【一話完結】勇者様がまたタル蹴ってる

おもちさん

勇者様がまたタル蹴ってる

 荒れ果てた地に佇む堅牢なる魔王城。ここで今3名の若者が、城門を突破しようと果敢に挑む。


 彼らは絶望的な戦力差を物ともしない。なぜならば、世界の命運を両肩に背負う、勇者一行であるからだ。



「食らえ魔王軍! フルスイング・スラッシュ!」



 勇者ロボリクスは、鋼鉄剣による痛烈な一撃を放った。しかし、厚い鉄扉はビクともせず、傷の1つさえつかなかった。


 突破は叶わない。それどころか攻撃の隙を狙われ、飛矢を射込まれる窮地に陥った。



「クソッ、失敗か。だったらもう一度!」


「勇者さん、敵の新手が来ました! コウモリ兵の大軍です!」



 そう叫ぶのは錬金術師のサトゥル。彼は戦う術に乏しく、肉弾戦とは無縁の男である。敵の接近には敏感だった。


 急ぎ迎撃しなくてはならない。しかしロボリクスは、無数の矢を弾くだけで手一杯だ。他に戦える者と言えば、サトゥルよりも細腕の少女だけである。



「サーラ! 魔法で攻撃だ、一気に焼き払え!」



 精霊術師のサーラは、高火力の魔法を扱える。しかし燃費は悪く、継戦能力に課題を抱えている。それはこの重大な局面であっても、変わりなかった。



「ん、もう無理。魔力が空っぽ」


「そこは何とか踏ん張れよ! チームの危機だぞ!?」


「分かった。最後の力を振り絞る。えいや〜〜」



 サーラは杖の先を煌めかせた。すると、勇者達の目にする光景が代わる。辺りは荒野ではなく、緑の生い茂る大草原に変貌した。つまりは転移魔法で逃げたのである。


 ロボリクスは不満を覚えるも、ピンチだった自覚はあり、強くなじる事が出来ない。結局は悔しさを滲ませながら、ドカリと座り込むばかり。



「クソッ、敵の備えは万全だ。突撃は無謀だったか……」


「勇者さん。ここは堅実に行きましょうよ。一か八かの賭けなんて性に合いません」


「そうは言うけどな、サトゥル。そろそろ魔王を倒さないとダメだろ。街の人も、王様も何かとウルサイ」


「まぁね。最近じゃ『まだ倒してないの?』だなんて圧をかけられてますし」



 魔王を倒したい気持ちはある。しかし実を言うと、ロボリクス達にはキーアイテムが足りない。それは先祖代々伝わる聖剣だ。魔王軍に対抗できる唯一無二の武器とも言われる名剣だが、手元にないのだ。


 なぜなら、台座に封じられた聖剣を手に入れる事が出来なかったからだ。剣を引き抜くどころか、毛の先程も動かないという、惜しいの「お」の字も無い結果だった。



「ちなみに勇者さん、聖剣って必須なんです? 何か裏技とか無いんですか?」


「さっきも試したろ。アレが無けりゃ100万パワーに届かないんだ。魔王を倒すどころか、城門だって破れないぞ」


「そもそもなんですけど、何で聖剣に拒絶されたんですかね。もしかしてアナタ、実は勇者じゃないとか?」


「んな訳あるかフザけんな。我が家は代々、数千年前から勇者業やってんだぞ。正真正銘の老舗だ、老舗」


「いやいや冗談ですから。そんな怒らないで。ねぇサーラ?」



 話題を振られたサーラは、茫洋とした瞳を虚空に向けていた。空にたゆたうアゲハ蝶を眺めているのだ。ただし話を聞いていない訳でなく、ゆったりとした口調で答えた。



「聖剣に拒まれた理由は明白。宝珠が問題。1つだけ反応が妙に微弱。恐らくは紛い物」


「えっ、そうなのか!?」



 ロボリクスは、腰の革袋から色鮮やかな宝石を取り出した。全3種で、それぞれ『地』『海』『空』の属性を持つものだ。聖剣を手に入れるために必須のアイテムで、どれか1つ欠けてしまっても意味を為さない。


