王位継承戦

 翌日、起床した来人は朝一番に美海へ昨日のフォローの連絡を入れた。

 

 美海は昨日裸足で走った足の怪我で歩くのが大変で、暫くは大人しくしておくらしい。

 デートの埋め合わせはまた後日だ。

 あんな化け物に襲われれば普通の女の子ならトラウマ物だろうが、声を聞く感じでは美海は意外と平気そうにしていた。

 心配させまいと明るく振舞っていただけかもしれないが、それでも、来人はそれにほっと胸を撫で下ろした。


「さて、分からない事だらけだけど――」

 

 記憶を取り戻して、神様の事や諸々気になる事は多いが、何をするにもまずは腹ごしらえだ。

 そう思いつつ、来人は大きく伸びをしながらリビングへ向かう為に階段を降りると、ぬっと目の前に金髪のメイド服姿の女性が現れた。


「坊ちゃま、おはようございます」

「あ、イリスさん。おはようございます。丁度良かった、何か朝食を――」


 天野家で働く使用人メイドのイリスだ。

 イリスはふんわりと綺麗にパーマをかけた金髪のロングヘアーの女性で、共働きの両親に変わって天野家の家事全般をやってくれている。

 元々は父の秘書をしていたが、訳有ってうちの使用人に転職したと聞かされていた。

 しかし、今なら分かる。

 父の秘書とはつまり、イリスもまた神様絡みだ。


「いえ。その前に、少しお時間よろしいでしょうか?」

「どうしたんですか?」

「まあまあ。こちらへいらしてください」


 イリスはそう言って、少々強引に来人の背中を押して廊下の奥の扉の方へと連れて行く。


「ちょ、ちょっと!? その部屋って、使われてない物置じゃー―」

「大丈夫、すぐに終わりますわ」


 物置の扉の縁が一瞬光る。

 扉が開くと、その奥は真っ白な光で包まれていた。

 

「それでは、行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」

「うわああっ!!」

 

 来人はイリスの手によってその光りの中へとぶち込まれてしまった。

 相手は女性だと言うのに、全く抵抗出来なかった。


「――っわっと。えっと、ここは……?」


 扉の白い光を抜けた先は、これまた白い部屋だった。

 確実にここが物置では無い事は分かる。


「ここは天界、神々の世界だよ」


 どこからともなく声がする。


「誰?」


 来人がそう問うが、返答はない。


 部屋を見渡してみると、壁には食器棚や本棚、何やら生活感が有る。

 そして、その中で一際異質な存在。

 部屋の中央に小さな泉が有った。

 

 来人は泉に近づいて覗き込んでみる。


(綺麗、まるで海みたいだ……)


 膝下までしかない程度の浅い泉のはずなのに、吸い込まれそうな程に深い海の色。

 来人がその不思議な泉に見入っていると――、

 

「ざばーーーーん!!!」


 叫び声と共に、泉の水が吹きあがる。


「うわああああ!? なに!? なに!?」


 来人は驚いて身体をびくりと震わせて、後方へ飛び退き、尻もちを着く形になる。

 覗き込んでいた来人の頭はずぶ濡れだ。


「どう? びっくりした?」


 先程の声の主は、“泉の水そのもの”だった。

 人型を模している訳でも無い、ただの水だ。

 しかし、そのただの泉の水が一部浮き上がり、言葉を発している。

 

「え……びっくり、した……けど……?」


 来人は目を白黒とさせて状況を把握しようと必死だが、まだ心臓がばくばくと高鳴っている。

 喋る泉の水は重ねて話しかけて来る。


「やったね! 大成功!」


 泉の水? 泉の精霊? はきゃっきゃとはしゃいでいる。――様に見える。

 何分人型ですらない水の表情を来人は読めなかった。


「えっと、君は?」

「ボクはアダン! 神の力に目覚めたキミとお話がしたくってね」

「そっか、君も神様絡み――って、その姿ならそりゃそうか」

「まあね~、イケメンでしょ?」

「うんうん、目元がシャープだね」


 勿論ただの水に目元も何も無い。

 

「ははっ、面白いね、キミ!」

「僕は来人、よろしく」

「うん、良く知っているよ。よろしくね、ライト」


 何者だか分からないが、来人はフレンドリーな泉の精霊アダンと仲良くなった。


「そうそう。キミはライジンからどこまで聞いてるの?」

「ライジン……って言うと、父さんの事か。どこまでって、全くこれっぽちも。父さんは仕事であんまり帰って来ないんだよ。だから僕は小さい頃に知っていた事以外、何も知らないよ」


