第14話 陽翔と酔っぱらい




「陽翔。メシ」


 陽翔ちゃん呼びじゃないのかよ。呼び方変えたのかよ。

 メシって一言だけですんなり出てくると思うなよ。せめていつもみたいにご飯まだって催促しろよ。

 そう思っていただろう。

 思うだけ。

 実際に口には出さず、食事を出していただろう。

 だけどそれは、碧に対して、だ。


(………もしかしてまた夢なのか?)


 陽翔はとりあえず思いっきり両頬を引っ張った。

 痛かった。

 夢ではないらしいがこの方法だけでは夢ではないと断言はできないので、夢かもしれないし、現実かもしれないと思いつつ、身体を相手の真正面に向けた。

 ぷんぷんとお酒の匂いを漂わせる男性に。

 あの、母が大好きなモデルの、アオ、に。

 そして、言った。

 家を間違っていますよ。


「間違えてない」


(ああそうか。夢でも現実でも、酔っぱらいにまともな答えを求める方が間違いだったか)


 陽翔は理解して台所へと向かいながら、思った。

 もしここで碧が帰って来たら、思考は一気に現実に傾くだろう。

 今日は碧が帰って来る予定日だった。


(破壊してなくても、強面だな)


 冷蔵庫にあった、うどん、きゃべつ、豚肉、焼きそばソースで、うどん焼きそばを、冷凍庫にあった、人参と玉ねぎとグリンピースのミックスベジタブルと、コンソメキューブでスープを作って皿に盛りつけ、お箸とスプーンと一緒にお盆に乗せて、持って運んで、もしかしたらいないかもと思いつつ居間に戻ったが、食卓にまだついていた。


(………もしかして、ぼくの秘められた願望、とかじゃ、ない、よな)


 陽翔は身震いしつつ、モデルのアオの前にお盆を置いて、さっさと客間に戻ろうとしたら、前に座れとモデルのアオに言われた。

 無論無視しようとした。

 さっさとこの場から立ち去りたかった。

 火照りや動悸や手汗や定まらない視線や瞬きの多さなどの不快な症状から解放されたかった。

 のに。


 ぼくはあろうことか、モデルのアオの真正面にあたる椅子に座っていた。











(2023.10.29)



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