 半信半疑のサトゥルが、薬品を宝珠にかけてみた。違いは一目瞭然だった。



「ほんとだ。海の宝珠だけ光が弱い。つうか、ほとんど光ってない」


「明らかに粗悪品。いや、レプリカとでも言うべき。水属性のマナがほとんど感じられない」


「これ、どこで手に入れたんだっけ?」


「確かシースの城下町ですよ。そこの骨董品屋で買ったやつです」


「クソッ……世界を救う勇者にパチモンを売りつけやがって! 成敗してやる!」



 実際、報復に出た。ロボリクス達は速やかにシースの街へと赴き、問題の店まで最短距離で駆けつけた。



「勇者一行だオラァ! 覚悟しろゴウツク爺!」


「ヒッ! 何かご用かね!?」


「ご用じゃねぇよこの野郎! 海の宝珠は偽物だったぞ、よくも騙しやがったな!」


「何の話かと思えば、そりゃあそうだろう。お前さんは世界に2つとない品が、50ディナぽっちで買えるとでも思ったのかい?」


「えっ、いや。でも商品名に『海の宝珠』って……」


「レプリカである事は、考えたら分かるだろう。もう少し洞察力を身に着けなされ。もし本物だとしたら、1億ディナでも足りないくらいだ」



 完膚なきまでに言い負かされたロボリクス達は、すごすごと退散した。そして裏路地の階段で座り込む。


 時折、物乞いが金をせびりに来たのだが、相手にするだけの気力が湧かない。



「どうすんだマジで。八方塞がりだぞ」


「勇者さん。いっそ聖剣に頼らないで魔王を倒すってのは?」


「それは無理だって。魔王に太刀打ちできない。仮に倒せたとしても、その後が問題なんだよ。封印が出来ないからな」


「そうなんですか、サーラ?」


「勇者様の話は事実。魔王を封じるには強力無比なマナが必要。その条件を満たす武具は、聖剣以外に存在しない」


「そっかぁ。サーラが言うんじゃ間違いないだろうね」


「それはどういう意味だ」


「いやいやアハハ。ともかく、海の宝珠を探さなきゃならないんですけど……」



 サトゥルは言い淀んだ。彼も、その道が険しい事を重々承知しているからだ。



「どこにあるのか、サッパリ分からないんですよねぇ……」


「ヒントは大海原の浅瀬で、なおかつ朝日がスフィッと差し込む場所。碑文にはそう書いてあったな」


「曖昧過ぎませんか。どうしてご先祖様は、謎解きだとか、ボヤッとした記述を残すんですか。街から何歩進んだ所、とか書いてくれた方がよっぽどマシですよ」


「文句言っても始まらないだろ。こうなったら交易船じゃなくて、自由に航海して探さなきゃな。だから船を買い取る必要があるぞ。いったい何ディナ必要かは知らんが……」


「あの、一応言っておきますけど、僕はお金を出しませんから! 共有の財布から出しましょ、ね? ね?!」


「金の心配より世界の心配をしろよ。早く魔王を倒さないと破滅なんだぞ、破滅!」



 ロボリクス達が言い争う間、サーラはまたもや違うものを視ていた。それは道端に転がるタルで、今にも朽ち果てそうである。



「遊んでんなよサーラ。お前も少しは参加しろ」


「遊びじゃない。解決法を探ってる」


「壊れかけのタルに何の意味が」


「とりゃ〜〜」


「おい、何で壊した!?」



 辺りに金具や木片が散らばった。サーラはその場で座り込み、足元の残骸に触れた。



「やっぱり。答えはココにあった」


「サーラ、分かるように言えっての」


「海の宝珠は、水属性の力を圧縮して結晶化させたもの。つまり、水属性のアイテムさえあれば生成可能」


「えっ、マジで?」


「そして、このホコリ。タルの中で湿ってた。つまりは水属性を孕むものだと言える」


「それは、つまり……」


「見つからないなら作ろう、と言うお話」


「おいおい、聞いたかサトゥル!?」


「もちろんですよ勇者さん! これでバカみたいにウロつかずに済みますね!」



 小躍りするロボリクスとサトゥル。だが、無邪気に喜べるのはここまでだった。



「浮かれないで。たくさん素材を集めなきゃいけない。ここからが大変」


「そりゃそうか。具体的に何をすれば?」


「今みたいに湿ったホコリを集めて。一定量貯まったら、私が作ってあげる」


「一定量ってどれくらいだ? まさか、革袋を満杯にとか言わないよな?」


「そんな訳ない」


「だよなぁ。そんなに集めるのは流石に一苦労だ」


「小山を成すくらい。恐らく、家一軒を埋め尽くしてしまえる程度には必要」


「ハァ……?」



