第12話 歓迎会
「水口~もう終わったよー!」
「はーい!…行こ、間宮ちゃん!」
「…はい!」
この中でもう1人の先輩、浅見(あさみ)さんから声をかけられオフィスに戻る。
その途中でも2人は「いつまで続くのかねーこれ」「田中が更生するまでじゃない?」とめんどくさそうに愚痴を吐き続けた。
「…間宮君、ごめんね!」
戻ると社長から申し訳なさそうに声を掛けられて、私は「大丈夫です。」と言うしかなかった。
「さ、嵐は過ぎた事だし歓迎会しよ!今夜はいっぱい食べていいからね!」
「…嵐って…本人が居ないところで言ってくださいよ。」
片眉を上げながら、口角をひきつらせている田中さんを見て、周りが「田中奢れよー」と野次っていた。
(あそこまで巽を追い込んだ人に見えない。)
話を聞いて尚、やり取りを見ていると
私は田中さんが悪い人には見えなかった。
「かなちゃん、気遣わなくていいからね。」
…でも、周りに気付かれないように耳打ちをして、ニッコリと笑う巽を見ていると胸が痛くなった。
(田中さんに酷いことされてない?)
と、聞きたくてしょうがなかった。
ーーーー
「田中ーのめぇー!!」
水口さんがジョッキを片手に田中さんに駆け寄り、一気に田中さんの口にビールを流し込んだ。
溺れる田中さんと楽しそうな周囲を見ても、巽に当たっている事がなければ…普通に親しみがいのあるお兄ちゃんにしか見えない…。
(なんなら、逆に虐められてるようにしか見えない。)
「…満(みつる)がねぇー、高校生の時はねー荒れて姉ちゃんが手をつけられないって一時期預かってたのよ!…それで、献身的に向き合おうとするけど、「うるせぇ!」つって出てくのよ…大変だったなぁー。」
社長は初っぱなからエンジン全開で酔い潰れ、私に田中さんの話を永遠と聞かせていた。
(可愛くてしょうがないんだろうなー。)
この人も知ってて素知らぬ顔をしているのに…何故か憎めない。
(なんなのこのDNAは…)
「…"間宮さん"社長は酔ったら田中さんの話しかしないから、こっち来なよ。」
巽に呼ばれて、隣に座る。
(なんか、こーいうこと考えるの今凄く場違いなんだけど…彼氏が同僚で働き者の彼氏とスーツ着崩した彼氏が両方見えるの…アツい…。)
「あっ、一人占めしようとしてるー!」
「てめぇ、河口!お前はそこを変われい!」
浅見さんと水口さんが巽に突進して、田中さん同様にビールを流し込んでいる光景を見て、この飲み会クラッシャー達恐ろしいなと生唾をのみ込んだ。
「間宮さん、楽しい?」
「あ、はい。楽しんでます!」
田中さんから声を掛けられて、思わず背筋が伸びる。
「緊張しないで大丈夫だよ、俺怖くないから。」
(いや、めちゃくちゃ怖かったがな。)
ツッコミを入れたい気持ちを抑えて、「そんなことないですよー」相槌を打つ。
「ウソだー」と笑う田中さんを見て、ますますもどかしい気持ちになる。
(いい人そうなのになー。)
近所のヤンチャだけどやさしいお兄ちゃん感全開のこの人が裏で巽に陰湿な事をしている想像が付かない。
私はここに来て、自分が何をしようとしているのか分からなくなってきた。
(嘘を付かれてたかもしれないのに…。)
自棄になってグラスに手を伸ばした時、田中さんに止められる。
「…俺みたいなタイプ、嫌いそうなのにね。」
「…えっ」
ずしりと響いたその言葉は、あの時聞いた言葉と同じ位いつまでも経っても頭の中から消えない。
耳に残る重みが効いた低い声。
怖くなって、机の下でスーツの裾を握った。
田中さんの手が伸びてるような感じがして、裾を握る手に力が入った。
「…ま、誰でもそうだよ。俺に対しては。」
「…田中さん、人の同級生カツアゲしないで下さい。」
田中さんの伸びていた手が止まる。
巽がもし止めていなかったらと考えると、鳥肌が立った。
「こら、田中、のめーー、!」
「田中さんにだけはアルハラしていいって聞いてます!!」
水口さんに続いて、浅見さんが再度ビールを田中さんの口に流し込む。
(多重人格じゃん、絶対ヤバいアイツ…)と怖すぎてこの宴会ムードに付いていけなかった。
「大丈夫?」
ヒヤッとした冷たさに違和感を感じて、机の下のシワシワになっているスーツの裾に目線を落とす。
「…大丈夫。」
裾を握っていた手に重ねられてる手が、
巽の手だったことに安心し、強く握り返した。
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