 ライジンとは、来人の父親である天野来神らいじんの事だろう。

 普段は仕事で世界中を飛び回っていてあまり家に帰らない父だが、来人の思い出した記憶によると神様らしい。

 

 来人は神である父から殆ど何も聞かされていなかった。

 それこそ思い出せたのは、幼い頃から何となくの感覚で使えた神の力と、改ざんされていた秋斗の死の記憶だけだ。


「――ああ、仕事ね。ライトはライジンの仕事が何か知っているの?」

「いいや、世界中を飛び回ってるって事くらいしか」

「そうか、じゃあ教えてあげるよ。キミも昨日遭っただろ? “鬼”。――ライジンの言う仕事っていうのは、それを討伐する事だ」


 鬼、秋斗を殺したのと同じ存在。

 

「キミも、その鬼と何か因縁が有るみたいだね」


 アダンはまるで来人の心の内を見透かした様に、そう言った。

 

「うん。――親友を、殺されたんだ」

「憎いかい? 仇を討ちたいかい?」

「……そうだね、そうかもしれない」


 少し逡巡した後来人がそう答えると、ざばんと一度浮かび上がっていた水――つまりアダンは泉の中へと引っ込んで行った。

 そして、すぐにまたざばんと水の一部が浮かび上がり、アダンと一緒に泉の底から変な形の金色のアクセサリーが浮かんできた。

 そのアクセサリーは来人の方へとぷかぷかと流れて来るので、来人はそれを拾い上げる。


「これは?」

「これは“王の証”。この世界に同じ物が三つ存在する内の一つだよ。そして、これは代々血を受け継ぐ者の中から神々の王を決める戦い――王位継承戦おういけいしょうせんに参加する、神王しんおう候補者に渡す決まりになっているんだ。だから、これはライトにあげるね」


 王の証――それは来人の持つ十字架のアクセサリーと同じくらいのサイズだが、今までに似た形状の物を見た事が無い。

 「く」の字と「V」の字、その二つの似ている様で若干形の違う字の広がった方同士を合わせて、中央に四角系の穴が出来た様な形状だ。

 

「え、僕にって……でも、アダン君の話だと、これって王様になる人が持つんじゃ――」

「うん。キミは神の王の血を受け継ぐ三代目神王候補者だよ」

 

 衝撃の事実に、来人は言葉を失った。

 今まで人間として生きて来たと言うのに、自分が神様の、それも王様に。実感が湧かなかった。


「キミの祖父が二代目で現神王なんだけど、訳有って王の力を振るえなくなってしまってね。新たな王を立てる必要が有るんだ」

「お爺ちゃんが……?」


 来人は幼い頃、祖父とは何度か遊んでもらった記憶がある。

 しかし、ここ最近は会った記憶が無い。

 あのお爺ちゃんが、今の王様?


「他にも二人の神王候補者が居るから、彼らと競い合って貰おう事になる。だからキミにも王位継承戦おういけいしょうせんまでに力を付けてもらわないといけない訳だけど――、差し当たっては、キミにも鬼退治の仕事をやってもらおうかな」

「待って待って、急過ぎる。まだ神様になるって決めた訳じゃー―」

「いいや、力に覚醒したキミはやらなければならない」


 先程までの明るい雰囲気と打って変わって、アダンの声には有無を言わさぬ圧が有った。


「アダン君、君は何者なんだ……?」

「さあね、今のボクはただの水だよ。でも、キミにとっても悪い話じゃないだろう? 鬼退治をしている内に、親友の仇に会えるかもしれないよ」

「それは……」


 来人は、考える。

 これまでの経験を思い返す。


 鬼に殺された秋斗。

 一歩間違えれば同じ様に鬼に殺されていたかもしれない美海。


「ああいう鬼は、他にも沢山居るんだよね」

「そうだね。倒しても倒しても際限なく産まれて来る」

「僕が王様になれば、何か変わるかな」

「どうだろうね。でも、完全な王の力を振るえれば、或いは」

 

 来人は神の王の座になんて興味は無い。

 それでも、秋斗の様な被害者を、そして自分の様に大切な人を失って悲しむ人を、自分の手で一人でも多く減らせるのなら、来人が剣を握る理由としては充分だ。


「――分かった、やるよ。僕は、神になる」


 来人は手の中に有る王の証を握りしめ、そう答える。


「良い返事だ」


 アダンは満足気だ。


「帰りは来た時と同じ扉だよ」

「うん、ありがとう」


 来人は来た時と同じ様に扉の奥の白い光に入り、天界を後にした。

 

「それじゃあ、また会おうね、ライト」

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