 ロボリクスは、冗談が下手だなという顔をした。対する返答は、無表情な否定である。



「とにかく集めて。口よりも手を動かす。さもなくば魔王討伐なんて不可能」


「わ、分かったよ! やれば良いんだろ!?」



 こうして勇者達は、タルを壊す生活に埋没した。街中に破壊の風を巻き起こし、目ぼしい物が無くなったと知れば、よその街へ移る。それの繰り返しだ。


 まるでイナゴの災厄にも似た動き。勇者の手による奇行は、津々浦々で目撃される事となる。


 例えば、とある片田舎にて。



「あっ、勇者様! いつぞやは不埒な悪魔ことオイルマンを封印していただき、ありがとうござい――」


「悪いなお嬢さん。お喋りしてる暇は無いんだ!」


「えっあの、勇者様!? どうしてタルを!」



 ロボリクスたちの破壊工作は、時が経つにつれて合理的になった。まずサーラが探知魔法でタルの位置を認知、それをロボリクスが壊して回り、サトゥルがホコリを受け取る。


 そうして両手1杯分の量が集まるのだが、大半は廃棄である。サトゥルが作成した薬品を振りかけ、青く染まった部分のみ抽出。残りはそこら辺に捨てる。


 そんな作業をひたすら延々と繰り返した。魔王軍などそっちのけ。一日たりとて休まぬという勤勉ぷりだが、その生真面目さが裏目に出た。


 一般市民の不満が、急速に高まったのである。



「おい、突然勇者が来て、店のタルをぶっ壊したんだが!?」


「ほんと困ったもんだよ。魔物の討伐はしないし、物を壊して回るし。どうかしちまったのかい?」



 勇者の名声は地に落ちた。行く先々で向けられる視線も、酷く冷たいものとなっている。ロボリクスは心当たりがある手前、抗弁など出来ようもない。ただただ、コソドロの様に退散するばかりである。



「クソッ。まるでお尋ね者じゃねぇかよ」


「流石にやりすぎましたね。店や民家の中に踏み込んでまで、キッチリ丁寧に壊しましたから。屋外のだけに絞れば、多少はマシだったかも」


「仕方ないだろ。素材が全然足りてないんだから」



 ロボリクスは革の小袋を揺すった。数ヶ月かけて、やっとこの量である。指定された分を集めきるのは、果たして何年、いや何十年後になるか、全く見通せなかった。



「サーラ。この量で何とかならないか?」


「何ともならない」


「正直言って、もうタルは諦めた方が良いぞ。全く足りてないとは思うが、これで作ってくれよ」


「無理なものは無理。だけど、ブーストアイテムがあれば、出来なくもない」


「それはどんな物だ?」


「例えば、サトゥルが後生大事に隠し持ってる宝石とか」


「ハァ……!? じゃあもう解決じゃん!」



 ロボリクスは手のひらを出して要求した。しかし、サトゥルは歯を剥いてまで拒絶を示す。



「嫌です、これだけは絶対に渡しません!」


「お前は状況がわかってないのか? もっとも、事情次第じゃオレも考え直すけど」


「これは財テクですよ。この世に2つとない、メチャクチャ高価な代物なんです。旅が終わったら店を開きたいんで、その資金に充てようと――」


「はい没収」


「うわっ、そんな酷い! 後で絶対お金払ってくださいよ、1ディナだって負けませんからね!」


「うるさいな。そんな話、世界を救った後にいくらでも聞いてやる」



 ロボリクスは、宝石入りの小箱をサーラに手渡した。それからは、生成シーンだけを見ていた。少なくとも、涙目になってまで唸るサトゥルの方には、顔さえも向けない。



「精霊神よ、我ら大地の子が縋り、ここに願う」



 サーラは静かに詠唱を唱えた。途端に風が吹き、彼女の金色の髪や、短いスカートが揺さぶられる。


 ロボリクスに魔術の事は分からない。しかし、ただならぬ光景だとは理解できる。


 これでようやく苦労が報われる。そう思って眺めていたのだが、様子は途端に怪しくなった。



「あまねく精霊達よ、奇跡の……。きせ、kikiss、奇跡の……」


「おい、どうしたんだサーラ?」


「ちょっと詠唱がうろ覚え。滅多に使わないヤツだから。参ったね」


「何だそれ。お前だけが頼りなんだぞ」


「ええと、あまねく精霊たちよ、精霊たちよ……。うーーん。あ〜〜その、ソイヤッほい!!」


「強引にやりやがった! 大丈夫かよ!?」



 ここで辺りに閃光が駆け抜ける。それが止んだ頃、サーラの手のひらに一粒の宝石が舞い降りた。それは透明に蒼の混じる色味に染まり、眩いほどの光沢を持つ球体だ。見るものの心を奪うほどの美しさが、そこにあった。


