原初の三柱

 部屋の奥にある畳とローテーブルのスペース。

 いつの間にかそこの座布団に腰掛けていた、薄い緑色の長髪をした着物姿の女性。


「私はアナ、そこの水溜まりと同じく原初の三柱が一つだよ。今はそこの王に変わって執務を執り行う補佐をやっている」

「あ、どうも……」

「まあ、君も座りたまえ」


 そう言って、アナは自分の対面の座布団を指す。


「あ、じゃあボクも――」

「お前が座ると畳が水浸しになるだろう、やめなさい」

「ちぇー」

「それじゃあ、失礼します」

 

 そんな説教を受けている初代王をよそ目に、来人はおずおずと座布団に腰を下ろす。

 ガーネもとてとてと来人に近寄って来て、傍で腰を下ろす。

 

 そうすると、アナは来人へと向き直る。


「今日はわざわざ来てくれてありがとう。ライジンは元気にしているかい?」

「あまり家に帰らないんで分かりませんが、多分元気だと思いますよ。というか、父はあまり天界こっちへ来ないんですか?」

「そうだね。核を偶にイリスが持って来るのを見かける事は有るが、ライジンは顔を出さないよ」


 何か理由が有るのだろうか、それとも天界に自分が赴く事も出来ない程忙しかったのだろうか。

 そう来人が考えていると、まるで心を読んだみたいに、水の姿をしたアダンが答えてくれた。


「ライジンは神王になる権利を得ていながら、一度その権利を放棄したからね。あまりよく思わない神も居るだろうさ」

「ライジンは誰よりも王に相応しい器を持ちながら、王に成る事を拒んだ男だよ」

「……そうなんですね」


 という事は、元は三代目神王は父来神が継ぐはずだったという事になる。

 どうして、成らなかったんだろう。

 きっと、聞いても答えてはくれない気がする。

 あの父親なら、笑って適当な冗談で誤魔化してしまうだろう。


「そういえば、お爺ちゃん――いえ、二代目はここには居ないんですか? あと、三柱のもう一人も」


 王の間だと聞いていて、二代目神王である祖父にも会える物だと思っていたが、どうやらここには原初の三柱のうち二柱しか居ない様だ。

 どうしてか、アナは気のせいかと思う程の一瞬ぴくりと眉を顰めた後、答えてくれた。


「ああ、君の祖父――二代目のウルスは天界の端っこの山に籠っている物好きさ。全く、ライジンといいウルスといい、どいつもこいつも好き勝手に……」


 と、お小言を漏らす。

 

 来人はちらりとアダンの方を見る。

 この初代も初対面で身分を隠してフレンドリーに接して来るというなかなかの曲者だったし、神様というのは皆そういう変人ばかりなのだろう。

 補佐をしている真面目そうなアナは大変そうだ。


「大変そうですね」

「全くだよ。でも、君は素直そうで良かった」

「あはは……」


 素直かと言われると来人自身としてはそうでもない気もするし、どちらかというと父や祖父に似ている様な気がしないでもないので、笑って誤魔化す。

 

「それで、もう一人の三柱は――」


 来人がそう言いかけると、空気が変わる。

 先程までの和やかな雰囲気から一変、ぴりっと張りつめた重い空気。


「あ、えっと、あの……」


 まずい、地雷を踏んだ。

 来人はそう確信した。

 最初はわざと一度触れずにスルーしたのだと気づいたが、しかしもう遅い。


 少しの間を置いた後、アダンが答えてくれた。

 

「――あいつはボクの身体をこんな風にした張本人だ。ま、君は気にしなくてもいいよ」


 こんな風に、つまりアダンの身体を――アイデンティティたる姿を破壊した、張本人。

 神様も一枚岩では無い、悪しき神も居るという事だろう。

 その空気感から、来人にもある程度事情を察する事が出来た。

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