espressivo

花火仁子

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 部屋の掃除をして、いらなくなった本と服を売りに行く。結果、530円。あと10円足りなかった。好きな人が吸っている煙草に。私はいつも、好きな人が吸っている煙草と同じものを吸う。煙草の銘柄が変わる時、それが、私の、新しい恋が始まった合図。


 煙草を吸わない人を好きになったことがある。なんとなく、つまらなくて、吸い始めたのがキャメル。今思えば、最初からつまらなかった。3年間、つまらなかった。切り抜けば、楽しい瞬間はある。逆を言えば、切り抜かなければ、楽しかった時間は、ない。どうしてこの人と3年も付き合っていたのか。


「ずっと一緒にいてね」

 という言葉に、私は

「うん」

 と、返事をしてしまったから。


 言葉の呪い。


「そんなの、守らなくて良いよ」

 その言葉で、呪いが解けた。いつだって、呪いをかけるのは言葉だ。その呪いの解き方が3年も、分からなかった。やっと分かった。言葉の呪いを解いてくれるのは、言葉だってこと。


 それと同時に、言葉の呪いを自分の言葉で解くことはできないことを知った。誰かが言ってくれなければ解けないのだ。


 3年かかって、やっと言ってもらえた言葉。解いてもらえた呪い。


 私はその日からキャメルを吸わなくなった。そして、ラークを吸うようになった。


 まるで、終止符を書き、新しい曲のテンポを決めた作曲家のような気分で。

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espressivo 花火仁子 @hnb_niko

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