 他の宝珠と比べて遜色はない。見た目に関して言えば、であるが。



「これで出来たんだよな? 完成だよな?」


「まぁそこは、使ってみない事には」


「そりゃそうだ。早速試してみるか!」



 善は急げとばかりに、聖剣の眠る『神の隠れ家』へと向かう。


 剣は今も変わりがない。純白の台座に突き立ちながら、今代の主を待ちわびていた。



「頼むぞ色々と。タルを蹴って回る生活は、もう勘弁だからな!」



 ロボリクスが柄を握りしめ、力を込める。すると腰の革袋が、鮮やかな光を帯び始めた。三種の宝珠が、役目を果たさんとばかりに輝くのだ。これには一同の期待も膨らんだ。


 握る柄に力を込めて、引き上げていく。すると徐々に刀身が露わとなり、ついに、入手する事に成功した。



「よし、よしよし! やったぞお前ら!」



 ロボリクスの胸に喜びが駆け抜けていく。それは、長年に渡って苦楽を共にした仲間たちも同様だ。



「いやぁ良かった! これで船を買い取るだとか散財をしなくて済みますね!」


「私も安心。術式が割と適当だったから。これで責任を取らされずに済む」


「お前らの目的意識!」



 抱く想いは大同小異。ともかく、キーアイテムは手中に収めた。3人はその足で、荒野の魔王城へと赴いた。



「よし、まずは城門の突破だ。2人とも頼むぞ」


「バフポーションを振りかけました。お代は500ディナで良いですよ」


「プロテクトギア〜〜。これで、素早さはそのままに、鋼鉄並みの強度になった」


「助かる。後は任せろ」


「やったれ勇者さん! 100万パワーだ!」



 全身を強化したロボリクスが、先陣を切った。光の筋を宿して駆け抜ける様は、さながら彗星のごとく。


 そして鉄扉に向かい、渾身の技を放つ。



「吹っ飛べ魔王軍! 聖剣ソバット!!」



 ロボリクスによる全力の飛び蹴りは、凄まじい威力だった。重厚な扉は力任せに弾け飛び、見るも無惨な穴が空いた。


 これが100万パワーの破壊力だ。完全体となった勇者を止めることは、堅牢な城塞であっても叶わない。



「よし、突破するぞ!」



 穴をくぐって突入する一行。妨害は全くない。先程ロボリクスが鉄扉を蹴りつけたことで、飛び散った無数の破片が魔王軍を蹂躙し、殲滅したためだ。


 この攻撃には雑兵はもちろんのこと、5人の四天王までも為す術なし。全身に風穴を空けて落命したのだった。



「やっと着いたぞ、玉座の間だ!」



 ロボリクス、ここでもソバットで蹴破った。扉に大穴が空き、室内を鋼鉄の破片が飛ぶ。


 しかし、魔王に小細工は通用しない。その体に届くどころか、宙空で燃え尽き、塵となって消えてしまう。



「クックック。今代の勇者は酷く行儀が悪いな」



 真っ赤な肌に、筋肉で膨れた体を揺さぶって笑う。魔王マッカダガヤの威風に、サトゥルやサーラは身をすくませた。


 ただ唯一、勇者だけが勇ましく身構えた。中段に掲げられた聖剣も、存在を知らしめるかのように眩く煌めく。



「魔王。お前の悪行もこれまでだ!」 


「来るか小僧。返り討ちだ、地獄の底へと送り届けてくれようぞ!」


「100万パワーを食らって眠りやがれ! 聖剣スラッシュ!」



 ロボリクスは大きく振りかぶると、剣を一閃させた。狙うは首筋。斬り伏せて、弱ったところを封じる。それが作戦だった。


 しかし渾身の剣撃は、魔王の爪によって止められた。いとも容易く、笑う余裕すら晒しつつ。



「なっ!? 技は完璧だったのに!」


「愚かなる勇者、いや矮小なる人間よ。このワシが封じられている間、何もせずに眠りこけていたと思うか?」



 魔王は、両手の爪で交差するよう切り替えした。それで聖剣の刃は、その中心から折れてしまった。



「そんなバカな! これまで何度もお前を打ち倒してきた剣が、真っ二つになるだなんて!」


「笑止! 確かにかつてのワシは弱く、100万パワーがせいぜいだった。しかし、長い眠りに就く間、気まぐれに鍛えた結果、今や101万パワーに迫る強さを手に入れたのだ!」


