
ガーネの方を見れば、ガーネも同じく違和感を覚えていた様で、二人で顔を見合わせる。
「うん? どうしたの、来人?」
「ううん、何でもないよ」
この感覚は、一体――。
食後、藍と美海は片付けに。
そしてその手伝いに陸も駆り出されていた。
そんな時に、来人とガーネの元に陸の相棒、イタチのモシャがやって来る。
「二人共、ちょっといいかい?」
「なんだネ」
「いいから、こっち」
そう言って、二人を連れて家の外へ。
外には陸と藍が育てている野菜のなる畑が有る。
自然の中の美味しい空気を吸いながら、一人と二匹は適当に腰を下ろす。
そして、モシャはこう切り出した。
「なあ、藍の事……どう思った?」
「コイバナ!? いや……、僕は美海ちゃん一筋だから……」
「違う違う。真面目な話だ」
来人は居住まいを整え、改めて答え直す。
「――存在が希薄だった」
そう、藍はそこに存在するはずなのに、気を抜けば視界から抜け落ちてしまいそうな程に存在感が希薄だった。
まるで、そこに居ないみたいに。
「というか、アレは殆ど存在しないのと同義だネ」
ガーネもほぼ同様の感想を述べる。
「ああ、そうなんだ。驚かないで聞いて欲しい。――“藍は既に死んでいる”」
「は? いや、でも、実際にそこに――」
驚かないでくれと言われたが、無理な話だ。
来人は大きな声を出さない様にしつつも、やはり動揺を見せる。
「昔、陸の家族が『
「ああ、前に聞いた」
陸の一家は
陸の父リューズは
「その時に、陸の幼馴染だった藍も巻き込まれて、共に殺されてしまったんだ」
でも、藍はそこに居る。
今も美海と陸と共に、台所で食器を片している。
「神の力は想像の創造。そして、陸はその力の半分のリソースを常に“それ”に充てているんだ」
つまり――、
「――今の彼女は、陸が創造した人間って事か」
モシャはこくりと頷き、肯定の意を示す。
「
「陸は、その事を知ってるの?」
「ああ、陸は全てを理解した上で、自分の持てるリソースを注いであの
来人にも分かる。
自身の半分ものリソースを一つの創造に充て続けるという事は、蛇口を開きっぱなしの様な物だ。流れるのは水では無く波動だが。
つまり、現在の陸はそれだけ戦闘で使えるリソースが減っている。弱体化しているのだ。
「ま、そういうわけだから。陸と藍をそっとしておいてあげて欲しいって話だよ」
「そう言う事か、分かったよ」
「しょうがないネ」
それが、陸の戦う理由。
来人が秋斗の仇を討つ為に戦う様に、陸もまた藍の為に戦うのだ。
そうしている内に、家の玄関扉が開き、美海が三人を呼びに来た。
「三人とも、食後のデザートが有るわよー」
「やったー!」
「食べるネ!」
「すぐ行くよ」
その日は束の間の休息。
美味しい食事と山の新鮮な空気で皆はうんと羽を伸ばすことが出来た。
美海も藍という料理の師を得て楽しそうだったので、来人も来た甲斐が有ったと満足気だ。
百鬼夜行、その最後の波は近い。
――その日の夜。
大熊家のある山の中。
月明りの元、陸とモシャは語らう。
「びっくりしたなあ。藍の動画、あんなに人気だったなんて」
「そうだね、色んな人が見てくれている」
「……うん、藍は確かに、そこに居るんだ。その証拠が残っている気がして、嬉しいな」
藍が動画投稿を始めたのは、無意識的な自己表現。
存在しない自分が確かに存在する証拠を、この世に残す為だったのかもしれない。
「――モシャ、藍の事、二人に話したの?」
「うん、勝手に言っちゃってごめんね」
「いいよ」
陸は白い湯気を立てるマグカップから、温かい茶を啜る。
「モシャ、僕は王に成るよ。そして、藍を生き返らせる」
「王の力がどんなものか、分からないよ。藍はもう帰って来ないかもしれない」
「それでも、もうこれしか縋る物が無いんだ。だから――」
陸は、拳を握る。
陸が王を目指す目的。
それは、幼馴染の藍を蘇らせる為だ。
もっとも、王の力を以てしても死者の蘇生が可能かどうかは分からない。
それでも、
王にはそれ相応の“欲”――つまり、求める物が有る。
陸が求めるもの、それは“愛”。
それが、陸の欲。
幼馴染の女の子への愛が、陸を突き動かす。
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