「畜生! 卑怯だぞ、こっそり鍛えやがって!」


「クックック。これで目障り極まる勇者一門もお終いよ。聖剣を振り回すだけが能の、くだらぬ下等生物など敵にもならん。四肢を丁寧に切り分けた上で悶死させてくれるわ!」


「クソッ、諦めてたまるか! オレだけ魔王を倒せなかったら、皆に陰口を叩かれるだろうが!」



 勇者には負けられない理由がある。それが彼に無限の力を与えた。


 ロボリクスは、素手のまま突撃した。そして魔王の足を目掛けて蹴りを放つ。その動きは、タル壊しで慣らした動作である。


 つまり、厳しい鍛錬を積み上げた一撃なのだ。



「食らえ、この野郎!」


「グハァッ! なんだ、この威力は! グキャァァァーー!!」



 魔王は断末魔の叫びを響かせると、膝を折って倒れた。そして大きな体は霞となって消え、代わりに、拳大の宝石が残された。



「倒した……? だったら、これが魔王の核だな! 早く封印しなきゃ!」



 ロボリクスは駆け寄ろうとしたのだが、その寸前で魔王の核は崩れた。小砂利のように粉々に砕けたかと思うと、儚くも虚空に消えてしまった。



「えっ、何が起きた……?」


「おめでとう勇者様。でかした」


「サーラ。今のはどういう事だ?」


「魔王は完全に消滅した。もう封印なんて必要ない」


「ということは、もう二度と魔王は蘇らないと?」


「今、そう言ったつもり」


「やった! オレはやったんだ、歴代最強だーー!」



 玉座の間にロボリクスの雄叫びが響き渡る。すると、機を見計らったように、城が激しく揺れ始めた。やがて柱が、あるいは天井が崩れ落ちるようになった。



「ヤバい、崩壊するぞ!」


「逃げましょう勇者さん!」



 頭上から瓦礫が落下したかと思えば、壁も崩れて逃走を阻む。彼らは命がけで駆けに駆けて、どうにか脱出に成功した。


 その矢先の事だ。魔王城が瓦礫の山と化したのは。



「終わったんだよな、これで……」



 ロボリクスは、好敵手の根城だった物を見つめた。その眼差しは、どこか寂しげである。



「オレは、聖剣さえあれば勝てると思ってた。先祖から受け継いだ技もあるし、必ず打ち倒せると信じていた」



 言葉に応じる声は無い。ただ、風の吹く音が聞こえるばかりだ。



「でも違った。オレは本質を見ていなかった。生まれ育ちや聖剣なんて関係ない。目的達成の為に行動し、ひたむきに努力し続ける事。日々鍛錬に励む事。それこそが大切だと、お前らに教えられたよ」



 ロボリクスは、折れた聖剣を逆手に持ち、掲げた。そして勢いよく地面に突き立てた。それはとこか、墓標のようにも見える。



「聖剣はくれてやる。オレ達にはもう必要のない物だ」



 そこでロボリクスが踵を返すと、帰路についた。たった3人だけで荒野を行くという、ささやかに過ぎた凱旋式である。



「ようやく旅が終わりますね。これで街の皆も見直してくれると良いんですが」


「大丈夫だろ。大手柄を引っ提げて戻るんだから」



 ロボリクスは空を見上げた。清々しい、透明な空は、晴れやかな心の内を映したかのようだ。大いなる使命を果たしたのだ。そう思うと、胸に熱いものが込み上げてきた。


 しかし安堵するには早すぎる。問題の全てが解決した訳ではないのだ。



「ところで勇者さん。忘れてませんよね? お代を払って貰いますから利子付きで」


「あの宝石の件か?」


「他にも試薬とか城攻めの時のポーションとか、諸々ですよ」


「仕方ないな。いくらだよ?」


「利子込みで1億ディナとなりまぁす」


「フザけんな! さすがに吹っ掛け過ぎだろうが!」


「予め言ったじゃないですか、とんでもなく高価だって! 1ディナだって負けないとも約束しましたからね!」


「あぁ、うん。まぁアレだ。王様が立て替えてくれるだろ、報奨金も出るし」



 委細はさておき、魔王討伐の旅は終わった。王都に戻れば莫大な報奨に加え、飲めや歌えやの大宴会が待っている。


 しかし、この時のロボリクスは知る由もない。彼は近々、逃亡生活を強いられる事になる。9500万ディナの証文を片手に持つ、借金取りから逃れる為に。



ー完ー

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